異界と鍵⑨~地図機能解禁~

(これ……異界の地図か!? 今はここしか表示されていないけど……山の名前がある……【マルコット山】? けど、なんで日本語じゃないんだ?)


 異界の地図に表記されていた文字は、じいちゃんが残してくれた試練の書を読む時に使用した配列表に書かれていたものだった。

 約1年ぶりに見る文字を見て、モンスターを収納していた手が止まる。


「どうしたんだ?」

「先生、この山の名前を知っていますか?」

「山? ……部活の地図では【一番近い山】としか書かれていないな」


 俺の質問を聞いた先生も手を止めて、不思議そうにこちらを見ながら答えてくれていた。

 いきなり名前を呼ぶのをどうかと思いながら、先生には話をすることにする。


「マルコットって呼ぶみたいですよ」

「……誰に聞いた? 理事長か?」


 しかし、山の名前を聞いた瞬間、先生の雰囲気が一変して眉間にしわがよった。

 思考も【疑念】となっており、下手に言い訳をしない方が良いと判断して地図のことを説明する。


「……話はわかった。ちょっと来てくれ」


 聞き終わった先生は持っていたものを地面に落として、モンスターの回収を中断してしまう。

 方向的に洞窟に向かって歩き出していたが、頭の中は混乱している。


 仕舞えるものを適当にアイテムボックスへ放り投げてから追いかけると、先生が脇目も振らずに口を開いた。


「俺の師匠……草凪正澄もあの山のことを【マルコット】と呼んでいた」

「じいちゃんって先生の師匠だったんですか!?」


 なんでそんなことを今まで黙っていたのかわからないが、俺は先生についてほとんど何も知らないことを認識した。

 先生は歩く速度を変えず、周囲を警戒するように視線を動かしながら話をしてくる。


「そうだ。お前に、異界のことは一切話をしていないと言っていたが、それも本当か?」

「先生もご存じだとは思いますが、中学3年の夏まではまったくハンターについてさえ知りませんでした」

「……そうだな。だから余計に困惑しているんだ」


 洞窟を通り過ぎ、聖奈が∞スライムと戦った森林の方向へ向かい始めていた。

 あえてどこへ向かっているのか聞かずに地図を見ながら歩いていたら、見えてきた森が【プルグ樹海】と表示される。


「ここはプルグ樹海らしいです」


 何も言わずにプルグ樹海へ進もうとしていた先生が立ち止まり、そうかという声と共に深く息を吐いた。

 周囲にモンスターがいないことと確認してから、先生が俺と向き合うように立つ。


「澄人、その地図のことは清澄ギルド以外の者へ口外するな」

「理由をうかがってもいいですか?」

「ああ……もちろんだ」


 先生は普段お守りのように腰に付けている剣を手にして、懐かしむように眺める。

 話をすると言われてそんな行動をされたので、俺はその剣がじいちゃんに関係があるように感じ取った。


「師匠が今のお前と同じように、異界の地名を言い始めたのが10年前。それを知っているのは、俺を含めて数人だけだ」

「他の人は地名を口にしなかったんですか?」


 じいちゃんが言い始めたものなら、継承されていそうなものだが、部室の地図には一切書いてない。

 現に先生もあの山の名前を聞いたとき、しらを切るように一番近い山と口にしていた。


 その理由を話してくれるものだと思って待っていると、先生が剣を構える。


「正澄様は、この異界で地名がわかるのは選ばれた者のみと言っていた。その者はやがて世界を変えるから、俺の前に現れたら力を貸してほしい。そうおっしゃっていた」


 そう言いつつ、先生が剣を握っている手に力を込めて、剣先を俺へ向けてきた。


「剣を構えてどうされたんですか?」


 先生の言っていることとやっていることが全く違うように思えるので、俺は戦う姿勢をとるのか迷ってしまった。


「秘密を教えてもらった代わりに、俺の秘密も教える……そのために今から剣を振るって思いっきりお前のことを切るが、信じられるか?」


 先生が覚悟を決めて俺の前で剣を構えているので、気持ちに報いるべくうなずく。

 すると先生が剣を頭の上まで振り上げ、俺の方へ足を踏み込んできた。


「ハァ!」


 俺の体を切り裂くと思っていた剣は体をすり抜け、何事もなく振り下ろされていた。


「澄人、俺を信じてくれてありがとう」

「どういたしまして……」


 特に体への変化がないので先生に何をしたのか聞こうとしたら、俺の体に青い光が走る。


「少し後ろに下がれ」

「これは……」


 俺が後退ると、そこには境界と同じような青い光が漏れた線が描かれており、先生は剣を鞘に入れてから両手をそこへねじ込むように入れた。

 その線をこじ開けるように広げると、境界の入り口ができてしまう。


「この境界だが、維持することかできる支援ハンターがいないと数分で消滅する」


 今は軽く切っただけだからすぐに消えるだろうと話をしている最中に境界がなくなり、気にする様子もなく先生が話を続けた。


「俺はこのように任意で境界を生み出すことができるんだ」


 冷静を装って俺の反応をうかがっている先生を見て、どんな反応をすればいいのか考え込んでしまう。

 俺以外にも意図的に境界を生み出すことができることがわかり、安心したという気持ちが強い。


「そうなんですね。危険度も任意で変えられるんですか?」


 そこまで自由に行えることができれば、ポイントを使用せずに境界を利用できるので、ポイントショップよりも効率が良い。

 そんなことを聞かれるとは思わなかったのか、再び剣を手にした先生は苦笑いをしながら答える。


「……剣に溜まっている力が調整できるから、それである程度は変えられる……まさかあれを見た直後に質問をされるとはな……」

「すいません、好奇心が勝ってしまいました」


 剣をじっくりと眺める俺の反応が先生の予想していたものではなかったらしく、そう言われてハッと気付いて頭を下げる。

 先生はいいんだと顔を引きつらせて笑顔を作り、まじまじと俺のことを見てきた。


「境界を頻繁に見つけることができるお前には、この剣が魅力的に映らなかったらしいな」


 ポイントショップで購入することを隠しながら先生が納得してくれたので、そのままうなずいて話を終わりにする。

 先生は肩透かしを食らったように、これを見て驚かなかった奴はいなかったんだがと呟いてから、俺に洞窟へ帰ろうと提案をしてきた。


 異界を出ると深夜になってしまっており、部室に置いていたスマホには100件を超える着信が入っていた。


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