水鏡真の新生活~生活費のため面接へ~
実家から生活費を送れなくなると言われてから数日後、私はアルバイトの面接を受けるため、平義先生からいただいた地図を片手に街を歩いている。
(どうしてこんな急に……)
入学当初は3年間の生活費と学校でかかる費用は負担してくれると約束をしてくれていたのに、今になって来月から払えなくなると一方的に連絡された。
理由を聞くために電話をかけても、決まったことだと言われて話にならず、頭の中が真っ白になってしまった。
(平義先生から落ちないと思うとは言われたけど、わからないよね)
それを担任の平義先生へ相談をしたところ、タイミング良く境界観測の助手を探しているギルドがあるということを教えてもらい、今日そのギルドで面接を受ける。
聖奈ちゃんに境界へ連れて行ってもらってから私の神格は2に上がり、普通のハンターよりは少し落ちる程度のステータスになった。
面接へハンター証を持っていくように言われていたため、忘れていないかチェックをする。
(あった……上がっただけましだよね……)
【名 前】 水鏡 真
【ランク】 ポーン級
【年 齢】 15
【神 格】 2/7
【体 力】 400
【魔 力】 1200
【攻撃力】 G
【耐久力】 H
【素早さ】 F
【知 力】 E
ほぼ全部Hだったステータスだったため、それと比べれば上がったものの、まだ一人ではモンスターと戦えない。
体力的に境界内で滞在できる時間も少なく、回復薬を飲まなければ80分で動けなくなる。
(採用にステータスは関係ないって言っていたけど、本当かな?)
良いところは神格の上限しかない能力を見て、採用されるのか不安で思わずため息をついてしまった。
オフィス街に入り、同じような高い建物が並ぶ中、地図を頼りに目的地を探していると周りより少し低い10階建のビルが見えてきた。
(本当になんにもテナントが入っていない)
周りにある他のビルにはどの階層にもなにかの事務所等が入っているが、ここだけ異様に空いていた。
草地市の一等地にもかかわらず、なにもテナントの入っていないビルが目的地だと言われていたので、おそらくここで合っている。
(よし!)
約束の時間5分前に着き、制服が乱れていないか確認をしてからビルの入口に向かって歩き出す。
先生が紹介してくれたため、一応ちゃんとしたギルドだと思いながら入口の自動ドアを進むと、エントランスの奥から人影が現れる。
(えっ!? 嘘でしょ!? 先生が紹介してくれたのって【清澄ギルド】なの!?)
奥から現れたのは草壁香澄さんで、何度か聖奈ちゃんや草凪くんと境界へ行くときに会話をしたことがある。
いつもの私服ではなくスーツを着ており、表情も引き締まっていた。
「こんにちは、水鏡さん。今日は面接へ来てくれてありがとう」
そんな草壁さんがほほ笑みながら私へ手を差し伸べてくれており、本当に清澄ギルドの面接を受けることになっていることを実感する。
「こ、こちらこそ、今日はお忙しい中、時間を取っていただきありがとうございます」
差し出された手をにぎってから、面接で使うために頑張って覚えた言葉を何とか出す。
軽く握り交わした後、草壁さんがこちらへどうぞと面接室へ案内をしてくれたので、その後に続く。
「簡単に平義さんから話を聞いたけど、実家からの仕送りがなくなったんですって?」
前を歩く草壁さんが私に歩調を合わせるように並び、心配そうな顔を向けてくれている。
「そうなんです……急に私へのお金を払えなくなったと言われました」
「そう……なんだか
その言い方に少し引っ掛かりを覚え、草壁さんが申し訳なさそうに私を見た。
水鏡家のことなのにどうして草壁さんがこんな顔をするのだろうと思いつつも、余計なことは口にしない。
「ここで面接を行うわ。中へどうぞ」
ビルの2階にある扉の前で草壁さんが立ち止まり、中へ入ろうとしている。
「あの、荷物はどうすれば?」
「入ったらすぐ横にテーブルがあるから、そこへ置いてくれる?」
「わかりました」
草壁さんが扉を開けたまま待ってくれており、事務所のような部屋の前で深呼吸を行う。
覚悟を決めて部屋の中へ足を進めようとしたら、一歩目で止まってしまった。
(水上夏澄さん……少し考えればわかったことなのに……)
奥に置かれたテーブルの中央に水上さんが座っていて、私のことをじっと見つめてきている。
「水鏡さん、荷物はここね?」
「はい……ありがとうございます」
草壁さんにうながされるまで私の体は硬直してしまっており、荷物を置きながら高鳴りが止まらない心臓を必死に抑えようとした。
しかし、時間をかけて荷物を置いてもまったく効果が無く、のどがカラカラになってきた。
「水鏡さん? 大丈夫?」
「すいません。大丈夫です」
時間をかけすぎてしまい、草壁さんが心配するように私へ声をかけてくれている。
私は自分に用意された面接用の椅子へ向かいながら、水上さんと極力目を合わせないようにしてしまう。
(水の家に現れた数百年に1人の逸材……私とはまったく逆の人……)
水鏡家に生まれても、私には境界の探索や、ハンターを補佐するような能力がまったくといっていいほどない。
一番重要な観測と支援の能力が発現しないため、父親など家の人たちは私のことを
(力の無くなった水鏡家を立ち直らせようと、水上さんを家へ入れようとしたら事件が起こってしまった)
水鏡家の家宝である八咫鏡を水上さんが割ってしまい、その案は破棄されたと聞いた。
(必要とされない私と、必要とされた水上さん)
一方的な劣等感を覚えている相手と会ってしまい、私は息がつまりそうになってしまう。
テーブルの前に置かれた椅子の横に立ち、頑張って正面を向くと眼鏡をかけている水上さんと目が合った。
「座ってください」
「……はい」
かすれた声で返事をしてしまい、変な子と思われていないように祈りながら椅子へ座る。
「あなたの志望理由等は聞いているので、待遇面の話をさせていただきます」
「えっ!?」
私が座るのと同時に水上さんが口を開き、いきなり採用されてからのことを聞かれるようだった。
どんな仕事をさせられるのかまったく知らないので、水上さんの言葉を一語一句聞き漏らさないように注意する。
「水鏡さんには、観測センター清澄ギルド支所の副所長として、月給100万をベースに――」
「す、すいません! 観測センターの支所ってどういうことですか!? それに100万って……」
私のことをからかっているのかと言うくらい突拍子もない話をされ、からかわれているのではないかと思ったため、一つ一つ情報を整理したい。
途中で話を遮られた水上さんはムッとした表情で私のことを見てきていた。
「すべて事実ですが、なにか?」
「観測センターの支所の許可が下りたんですか?」
私の知る限り、その許可が下りたのは数十年前の草凪ギルド以降1件もないはずだ。
草壁さんが大きなため息をついて、私へ笑顔を向けてくれた。
「観測センターを管理している水鏡ギルドと交渉して、支所を作ることを許可されたわ。ただ、役職に就ける人材がいないから、私たちは【適任】であるあなたを雇いたいと思っているの」
「私が水鏡だから……ですか?」
境界の計測や突入の支援を行う上で、水鏡の名前は宣伝にもなる。
この人たちが私ではなく、水鏡の苗字が欲しいということがわかり、悔しい気持ちが溢れてきた。
(こんなところで水鏡に頼ることになるなんて……)
自分を捨てた水鏡家を出たいと思っていたこともあり、今回名前による採用をされて一生私に付きまとうのかと忌々しく感じてしまった。
自然に握っていた手に力が入り、下唇を噛んでしまう。
「違います。いざこざを避けるため水鏡家と絶縁はできますか? 後見人は私が務めます」
「は?」
水上さんが声のトーンを変えることなく、理解に苦しむことを聞いてきていた。
返答に困ったため、草壁さんへ視線を向けても苦笑いをしながら水上さんを見ている。
(今、何が起こっているの? どうしよう……)
急に人生の岐路に立たされ、水鏡家と絶縁するように迫られた。
そんな質問をされるとは思わなかったが、自分の人生を歩むため決断をした。
「先ほどの条件で雇ってくれるのなら、今すぐにでも手続きをします!」
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