草根高校入学式~水鏡真の杞憂~
「入学式の代表挨拶に予定通り草凪澄人が出たら、私は理事長の解任を求めるつもりよ」
「え?」
私のことには無関心だと思っていた義母が草根高校へ入る直前にようやく口を開いた。
どちらが主役なのかわからないくらい豪華な着物に身を包んだ義母は、持っていた扇子で口元を隠して口角を上げる。
「どんな憶測が飛び交っても、草凪澄人がハンターとしての素質がないことは主人が証明しているわ。そんなやつが伝統ある草根高校の特待生で代表? 草壁理事長の職権乱用を問いただせるまたとない機会よ」
「…………」
オリエンテーションの時に起こった事を説明しても、私の言葉はまったく聞き入れてもらえなかった。
今も、私が何を言っても聞く耳を持ってもらえないので、黙って案内通りに式が行われる体育館へ向かう。
(草凪くんの能力は私の能力でもわからない。ただ、精霊を出すだけでも代表挨拶を務められると思うけど……)
義母はたまたま家へ送られてきた、入学式の案内に書いてあった【生徒代表挨拶:草凪澄人】という文字だけでここまで来ている。
今回は、いまだにハンター協会で圧倒的な権力を持ち続けている草壁家へ何とか穴を空けるべく、水鏡家を筆頭にいくつかの家が結託して理事長を解任させようと動いていた。
(理事長が草根高校で私的に生徒を入れていることを問い詰めるという内容らしい)
それをしていたのは前の校長をしていた金嶺という人であるということを嘘と決めつけ、義母は自分に都合の良い情報しか聞き入れない。
父親に相談をしたが私との時間は取れないようなので、手紙を送ったが効果は無かったようだ。
「これから始まる入学式が楽しみね」
「そうですね……」
体育館では新入生と保護者の席が別の場所になっていたため、私はようやく義母と離れることができた。
Aと書かれた札が置いてある私の席に座ろうとしたら、前の人が私に気付いてこちらを向いてくる。
「水鏡さん、こんにちは」
「え? こ、こんにちは……草凪くん……」
先ほどまで義母と話をしていた草凪くんが挨拶をしてくれたので、気まずくなってそさくさと荷物を置いてパイプ椅子に座った。
ちらりと後ろの保護者席を見たら、義母は一番前に座って知り合いの人と言葉を交わしている。
その中には親戚の姿もあり、話が聞こえなくても上機嫌な義母を見ておだてられているのがよく分かった。
ただ、その中の一部の人に対してだけ冷たい目を向け、ほとんど会話をしてもらえない人もいる。
(水鏡家の威光が保てているのは誰のおかげだと思っているんだ!? 気に入らない親戚を全部ないがしろにして、観測センターから人がいなくなったらどうするつもりなの!?)
義母へ挨拶をして周りの人からも距離を置かれた人たちを見て、昔一緒に遊んでいた友達のことを思い出す。
(あれは真友ちゃんの両親だ! ここにいるの!?)
席を離れて義母のせいで一緒に遊ぶことができなくなった友達を探そうとしたら、マイクの電源が入ったような音が聞こえてきた。
「これより入学式を始めたいと思います。皆様、席へお戻りください」
壇上の隅に置いてある台のマイクでアナウンスをしている先生の言葉を聞き、立ち上がるために浮かした腰を落とす。
母親の取り巻き立ちが席へ戻ろうとすると、体育館の入り口を見ながら立ち止まっていた。
何を見ているのか視線を移すと、後ろに座っているほとんどの人が同じ方向を向いている。
(清澄ギルドの……草壁澄香さんと水上夏澄さん……それに、草凪さん……)
境界発見数と探索物の売上で世界1になった清澄ギルドの3人が、時間を見計らったかのように入場してきた。
その3人がなぜか私の方へ笑顔を向けたようなきがしたので、後ろを見ると前に座る草凪くんが軽く手を振っている。
(そうだよね……兄妹だから隣同士になるのは当たり前か……)
草凪さんは髪を揺らして小走りで草凪くんの横へやってきて、言葉を交わしながら座った。
ゆっくりと後ろを見ると、草壁さんと水上さんはAクラスの保護者席の最前列に座る義母へ一瞥もすることなく前を通り過ぎ、空いている椅子へ着席する。
(あの人……怒ってる……)
水鏡家に対して良い印象を持っていないあの2人が義母に挨拶をするなんてことはない。
それをわかっていないのはあの人だけで、無視をされたことに苛立っていた。
(特に水上さんはなにがあっても水鏡に頭を下げる気はないでしょうね……私にも同じことができたらな……)
会場が静かになると、司会の人が全体を見回してから、深呼吸をするように肩を上下させた。
「来賓入場」
「え?」
その言葉で、年配の女性が案内をしてきた人を見て、思わず口から言葉がこぼれてしまった。
(なんで高校の入学式に皇族と総理大臣が来ているの!?)
平然とした顔で入場してきているその人たちを見て、この会場の緊張感が一気に高まる。
私は前に座っている原因であろう人の後頭部を見つめ、手を握りしめた。
(これが……黄金世代……草凪家の当主候補が草根高校へ入学するってことなの?)
日本の歴史が始まってから何十世代にも渡る歴史の中、ハンターとして知っておかなければならない重要事項に【黄金世代】という言葉がある。
(草凪家の当主と草根高校へ入学した者は、世界を支える人材に育つ)
何千年と変わらないこの意味は、これまでずっと誰にも否定されることなく言い伝えられてきた。
その黄金世代に終わりが来ると言っていた義母を見ると、扇子で口元を隠しているため表情が読めない。
(草凪くん……どうするの?)
ここまで注目を集めてこれだけの人が見ている中、草凪くんがどのような挨拶をするのかということを考えると私もドキドキしてきた。
「開始の辞、入学生起立!」
その言葉で始まった入学式は粛々と進められ、ついに入学生代表挨拶の時間がやってきた。
「新入生代表、草凪澄人」
「はい!」
彼の名前が呼ばれた瞬間、義母は鬼の首を取ったかのように笑みを浮かべた。
私は心の中で祈るように、
(こうなると草凪正澄様の演武だけは駄目……剣聖の真似はできない……)
心臓の高鳴りが止まらないまま草凪くんが壇上にいる理事長の前で止まり、胸ポケットから封筒を取り出して演台へ置いた。
紙を見ることなく始まった彼の言葉はよどみなく、透き通るように体育館へ響き渡る。
「私たちは先輩方に恥じないよう……」
しかし、終盤の目標を言う場面で、これまで次々と出てきた言葉が止まってしまう。
理事長も困った様子で見ていたが、私から見えた草凪くんの横顔は一瞬笑ったように見えた。
「訂正します。私たちは必ず歴史に名を残せるような活躍をすることをここに誓います!」
そう言い切った草凪くんは会場にいる人の方を向き、上半身を左側にひねって右手を振り上げた。
勢い良く振り下ろした右手には、先ほどまで持っていなかった剣を持っており、空間魔法を使ったことがわかる。
ただ、持っていた物が剣ということで、私は一抹の不安がよぎってしまった。
そんなことを知らず、壇上にいる草凪くんは演武を行うのか、両手で剣を持って型に入る。
それを見た義母は獲物を狙う獣のように鋭い目を理事長へ向けていた。
視線を壇上へ戻すと、まったく動かない草凪くんに私の目が反応する。
【親和性(雷):S】
「え?」
人生で2度目の自分の目を疑う事が起こり、混乱してしまった。
何度視ても雷の親和性が《S》という水鏡の記録に残っていない能力を草凪くんが使っている。
静止した状態から剣を上へ放り投げ、草凪くんは両手を掲げた。
「天翔ける雷よ!! 我が求めに応じ、現れろ雷龍!!」
この中のどれぐらいの人数が今起こっていることの理解できているのか、私にはわからない。
しかし、草凪くんの投げた剣にバチバチという音と共に雷が集まり始めると、会場中から感嘆の声が上がった。
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