境界への客③~楠さんの悩み解決へ~

「夏休み前に実習の宿泊訓練兼遠足があるが、希望する内容や場所がある者は、今週中に直接学年主任の草矢先生へ申し出るように。以上」


 先生が夏休み前に行われる学校行事についての説明を終えると帰りのHRが終了して、放課となる。

 待ちに待った時間が訪れ、居ても立っても居られない俺はリュックを背負って足早に教室を後にしようとした。


「澄人くん、ちょっといいかな?」

「天草先輩? どうかしたんですか?」


 教室の外で俺のことを待ち構えるように天草先輩が立っており、安心したように手を軽く上げながら声をかけてきた。

 先輩が教室まで来ることがあまりないので、教室にいる4人もこちらを気にしている。


「いや、ちょっと……」


 天草先輩が教室の中にいる聖奈を気にしているようなので、階段を下りながら話を聞くことにした。


「先輩、ここだと話し難いんですよね。とりあえず、昇降口へ行きませんか?」

「ありがとう、気を使わせたね」


 一緒に歩き始めると、先輩が周りに人がいないことを確認してから口を開く。


「私たち・・を境界へ連れて行ってほしいんだけど……金額は100万でいいのかな?」

「そうですけど……先輩と誰を連れて行けばいいんですか?」


 俺が境界へ連れて行っているということが噂で広がっており、このように上級生から依頼が来ることが少なくない。

 名前を聞いて、平義先生か草矢さんの許可が下りれば大丈夫ということになっている。


(おかしいな……天草先輩の名前聞いていないぞ?)


 どちらかの先生が許可を出した場合には、その生徒に関する連絡が俺に入るのだが、今回天草先輩がその対象になっているとは聞いていない。


 毎回誰を連れていくのか聞いているので、これからの関係もあるため、頭から断って悲しませないようにする。


「僕と……1年Cクラスに所属している妹なんだけど……」


 申し訳なさそうに言っているが、1年の天草という生徒についても境界へ連れていくように今のところ先生から頼まれていない。

 確認をさせてほしいので、先輩が相手でも即答せずに一旦保留とする。


「俺の一存では決められないので、みんなと調整をしてから後日連絡をしますね」

「ああ……助かるよ」

「それじゃあ、失礼します」


 天草先輩が部室へ向かうのを見送ってから、スマホを取り出した。

 今から先生を探すのは面倒なので、草矢さんのスマホへ電話をかけ始める。


 仕事中なのか、草矢さんが電話に出てくれないので、どうすればいいのか迷う。


(ダメか。聖奈……いや、自分で確認した方が良いな)


 先生を飛び越えてきているため、天草先輩が境界へ行きたがっていることをあまり広げるべきことではないと判断して、事実確認をしてから情報を共有することにした。


 待ち合わせ場所である校門に着いてから、平義先生へ天草先輩について聞くためのメッセージを打つ。


【天草先輩が妹と境界へ行きたいという依頼をされました。対象になっていますか?】


 送信後にスマホをポケットへ仕舞っていたら、校舎の方から小さな影が俺へ近づいてきた。


「草凪くん、お待たせ。来てくれてありがとう」

「どういたしまして、行こうか」


 楠さんはほっとしながら俺のことを見ており、どこへ行くのと首をかしげていた。

 そういえば、内容ばかり考えて肝心の相談場所を決めていなかったので、近場にあるあまり人がいないお店を脳内検索する。


(この時間だと人がいないって言っていたから、あそこ・・・にしよう)


 学校から歩いて15分くらい離れた場所にあるハンバーガーショップを目指すことにして、楠さんの1歩前を歩き出した。


「15分くらい歩いたところに【バーガーショップ草地】ってところがあるから、そこへ行こう」

「ハンバーガー屋さん? それなら、あっちに看板が見えているチェーン店があるけど、あそこじゃダメなの?」


 楠さんが立ち止まって、赤い看板が目印のハンバーガーチェーン店を見つけている。

 俺も発見したが、下校している草地高校の生徒が多数入っており、相談事を聞かれる可能性があるためおススメしない。


「あそこ、うちの生徒がよくたまっているお店だけど……楠さんが良いなら行くよ」

「あー……あなたの行こうとしているお店にはいないの?」

「この時間は一般のお客さんも少ない……かな?」


 天草先輩が4月から新しくアルバイトをしているお店なので、店内の雰囲気などは写真でしか見たことがない。


 ただ、少し高めに値段が設定されているため、高校生は通わないし、また今の時間は16時前なので夕食を食べにくるお客さんもいないと予想した。


「それなら、あなたが行こうとしているお店の方がいいわ」


 俺の答えが曖昧だが、学校の近くにあるチェーン店よりはましだと思ってくれたようだった。

 楠さんとお店を目指して歩いている間、聖奈から聞いた内容が合っているのか確認をする。


「楠さんの悩みって、自分以外の生徒がハンターだから話が合わないし、先生たちもそれについてあんまり解決しようと思ってくれていないことだよね?」


 少しだけ後ろにいる楠さんへ話しかけると、会話をしやすくするために横に並んでくれた。

 その表情は暗く、思考分析を使わなくても本気で悩んでいるのが分かる。


「聖奈さんから聞いたの? ……まあ、大体そんな感じ」


 平然としている楠さんだったが、まだ悩んでいることがあると思考分析で分かったので、横目で顔を見ながら踏み込んでみた。


「他にはないの? まだ何かありそうな顔をしているけど?」


 すると、少しの間葛藤していた楠さんがあなたになら言ってもいいかと呟いて、こちらを見てきた。


「後は……たまに両親が入学式での草凪くんを見て、私へハンターになるように勧めてくるようになったことね」

「両親は、ハンターじゃないんだよね?」


 そうよと頷く楠さんは、スマホを取り出して画面を見せてきた。

 そこには写真が映されており、馬が草原を自由に過ごしている風景が撮られていた。


 写真だけでは職業がわからなかったので、悩んでいると楠さんがスマホをポケットに戻す。


「【楠ファーム】っていう牧場を経営しているわ。結構大きいのよ」

「……そうなんだ」


 名前を言われてもピンと来なかった俺を見て、なぜか楠さんが微笑む。


「私が言うのもおこがましいけど、楠ファームってテレビでも取り上げられるくらい有名なのよ……草凪くんでも知らないことがあるのね」


 牧場について調べたことなど1度もないため、楠さんから有名だということを言われてもピンとこない。


「牧場まではちょっとわかんないかな……」

「そう、安心したわ」


 こちらを見る楠さんは俺が知らないことを怒るのではなく、嬉しそうに歩いていた。

 学校を出てから20分経った頃、バーガーショップ草地という緑色の看板が見えてきたので、上機嫌で歩く楠さんへ目的地を指し示した。



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