草根高校新入生編⑧~夏澄より~

「これ見て下さい、もう境界が売れたみたいですよ」

「えっ!?」


 夏さんは笑顔でスマホの画面を見せてきており、予想外の内容にうなずくことしができなかった。

 俺へ身を寄せて操作する夏さんの持っているスマホを覗き込む。


【競売終了】

 Dランク境界:2億

 発見:清澄ギルド

 落札者:水草ギルド


「また水草みずくさギルド……最近、ここが値を釣り上げて境界の突入権を買うんですよ」

「そうなんですか?」

「はい、今日見つけた他の境界もほとんどがこのギルドです」


 自分が発見した境界の後を追ったことがなかったので、夏さんの話を聞いてほーっと感心してしまった。

 水草ギルドというところがよく買ってくれていると言っており、競争してくれればこちらとしては良いことなんじゃないかと思ってしまう。


「それって、駄目なことなんですか?」

「そういうわけではないですが……数ヶ月前に現れて境界を買いすぎているので、どこかの企業が草根市へ送り込んできたハンターで、地元のハンターが弱体化しそうなんですよね……」

「はあ……」


 境界産の貴金属を一番安く手に入れる方法が、企業が独自にハンターを雇うことだという。

 ハンターは境界の産出物に関係なく収入を手に入れられるので、戦闘に特化した者が企業へ所属するのはよくあることらしい。


 車を運転しながら説明をする夏さんは饒舌で、その他にも依頼をすれば来てくれる発掘専門のハンターがいるなど、今まで知らなかったことを教えてくれた。

 しかし、話が一段落すると黙ってしまい、ヘッドライトに照らされた道路を見つめていた。


「私たちも澄人様が境界を見つけてくれるまでは、観測センターが見つけたものに月に2回程度しか突入できなかったんです」

「月に2回しかいけなかったんですか!?」

「2人だけのギルドではそれが限界なんですよ」


 お姉ちゃんはあまり前の話をしてくれないので、夏さんの話を聞いて驚いてしまう。

 しかし、運転をしている夏さんは抑揚をつけることなく冷静に話をしてきていた。


「でも、今は澄人様のおかげで負担が少なくなっています」


 通常はモンスターを倒した後に、採算を取るべく必ず発掘作業をしなければいけない。

 土の精霊に頼めばその必要はなく、境界突入の権利を購入しなくてよいので、かなり助かっているようだ。


 ありがとうございますと言う夏さんにどういたしましてと返して、道路を見つめる。


(あれ? 今の……)


 すれ違う車の運転席に中学の担任だった先生が乗っているような気がしたので振り向くが、夜なのでもう横顔が確認できなかった。

 見間違いかと思っていたら、夏さんがぽつりぽつりとつぶやき始める。


「私は、澄人様の家族でしょうか?」

「俺はそう思っていますけど……どうしたんですか?」


 境界探索の前に交わした会話のことだと思い、なんで夏さんがあんなことになったのか知りたいので耳を澄まして話を聞く。

 夏さんは唇を噛みしめて、浅く息を吐いてから口を開いた。


「澄人様の下着姿を……私は一生見慣れないような気がして……その……」


 いつも明快に答えてくれる夏さんがはっきりと言わずに、口から言葉を出すのか迷っている。

 言いたいことがわからないので、信号で停車した時にこちらから話しかけた。


「えっと? つまり?」

「裸を見慣れないので……家族にはなれないのかなって……思ってですね……」


 しょんぼりとしながら真面目に言っている夏さんに面を食らい、とっさに言葉が出てこない。

 信号が青になり、車を発進させた夏さんへ俺の思ったことを伝える。


「その……俺も夏さんの裸を見慣れないと思います……」

「ふぇ!? 澄人様!?」

「うお!?」


 俺がそう言うと夏さんが急ハンドルを切り、車が左右に大きく揺れる。

 付近に車がいなくてよかったと思いながら、ドキドキしている心臓を必死に抑える。


 夏さんも仰天しており、まともに運転ができないと判断したのか、近くのコンビニの駐車場に停車した。


「澄人様、どういうことで……私の……裸に?」


 裸という単語だけが先行し、夏さんが混乱しているようなので、頑張って俺は冷静になる。

 しかし、夏さんの目を見ていたら自分の意見がうまくまとめられないので、思ったことをそのまま口にすることにした。


「家族だからって、そういうことができなきゃとかじゃないと思うんですよね。今日は聖奈に見られるっていう事故が起こりましたけど、あえて見せようとか考えません」

「私は……」


 見たいですけどと、か細い呟きが聞こえたような気がしたが、無視をして話を続ける。


「だから、家族かどうかなんてことは自分がそう感じれば家族ですよ。俺は夏さんを家族だと思っています」


 夏さんへ言いたいことが伝わったのか俺にはわからないが、納得したようにうんと頷いてくれているので大丈夫なはずだ。

 話をしてのどが渇いたので、コンビニで飲み物を購入し、夏さんにも渡した。


 休憩してから家に帰り、車を降りようとしたら夏さんがシートベルトを取ろうとしない。


「私は1度アジトに行って、今日のレポートをまとめてきます」


 車の時計では20時を超えており、これから作業を始めたら明日になりそうだった。

 ただ、夏さんの目標のために行わなければならないそうなので、笑顔で見送る。


「わかりました。遅くならないようにしてくださいね」

「はい。おやすみなさい、澄人様」

「おやすみなさい」

 

 手を振ってから車の扉を閉めると、運転席に座る夏さんが笑顔で手を振り返してくれた。

 そのまま車が発進して、見えなくなってしまう。


(お風呂に入って寝るか)


 ふと駐車場を見たら、お姉ちゃんたちもまだ帰っていないようだった。

 聖奈の武器を調整するのにどれだけ時間をかけているのかわからず、まあいいかと思いながら家の鍵を開ける。


(明日には必ず帰ってくるだろう……なにせ、【クラス替え】があるからな)


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