草根高校新入生編②~入学式準備~

「先生、体育館へ行かないんですか?」

「すまない……行こうか」


 俺が声をかけて我に返った草矢さんは、頭を振り払いこちらへ顔を向ける。


「にゅ、入学式の新入生代表挨拶は完璧かな?」


 言葉をつまらせながらも、草矢さんは俺へ確認をするように聞いていたため、なくさないように内ポケットへしまっていた挨拶文が書かれた式辞用紙を取り出す。


「用紙も持ってきましたが、暗記してあります」

「あの挨拶を!? ……あまり気負わないように」

「大丈夫だと思います」


 俺が返事をすると草矢さんは体育館へ案内するように歩き始める。

 歩調を合わせてくれており、横に並ぶ草矢さんが前を見ながら話しかけてきた。


「今日来る新入生は普通科の240名、総合学科90名で総勢330名いる」

「普通科の倍率も高かったんですか?」


 普通科は総合学科よりも遅く入試が行われており、その期間中に俺は境界の発見と探索を行っていたため、詳細を知らない。


 普通科で入学しても部活等で境界や異界を体験し、3年次に国の試験で合格をすれば総合学科と同じ待遇で卒業できるとお姉ちゃんから教えてもらっていた。


(ここの普通科はこの地域でも指折りの進学校だから、ハンターしかやってこなかった人にはきついだろう)


 普通科の倍率について質問をすると、草矢さんが少し間を空けてから口を開く。


「240名の枠に4000人程の受験者が集まった」

「ほぼ20倍ですか……その中の何人くらいがハンターなのかわかりますか?」


 それを聞いて草矢さんが立ち止り、左手の人差指を1本だけ出す。


(1割? 1人? どういう意味だ?)


 その出された指がどんな理由なのか草矢さんの顔を見たら困惑しており、ふーっと深くため息をついて足を進める。


「ハンターではない者・・・・・が1人だけだ……こんなこと、今までなかった……」


 異界の話を知っていたら、普通科枠でもハンターが希望すると思うので、何としてでも入りたい人がいるのではないかと思う。

 知りたいことが次々と出るため、ここに来るまで俺は草矢さんに質問攻めをしているかのように話をしていた。


「大体毎年ハンターじゃない人はどれくらいなんですか?」


 体育館に着いたものの、今も疑問が浮かんでおり、草矢さんの横で立ち止まって答えを待っている。


「2年、3年次生は半数が一般生徒だ……彼らには世界中にハンターがいるという知識を教える時間が事前にある」

「それは――」


 ハンターに関係ない人へ境界などのことを教えても良いのか、聞こうとしたところ、体育館に並べられた椅子の奥から数名の教員がこちらへやってきた。

 話をしていた草矢さんも俺の背中を押して、中へ進むようにうながしてくる。


「また今度ゆっくり話をしよう。今は入学式の予行練習だ」

「……はい」


 体育館には床を傷つけないように緑色のシートが引いてあり、その上へきれいなパイプ椅子がいくつかのブロックに分かれて等間隔で並べられていた。

 奥の壇上には校旗などが飾られ、中央の演台の横には式の時によく見る大きな松の盆栽が置かれている。


(何で松の盆栽が置いてあるんだっけかな?)


 小学校の時に気になって調べたことがあるが、現在も疑問に思っているので、知識が身に付いていないことがわかる。

 壇上に近づきながら別のことで悩んでいたら、中年の女性の先生が俺へ優しく微笑んでくれた。


「緊張しているの? リラックスよ」


 その人は俺が緊張しているように見えたのか、微笑みながらあなたならできるわと応援をしてくれている。


「……ありがとうございます」


 事前に渡された入学式の式次第に目を通しているので、段取りは頭に入れてある。

 あとは、俺が壇上へ向かうまでの道のりと、【新入生代表挨拶】を口にするだけだ。


「僕はどこへ座るんですか?」


 自分の座る位置がわからないとどのように進めばいいのかわからないので、着席図という紙を持っている先生に話しかけた。

 すると、その先生は1番端のAという札が置かれた椅子の塊へ移動し、順番を数え始める。


「草凪くんはここだよ」


 Aの椅子の塊の前方辺りを示され、俺の着席するパイプ椅子を教えてくれた。

 座る前にチラッとその人が持っていた紙を見ると、AからIまである札はクラスを表しており、俺のクラスには10人しかいないようだった。


(これは特待生だけのクラスか?)


 そうなると、俺の横には聖奈が座ることになるはずだ。

 ただ、他のB以降のクラスは40名ずついるため、このAクラスだけかなり目立っている。


「じゃあ、草凪くん、座ってくれるかな?」

「教えていただきありがとうございます」


 Aクラス以外の生徒からはどんな目で見られるのだろうかと心配になりながらも、体育館にいる先生は俺へ新入生挨拶の練習を行わせるべく、椅子へ座らせる。

 俺が座って姿勢を正すと、席次表を持っていた先生がマイクを手にしてこちらを見てきた。


「新入生代表挨拶、Aクラス草凪澄人くん」

「はい!」


 事前の打ち合わせ通り、名前を呼ばれたので大きな声で返事をしてから立ち上がる。

 余裕のある席の間を通りながら壇上へ向かい、演台で理事長役をしている中年の女性の前に立った。


「今は読まなくていいわよ」

「わかりました」


 練習のために、挨拶が書いてある用紙が入っている封筒を胸ポケットから取りだそうとしたら止められた。

 かわりに、草矢さんが俺の傍に寄って来て、下に並べられている椅子を見下ろす。


「挨拶が終わって、その封筒を理事長へ渡したら、壇上を降りる前に、ここで剣以外のきみの力を示してほしいんだが……精霊をお願いできるかい?」

「そんなこと書かれていませんでしたけど……」


 暗記した入学式の式次第に書かれていないことを言われたため予想外だったが、この高校ならそれくらいすることもあるだろうと納得した。


「これは草根高校の伝統でね。新入生代表がここで高校生活の目標を言ったり、力を示して抱負を言ったりしているんだ」


 草矢さんが俺を説得するように話をしてくれているので、ついでに気になったことを聞いてみる。


「そんな伝統があるんですね。ちなみに、過去で一番印象に残っていることはなんですか?」


 俺が草矢さんに質問をしたら、中年の女性がこちらへ近づいてきた。


「草凪正澄様が行った剣による演武よ。今でも、剣を得意とする生徒はそれを模範としているわ」


 ここにきてじいちゃんの名前が出されたので、どんなものなのか見てみたくなる。


「……ちなみに、映像って残っていますか?」

「数年前に草壁って子がやった時の映像ならあるけど……一回見たらできるものでもないわよ? 彼女も半年以上は練習したって言っていたわ」

「それでもいいのでお願いします」

「練習も終わったし……草矢先生大丈夫かしら?」

「そうですね。お昼を食べながら見ましょうか」


 一回行っただけで体育館での練習が終わり、昼食をとるために食堂へ案内された。

 そこにあるテレビでお姉ちゃんが壇上で剣を振っている姿を見ながら、俺は何をするのか考え始める。


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