異界と鍵⑤~聖奈の成績~

 部室で聖奈へ成績を伝えても、本人はまるで気にしている様子はなく、部活のミーティングを終えてもなんの変化もない。

 逆に聖奈が最下位だということを聞いた真友さんたちの方が危機感を持っているように見える。


(ちょっとお姉ちゃんに相談だな……特待生のテスト順位が学年ビリってどうなるんだ?)


 兄として聖奈へ忠告をしなければならないのかと思いつつ、ビリになった影響がわからないので、卒業生であるお姉ちゃんの話を聞いてみたい。

 そう考えていたら部長が部活を終了してくれたので、荷物を持って立ち上がった。


「先に失礼します」

「ごめん、一年生はこの後少し残ってもらってもいいかな?」

「はい、わかりました」


 部室から出ようとした時に天草先輩から呼び止められ、仲の悪い聖奈が小さくため息をついている。

 椅子に座り直し、軽く今日出された宿題を片付けるために教科書を広げた。


 (このタイミングってことは、成績関連の話なんだろうな)


 天草先輩が部長からよろしくと声をかけられているため、上級生の代表として話をしてくれるようだ。

 10分ほどで上級生がいなくなり、話は始まる雰囲気を感じたため、机の上に出していた物を片付ける。


「今日発表されたテスト順位は確認したかな?」


 俺の作業を待つように天草先輩が口を開き、予想通りテストに関する話題を不ってきた。

 真由さんたちはうなずきながらも、最下位になった聖奈をチラリと見ている。


「今回の成績はあくまで中間の順位だけど、期末の成績はクラス替え演習の選考要素になるから……聖奈さんはもう少し頑張った方が良いと思うよ」


 天草先輩が言い難そうに聖奈へ順位についての話をしてくれるが、本人はまったく動じていない。

 みんなに顔を向けられており、俺と目が合った聖奈は天草先輩へ顔を向けた。


「私は勉強をしにこの学校へきたわけじゃありません。強いハンターになるのでテストの順位は気にしないです」

「それは……」


 学校で堂々と勉強をしないという人を初めて見て、それが自分の妹であることに絶句してしまう。

 他の人も何と言っていいのか分からないといった表情になり、言いたくもない注意をしてくれた天草先輩は苦笑いのまま固まっている。


「それなら、聖奈は部活動参加禁止だ」


 あまりに堂々としている聖奈へ誰も声をかけることができなかった中、監視所から平義先生が少し凄みながら出てきた。


 普段はやる気のなさそうな表情をしている先生の変わり具合に、俺を含めて聖奈以外のAクラスの生徒はまずいという雰囲気を感じ取る。


「どうしてですか?」


 それさえもわからない聖奈は、先生の言葉に従う気がないというように反論していた。

 先生の組んでいる手に一瞬力が入り、思考も【激怒】となっていたため、俺の前で初めて平義先生が生徒へ怒ると思いながら様子を注視する。


「フゥー……クラス担任としてならテスト順位は自己責任の一言で片付けられるが、部活動顧問としてお前の参加を認めるわけにはいかない」

「だから、どうしてですか? 私は異界へ行きたいです!」


 あまり多くを語らない平義先生の言い方に引っかかり、暗記した校則を思い出して先生につめ寄ろうと立ち上がった聖奈の腕を掴んで止める。

 俺の行動が信じられないのか、今まで動じなかった聖奈が悲しそうな顔になった。


「どうしてお兄ちゃんが止めるの? 私のこと嫌いになった!?」

「そうじゃない。今、お前が向かう相手は先生じゃないんだ」

「なら、なんで!? 平義先生が私を部活に参加させてくれないんだよ!?」


 今までケロッとしていた聖奈の変わりように、先生まで驚きのあまりに言葉を失っていた。

 聖奈が俺の胸へ泣くようにすがってきたので、背中を優しくなでる。


「違うんだ。平義先生は部の顧問として、赤点あかてんを取った聖奈を部活に参加させられないんだよ」


 そうですよねと言わんばかりに先生へ顔を向けると、焦るようにそうだと力強くうなずいてくれた。

 俺と先生のやりとりを見ていない聖奈は、ムッと怒るように頬をふくらます。


「赤点……ってどういうこと? 訳の分からないことを言って、私のことをごまかそうとしているの?」

「いやいやいや……テストの前に説明があっただろう」

「そんなこと私は知らないよ……真友は知ってる?」


 聖奈が胸から離れ、同意を求めるように真友さんへ鼻声で聞いていた。

 名指しされた真友さんはゆっくりと、うんと返事をしながら悲しげな表情でうなずく。


「平均点の半分以下を取ったらその科目が赤点で、学年順位下位50名は欠点者補講があるって、部活の前に説明したよ……聖奈は大丈夫大丈夫って言っていたけど、聞いてなかったんだね」


 真友さんが泣きそうな顔でうつむくと、周りの様子を見て反省したのか、思いっきり頭を下げる。


「ごめんなさい! テストに関しての話を無視していたから、もう一度教えてください!」


 状況を理解してから聖奈は全力で頭を下げて謝り始め、激怒していた先生の肩は気が抜けたように落ちた。

 名指しで注意をしてくれた天草先輩にも近づく。


「……ご忠告ありがとうございました」

「分かってくれてよかった……けど、このままだと特待生も危ないんじゃないかな……」

「えっ!? 先生、本当ですか!?」


 その言葉で聖奈が再び望みを失うような表情になり、先生も困ったように頬を指でかいた。


「聖奈と澄人以外はもう帰れ……後は俺が説明する……」


 聖奈への説明は先生が資料を用意して丁寧に行っており、保険のために俺も同席している。

 赤点や補講について聖奈が理解してから部室を出るともう夜になっており、時計を見なくても長い間説明を受けていたことがわかった。


「澄人! 言い忘れていたことがあるから、ちょっといいか!?」


 部室から先生が顔を覗かせて俺を呼んでいたので、聖奈へ先に帰ってもらう。


「遅いから先に帰っていてもいいよ」

「ううん。お兄ちゃんと帰りたいから、待っているよ」

「わかった。行ってくるよ」


 聖奈を置いて部室に戻ると、今までいなかった豊留さんと先生の2人が俺を待っていた。

 あまりこちらへ顔を出さない豊留さんが俺へおめでとうと言いながらため息をつく。


「平義先生から頼まれていたから、今週末の異界はあなたの貸切よ」

「本当ですか!? 2日間も!?」

「結果を出した奴には報いる。それが約束だったからな。ただ、何かあった場合に困るから、俺が同行するのが条件だ」

「ありがとうございます!」


 今日はもう遅いので土日の打ち合わせは後日行うことになった。


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