異界と鍵④~1年1学期中間試験~

 高校に入って初めてのテスト範囲は大半が中学時代の高校入試で勉強した内容と被っていたので、総合学科独自のハンターに関する科目に学習の時間を割いた。

 聖奈は授業中からつまづいており、夏さんに勉強を見てもらったが、本人いわくいつも通りの出来になってしまったようだ。


(放課後に掲示してあるって話だけど……あそこかな?)


 第一校舎へ繋がる渡り廊下に成績を見ようと、同じ学年の生徒が集まり始めていた。

 真さんや真友さんは成績に興味がないという聖奈に付き合って部活へ行ってくれたので、俺が代表して確認をしにきている。


 教室に残っていた草地くんを誘ってみたものの、どうせ低いからと断られ、Aクラスで成績を見に来ているのは俺だけだ。

 普通科と総合学科の生徒が混じっており、掲示板に目を向けながら固唾を飲んで待っている。


(普通科とうちは教科数が違うから、平均点で順位を付けるって平義先生が言っていたけど、こんなに生徒が来ているのか)


 先生が大きな紙と踏み台を持ってこちらへ向かっており、生徒はそれを避けるように道を譲る。

 踏み台に乗った先生が紙を広げて掲示板へ画鋲で止め始め、上部に大きく結果発表という文字が目に飛び込んできた。


(こんな感じなんだ。中学と全然雰囲気が違うな)


 中学では朝登校した時に昇降口で貼ってあった結果を見ていたので、このように集まって待つということがなかった。

 このように全員が同じものを見つめている雰囲気で空気が重くなり、結果を見るだけなのに軽く緊張してくる。


(学校ではこんなこと初めてだな……結果次第で異界に行けるからか?)


 今まで校内のテスト結果を気にしたことなどなく、高校入試の時以来に手に汗を握ってしまっていた。

 結果だけを見て立ち去ろうと思っていたら、小さな女子生徒が俺の前に立ち塞がる。


「草凪澄人!! ようやく会えたわね!! 私とテスト結果で勝負をしなさい!!」


 ショートカットの髪の毛を揺らし、赤い縁の丸眼鏡をかけた少女が怒るように眉間へ縦筋を刻んでいた。

 どこかで身に覚えがある同学年の少女は、発表する直前のテスト結果で俺と勝負がしたいようだった。


「別にいいけど……きみは?」

「冗談でしょ? あんなに会っていたのに!?」


 さらに怒り始めた少女が歯を食いしばり、力を入れた拳を握り震わせている。

 初対面と思われる人からなぜか恨みを持たれており、目の前の少女の名前を必死に思い出そうとした。


(駄目だ全然思い出せない……本当に何度も会ったのか?)


 これだけ因縁を持っていそうな相手なので、何度か会っていると推測できる。

 ただ、本当に俺は身に覚えがないので、女子生徒の目を眼鏡越しに見ながら考え込んでしまった。


「な……なによ。私の顔にゴミでも付いているの?」

「いや……そうじゃないんだけど……」

「ならなによ? もしかして、負けるのが不安になってきたの?」


 女の子が俺の困っている表情を見て、妙に嬉しそうに頬を上げている。

 そんなやり取りをしていたら、掲示をしてくれていた先生の作業が終わったのか、踏み台から降りていた。

 結果用紙が完全に広げられると、先生が踏み台から降りる前から書いてある内容が見え、安堵して自然にうなずいてしまう。


【中間試験結果】

 1位:草凪 澄人(総合学科・特待生)

 2位:楠  瑛 (普通科 ・特待生)

 ……

 330位:草凪 聖奈(総合学科・特待生)


 今回のテスト結果では無事に学年で1位を取ることができ、先生との約束を果たすことができていた。


(ど、どうしたんだこの子!? ピクリとも動かない……)


 俺のそばに立っていた女性生徒は結果を見ながら、瞬きさえしていなかった。

 この子の名前がわからないが、俺が1位を獲ったので勝ったのだろう。


(この子の結果を聞くなんて俺にはできない……)


 それがよほど悔しいのか、結果を見ていた女子生徒は目から涙をこぼし始め、下唇を思いっきり噛みしめている。

 かける言葉が無く、黙って立ち去ろうとしたら女子生徒がキッと俺を睨んできた。


「また2位。去年の全国模試から高校入試まで、全部あんたにだけ負けている私を心の中では馬鹿にしているんでしょ!」

「そんなことは……ああ! 毎回同じ高校を受験していたくすのきさんか!」


 俺が受験していた高校に毎回おり、5校目あたりでまた会いましたねと軽く会話をした記憶がある。

 なぜ公開されていない高校受験の成績を彼女が知っているのかはわからないが、同じ高校に来ていたようだった。


「ハハハ……」


 ようやく思い出せた俺のことを見て涙を流し、絶望しながら笑い声だけを出している。

 国内の進学校を軒並み受験していた彼女がここにいることを不思議に思い、能力を視てもハンターではなさそうだった。


(今年唯一の一般人で入学したって言うのは楠さんだったのか)


 普通科の特待生は一般受験の合格者の中で、さらに難易度の高い試験を行って決める。

 楠さんはそれも通過してこの草根高校へ入学しており、強い意志を持ってこの学校へ来ていることが伝わってきた。


(他の高校の特待生も合格していたはずなのに、どうしてここへ来ているんだろう?)


 同じ高校を受けすぎて楠さんの受験番号を意識するようになり、俺と同様に他にも合格していた高校がある。

 それを蹴ってまでハンターではない彼女がこの高校へ来た理由を聞くために声をかけようとしたら、力なく足を引きずりながら第一校舎へ戻ろうとしていた。


「楠さん、ちょっといいかな?」


 呼び止めると立ち止まってくれて、赤く腫らした目を向けられた。

 周囲にいる生徒は俺と楠さんの会話を一部始終聞いており、遠巻きにこちらの様子をうかがっている。


「……名前も忘れて、あなたの眼中に無かった私へ何か?」

「それはごめん! 楠さんは他にも合格している高校があったから、有名大学への進学実績がほとんどないここへ来ているとは思ってもみなかったんだ」


 草地高校は日本一偏差値の高い大学への進学している生徒はゼロ名のため、進学校を受験した楠さんが選ばないと思っていたと説明し、何とか会話をしようと試みた。

 話を聞き終わった楠さんは涙を拭き、上目づかいで俺のことを見てくる。


「私は……きたのに……」

「え?」


 声が小さすぎて近くに立っていても聞き取れなかった。

 彼女の顔がほんのり赤くなっているなと眺めていたら、成績を掲示してくれた数名の先生がこちらへ駆け寄ってくる。


「なにかあったのか?」

「いいえ、なんにもありません。またね草凪さん」


 俺と先生を残し、楠さんは踵を返してすたすたと校舎へ戻っていく。

 その表情は晴れやかになっているように見えたため、何が起こったのかわからずその場に立ち尽す。


(あ、そういえば、下の名前を聞くのを忘れていたな……)


 今度会った時に【瑛】と書いてなんで読むのか聞こうと心に決め、部活のために更衣室へ向かった。

 部室で聖奈に会うと、学年で最下位なのをどう伝えるべきかわからずに硬直してしまった。


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