境界への客①~期末テストに向けて~
「お兄ちゃん、数学で解き方が分からない問題があるんだけど……教えてくれる?」
寝る直前にパジャマ姿の聖奈が教科書とノートを持って、申し訳なさそうに俺の部屋へ来ていた。
今日も夕ご飯を食べてから夏さんが聖奈へ勉強を教えていたので、今は自発的に取り組んでいるようだ。
頑張っている聖奈を応援したいので、布団から体を起こして招き入れる。
「いいよ。こっちの机でいいかな?」
「ありがとう!」
俺の勉強机では教えにくいので、丸テーブルを囲うように座り、聖奈が教科書を置くのを待つ。
ノートを開いてここがわからないと言う聖奈へ解き方のヒントを与えて、考えさせている間にここ1週間ほどのことを振り返った。
この間、初めて補講へ行った日に聖奈の意識が変わり、本気で勉強に取り組むと俺たちに宣言した。
最初は口だけかと思っていたお姉ちゃんたちも聖奈の勉強に対する姿勢を見て、感心したほどだ。
何が聖奈を変えたのかはわからないが、補講を体験してからは別人のように勉強をしている。
(補講から帰ってきた時、妙にすっきりしていたのはなんだったんだろう? 不思議なことが続くな……)
何日か前に実習の授業中、草矢さんから聖奈の手綱をしっかりと握ってくれと言われ、意味が分からなかったので曖昧な返事をした。
また、昨日の放課後、聖奈と接点がなさそうな楠さんが家に来ており、自分の目を疑う。
その時に聖奈が勉強を教えてくれている楠さんを呼んでくれたので、名前の読み方が《あきら》さんということがわかる。
(聖奈は補講で仲良くなったって言っていたけど、勉強をするだけで友達を作ってくるとか俺にはできない)
大半の人が赤点を解消するために参加する補習で、ピリピリとした緊張感が漂う中、どのように声をかければ友達を作ることができるのか理解ができなかった。
それが聖奈の生まれ持った性格とお姉ちゃんが言っていたが、今のところAクラスと楠さん以外に仲良くなっていそうな生徒がいない。
(何か条件でもあるのか?)
聖奈の友達について悩んでいたら、俺のスマホが震えて誰かからのメッセージを受信した。
勉強している横でスマホを見たくはないので、無視しようとしたら聖奈がちらりと俺を見る。
「お兄ちゃん、解けそうだからスマホを見ていても大丈夫だよ」
「んー? 寝る前にスマホは見ないようにしているからいいんだ」
スマホの画面から出るブルーライトを寝る前に見ると眠りが浅くなるそうなので、21時以降の操作は控えている。
俺の連絡先を知っている人ならこの時間に連絡はしてこないと思う。
「お兄ちゃん寝る前にごめんね。たぶん、もうすぐ解けるから」
「気にしなくていいよ。勉強を見るのは好きなんだ」
集中している聖奈は分からないと言っていた問題を解いて、もう少しで答えを導き出せそうだ。
聖奈の勉強している姿を眺めていたら、俺も日課の続きをやりたくなってくる。
(まだ22時だし、1時間くらいやるか!)
勉強机から参考書とノートを持ってきて、俺も聖奈の横で勉強を始めた。
時折聖奈が上目づかいで質問をしてくるので、できるだけわかりやすく理解できるように教える。
熱心に勉強をする聖奈を見ていたら、テスト後の発言を同一人物がしたとは思えなくなってくる。
(勉強するために学校へ通っていないって言っていたけど……どうやったらこんなに心境が変化するんだろう?)
勉強が一区切りつき、聖奈が満足そうにノートを俺へ見せてきた。
このタイミングだと思い、答えを確認しながら聖奈に質問をしてみる。
「聖奈、今まで聞かなかったけど、どうして勉強しようと思ったんだ?」
「うーん……一番はお兄ちゃんと一緒に卒業できないって分かったからかな」
聖奈は勉強をして疲れたのか、机に顔を乗せながらこちらを見ている。
そんなことテスト前から散々言われていただろうと指摘するべきなのか悩んでいたら、聖奈が姿勢を変えて俺から顔をそむけた。
「後はテストの順位が悪いってだけで知らない人になめられたからだけど……」
小さい声で言っていたためかあまり聞き取れなかったが、聖奈は勉強ができないことで嫌な思いをしていたらしい。
ヤル気の出し方は人それぞれなので、どんなきっかけでも聖奈が勉強に目を向けてくれてよかった。
次の日、今日から赤点解消のテストが放課後に行われるそうなので、登校中に聖奈が悲しそうに俺へ1人で帰るように伝えてきた。
部活の予定をスマホで確認したら、今日は俺が異界に行く日ではないため、放課後暇になってしまう。
どうしようかと悩んでいたら、昨日の夜に来たメッセージの通知が目に入る。
(そういえば、昨日来ていたな。変なメッセージじゃなきゃいいけど……)
そう思いながら見慣れない連絡先から来ているメッセージを読むと、思わず立ち止まった。
前を歩く聖奈が振り返り、立ち止まった俺を不思議そうな顔で見てくる。
「聖奈、誰かに俺の連絡先教えた?」
「あ、ごめん。伝えるの忘れてたけど、教えたよ」
スマホに受信されているメッセージは丁寧に自己紹介から始まっており、こうして連絡をした経緯まで細かく説明されていた。
画面いっぱいに広がった文字を見て、すぐさま返信作業を開始しようと思う。
「もしかして、
文章を読まずに返信するのも失礼なので、内容に目を通していたら聖奈が嬉しそうにスマホの画面を覗きこんできた。
「勉強の相談がしたいって言っていたけど、瑛は相当悩んでいたんだね」
一目だけスマホの画面を見た聖奈は何も気にしていない様子で俺の横に立っている。
内容を読み終わったので、楠さんへメッセージを送ろうとしたら、俺たちの前に誰かが立ち塞がって足を思いっきり鳴らす。
「草凪澄人!! どうして返信をしてくれなかったの!?」
その勢いに聖奈も肩を震わせて驚き、楠さんが俺しか見ていないのをいいことにゆっくりと立ち去ろうとしていた。
俺が夜スマホを見ないのを説明してもらうために聖奈を止めようとしたら、楠さんの目が赤く腫れ、その下に薄いくまが見えた。
(化粧をしているけど、隠しきれていない……夜中まで起きていたのか?)
一瞬止まった隙に聖奈に逃げられ、俺の前には表情が怒っているにもかかわらず、心の中で嘆いている楠さんがいる。
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