草根高校新入生編⑤~拝謁~

 総理大臣も部屋の入口に立っており、聖奈を待つように視線を動かすまでいることに気付かなかった。


(失礼なかったよな……)


 殿下を見すぎてしまったことに反省をしていたら、聖奈も緊張しながら部屋に入り、俺の横に立つ。

 扉が閉まり、一呼吸置いてから殿下が笑みを浮かべながらこちらを見てくる。


「それではみなさん、座って私の話を聞いてください」


 着席するようにうながされたので、椅子に座ろうとしたら大きな赤い画面が目の前に広がった。


【警告】

 精神汚染領域が展開されました

 対抗するために神器を解放してください


(は? なにが起こっているんだ?)


 状況を確認するために周りを見ようとしたら、俺の思考とは別に勝手に体が動いて椅子へ座ろうとする。

 他の4人はすでに着席して、抗う俺に気にすることなく殿下の方を向いたまま微動だにしない。


(これはおかしい!)


 俺が挙動不審な動きをしているにもかかわらず、他の4人が何もしないはずがない。

 アイテムボックスを開くが、手を動かせないため、意識だけでこの場へ取り出す。


 机の上に放り出された草薙の剣は俺を守るように宙へ浮き、まばゆい光を放つ。


「くっ!? これは!?」


 草薙の剣から放たれた光が俺を守るように包み込むと、体が自由に動くようになった。

 すると、今までは見えていなかった殿下からあふれ出る赤い光が見えるようになり、それを打ち払うように剣で切り裂いた。


 俺のことを眺めていた殿下は赤い光の放出を止め、納得するようにうなずく。


「なるほど、草凪澄人さんが神器を使えるというのは本当の事のようですね」

「どういうことですか?」


 剣を持ちながら殿下の動向に注視していると、笑顔で手を差し伸べてきた。


「今日は神器についてあなたとお話をするために、総理へ無理を言ってこの場を用意していただきました。座っていただけませんか?」

「……他の4人は元に戻りますか?」


 赤い光を切っても4人が口を開くことさえできず、ただまっすぐに殿下を見続けているため、警戒を解くことができずにいた。

 しかし、椅子に座っている殿下は手を組み、師匠へ目を向ける。


「さすがは元キング級ハンターですね。神器の精神拘束を自力で抜けようとしています」

「精神拘束?」


 先ほど表示された赤い画面にも似たような文字が書かれていたため、4人が殿下の神器による精神攻撃をもろに受けていることを知った。

 ただ、それなら神器を出す前の俺が抵抗できたのが変だと思っていたら、殿下がほほ笑みながら口を開く。


「ええ、私の持つ【勾玉】は条件が整えば相手の精神を拘束し、自由自在に操ることができるものです」

「条件……ですか?」

「一番は、私の言葉を聞くことです」

「なるほど……」


 そういえば、殿下が話をするときに総理に気を取られて、微妙に聞き入っていなかった。

 それが抵抗に繋がったと思えば良かったが、戸惑う俺を見ながら殿下が口角を上げる。


「澄人くんはどうして抵抗できたのかな?」

「えっと……信じてもらえるのか分かりませんが、剣が教えてくれました」


 画面について触れるとややこしくなりそうなので、こう答えると殿下が剣へ視線を移す。


「ほぅ……」


 感心するように目を細める殿下を見ていたら、師匠が呼吸を乱して机に突っ伏した。

 精神拘束というものから逃れたのか、机に肘をつきながら苦しそうに顔を上げる。


「殿下……これは……どういうことですか……」

「聞いていたかと思われますが、草凪澄人くんが神器を使えるのか試しました。手荒なことをして申し訳ない」


 頭を下げる殿下に対して、師匠は軽く頭を振り、軽く息を吐いた。


「3人とも聞こえているな? これは状態異常の一種で、体から自分以外の魔力を出せば解放される。訓練だと思って自力で解いてみろ!」


 訓練と言う言葉を聞いた殿下は驚きながら師匠のことを見て、いいんですかと言葉を続けた。


「一応神器によるものですが、あなた以外に解けると思いますか?」

「見くびらないでいただきたい。この3人は若いですが、正澄様が選んだ精鋭たちです」


 その言葉を聞いてなるほどと口にした殿下は小さく頷き、師匠の目を見返している。

 師匠は必ずできると思っているのか、不安そうな顔一つせず、お姉ちゃんたちに目を向けた。


「……そうですか。では私が解くのは止めておきます。その間、澄人くんと話をしてもいいですか?」

「ええ……私はかまいません……」


 殿下の視線が俺に移ると、間を少し置いて口を開いた。


「無限の可能性を持つ者へ剣を託す……誰の言葉かわかりますか?」


 一言一言を確かめるように言葉を紡いだ殿下が何かを期待するように俺の目を覗いてくる。

 しかし、聞いたことのないフレーズだったため、申し訳ないと思いながら顔を左右に振った。


「いえ……わかりません」

「そうですか……これは草凪家の初代当主が当時の天皇に送った言葉で、それ以降、草薙の剣は世界中のどこをさがしても見つかりませんでした」

「その剣が……俺の下に?」


 振ればどんなモノでも切れる剣にそんな歴史があるなんて思いもしなかった。

 師匠から初代の当主と同じ剣とは聞いていたが、天皇家にまで存在を認知されているのは予想外だ。


 殿下は深く頷いて、視線を落として俺の前に置かれた剣を見ている。


「そうなります。代々受け継いできた勾玉に対抗できるような神器はほとんどありませんから、それを確認するために来ました」

「その理由を教えていただいてもよろしいですか?」


 剣を確認するためだけに殿下が入学式へ来るなんておかしいと思ったので、他にも理由があるだろうと考えた。

 答えてくれるのを待っていたら、俺の横に座る夏さんが深く深呼吸をして顔を下に向ける。


「天皇家には勾玉以外に、この言葉が口頭で伝えられています……【草薙の剣を持つ者と縁を深めよ】」

「縁を……深める?」

「簡単に言うと、仲良くしてくださいと言うことです。また、私は絶対にあなたと敵対しないことを誓います」


 殿下が晴れ晴れとした表情で俺に笑顔を向けると、入口付近に立っていた総理大臣が時計を気にする。


「殿下、そろそろお時間です」

「そうか……澄人くん、残念だが今日はこの辺で失礼するよ」

「はあ……」


 殿下は総理大臣と一緒に退室しようとしており、部屋を出る前に心配そうな顔を師匠へ向けた。


「草壁さん、本当にこのままで大丈夫ですか?」

「ご心配ありがとうございます、問題ありません」

「そうですか……では、失礼いたします」


 丁寧に部屋から出て行く殿下を見送っていたら、お姉ちゃんが顔から汗を吹き出しながら机に倒れる。

 そのまま動かないのでステータスを覗くと、魔力が切れかけていたため、回復薬を取り出してお姉ちゃんへ差し出した。


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