草凪聖奈の日常~変化した学校生活~
(私は今までろくに学校で勉強をしたことがない)
休日に行われている下位者補講へ参加するために通学しているとき、ふと今までのことを振り返ってしまう。
私にとって学校という場所は、お兄ちゃんの元気な姿を見るために通っていただけで、そこで行われている授業というものに興味がなかった。
(ハンターとしてお金を稼げればそれでいい……っていう人生だったんだけどな……)
小学生の時から境界に入り、少しでもお兄ちゃんの生活費を稼ぐためにたくさんのモンスターと戦ってきた。
私にはモンスターと戦う才能があったのか、どんどんハンターとしての実力が付き、中学になる頃には大人も圧倒する力を手に入れていた。
(中学を出たらハンターとして活動し続ければ良いと思っていたんだけど……)
そんな時、草根高校のスカウトの人が私の所へやってきて、ビショップ級以上の階級になるためには高校を卒業しなくてはならないことを教えてくれた。
また、卒業後の進路として、テレビでよく見るような企業へ就職できると聞いたため入学を決意する。
今思えば、草凪ギルドの人たちはそういった話をまったくしてくれなかったので、私を使い潰す気でいたのだろう。
(私がお兄ちゃんのためにできるのはお金を稼ぐことだけだから、そう思ったら幸せだったな)
高校ではある程度勉強ができなければ進級ができないらしいので、夏さんやお兄ちゃんに小学校で習う内容から教えてもらっている。
昨日の夜もお兄ちゃんから勉強を教えてもらい、幸せな時間を過ごすことができた。
(私には勉強なんていらないと思っていたんだけど……お兄ちゃんに教えてもらえるならいいな)
お兄ちゃんは一週間ほど前に深夜まで平義先生と異界へ潜り、土の精霊と魂を通じ合わせてきた。
今までそれができた人は、日本では草凪家の初代当主だけで、世界でも数えられるほどしかいないらしい。
どんどんハンターとして強くなるお兄ちゃんに置いていかれないように境界へ行きたいが、香さんに赤点を解消するまで活動禁止を言い渡されている。
(境界や異界にも行けないなんて、苦痛すぎる……なんとかするには勉強をするしかない)
補講の行われる第2校舎にある広い教室へ入ると、一斉にこちらを見てくるような視線を感じた。
もう私以外の生徒がほとんど来ており、机の上に教科書とノートを広げて補講が始まるのを待っている。
この補講は希望者も受講できるため、前の方に空席はないようだった。
後ろの席へ座って時計を見たら、始まるまでまだ10分以上時間があるので落ち着いて準備を始める。
(みんな早い……それだけ気合が入っているんだよね……)
補講に参加しなければならない、下位50名になってしまった総合学科に所属している生徒は私を含めて数名しかいない。
真に理由を聞いたら、ミステリー研究部の体験入部を続ける条件として、下位50名に入らないというものがあったようだ。
さらに、今回の一般受験は学力テストで8割以上できていなければ面接さえ受けられなかったので、合格してきた生徒は例年に比べて学力がかなり高い。
(今まで勉強をしてこなかった私が最下位になっても驚かないって平義先生に言われたけど、あれは慰めだったのかな?)
お兄ちゃんとお揃いで買ったリュックから教科書を取り出して待っていると、私の机を数人の男女が囲ってきた。
長髪で気の強そうな目をした女子が私の机に手をつき、顔をのぞき込むように見てくる。
「ねえ、あなたAクラスでしょ? よく平気な顔で補講に参加できるわね」
「はぁ? クラスと補講は関係ないじゃん。何言ってんの?」
わざわざ集団で何を言いにきたのかと思っていたら、的外れなことを口にしていた。
思わず鼻で笑ってしまい、それが女子の後ろにいる人たちの癪に障ってしまったようだ。
「お前!」
私のことをつかもうとしてきた腕を避けて、勉強を頑張ろうという気持ちが強くなった。
(テストができないだけでこんなやつらが私へ絡んでくるんだ)
ばかげた内容に相手をする気にもならず、手を振ってどこかへ行くように催促したら、集団が私へ詰め寄ってくる。
「Aクラスだからって調子に乗るなよ! 俺たちもハンターの端くれだ、全員でかかればお前くらいどうってことないんだぞ!」
「言ったわね。この補講の後地下の競技場へ来なさい。相手をしてあげる」
「てめぇ!!」
男子生徒が私へ殴りかかろうとしたのを女子生徒が止めた。
理由を聞こうとした男子生徒が女子生徒を見ると、教室の扉が開けられて補講を担当する先生が入ってきた。
「逃げるんじゃないわよ」
「そっちこそ」
10名ほどの男女が私から離れていくのを見送りながら、内心久しぶりに運動できることが楽しみになってきた。
更衣室に予備の装備があるので、昼休みに確認と点検をしようと思う。
「あなた大丈夫なの? あの人たち結構強いって聞いているけど……」
私へ声をかけてくれた女の子は、赤い縁の眼鏡をかけており、その奥から心配そうな目を私へ向けている。
勉強ができる雰囲気なのにここに居るんだと思いながら、なぜかこの子とは仲良くなれそうという印象を受けた。
「心配してくれてありがとう、あのレベルの相手だから何人来ても平気だよ」
少しはっきりと言ってしまったため、私のところに来ていた人たちが顔を赤くしてにらんできた。
苦笑いになった隣の子は、耳にかかった短い髪を手でかきあげる。
「そう……ならいいんだけど……」
教壇に立った先生が授業を始めようと持っていた教科書を置き始めたので、最後に彼女へ名前を聞く。
「私は草凪聖奈、あなたは?」
「楠
瑛ちゃんが私の名前を聞いてすぐにお兄ちゃんのことを口にした。
帰ってから瑛ちゃんのことを話題にしてみようと思うので、期待しながら話を続ける。
「私のお兄ちゃんだよ。瑛ちゃん、もしかして知り合い?」
「あの人の……妹さん……」
なぜかそれ以降よそよそしくなった瑛ちゃんは、この補講に参加しているのかわからないくらい頭が良い。
問題をスラスラと解き、答え合わせになると丸しか付けていないように見えたので、休憩時間に分からないことを質問してみた。
お兄ちゃんと同じくらい教えるのが上手で、頼りになる。
憂鬱な気分で来た補講だったが、瑛ちゃんと友達になり、運動の約束を取り付けたので参加してよかった。
(どうせ境界にも行けないし、次の再テストまで勉強を頑張ろう)
補講が終わってから瑛ちゃんと連絡先を交換し、私へ絡んできた人たちと一緒に地下の競技場へ移動した。
審判として職員室にいた草矢先生に来てもらうことができ、堂々と競技場を使うことができた。
私が準備体操をしている間、草矢先生が十数名に増えた人たちへ本当に止めておけと説得を試みていたが、無駄に終わっていた。
(よーし! 今までのうっぷんを晴らして、今夜もお兄ちゃんと勉強だ!)
試合が始めると、私は予備で置いてあったミスリルの剣を握る手に力を込めた。
数分で戦いが終わり、久しぶりに思いっきり剣を振るったのですっきりとして更衣室へ向かう。
(口の割には大したことなかったな。どうしてあんな強さで私へ挑んできたんだろう?)
競技場では養護の先生と草矢先生が必死に負傷者の治療に当たっており、救急車を呼んでいるようだ。
不思議な挑戦者に首をかしげながら校舎を出ると、瑛ちゃんが校門のところに立っており、誰かを待っているようだった。
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