第3章〜草根高校新入生草凪澄人〜

草根高校新入生編①~入学式当日~

「聖奈、リボンはあったか?」


 入学式当日、俺は草根高校の制服を着て、聖奈の準備が終わったのか確認をしている。

 聖奈は制服が届いてから毎晩のように着ていたが、今になってリボンが無いと騒いでいた。


「まだない! お兄ちゃん、時間大丈夫!?」

「聖奈は余裕があるけど、俺は先に行かないといけないからもう出るぞ?」


 入学式の前に草矢さんが話をすることがあるようなので、早めに学校へ来るように言われている。

 聖奈の部屋から離れようとしたら、どたどたと焦るような足音が聞こえてきた。


「やだー!! 一緒に行くからもう少し待っていて!!」


 顔をのぞかせている聖奈がお願いと言うので、表示させた画面で時間を確認する。


【現在時刻 10:45】


(13時から入学式だから、その2時間前には学校に来てほしいって言っていたから……)


学校までは徒歩5分かからないため、あと10分は待てるが、余裕を持って着いておきたい。


「あと5分な」

「待っててね!!」


 笑顔を見せる聖奈はまた足音を立てながら部屋に引っ込み、バサバサと衣服を放り投げる音が聞こえてきた。

 聖奈を待っている間にもう1度身だしなみを整えるために洗面台に向かい、真紅のネクタイが歪んでいないかチェックする。


 紺のブレザーの胸ポケットのふちには、葉っぱを基調とした草根高校の校章が入っており、まだズボンにもシワが無い。

 髪の毛も校則で耳にかからず、襟足が伸びすぎてはいけないため、お姉ちゃんに切ってもらった。


(モンスターと戦っているときに、髪の毛のせいで視界が狭まりましたって馬鹿みたいだしな)


 模範生徒となるように、お姉ちゃんが在学中に使っていたという生徒手帳を熟読した。

 聖奈にも読んでおくように伝えたが、そんなそぶりを見せなかったので、おそらく目を通していないだろう。


(そろそろ5分経つけど、聖奈のリボンは見つかったかな?)


 居間へ戻って聖奈を待とうとしたら、お姉ちゃんと夏さんが畳に座っており、俺の姿を見て笑みをこぼす。


「良く似合っているわよ」

「澄人様、かっこいいです」

「ありがとうそう言ってもらえて嬉しいよ」


 社交辞令でも褒められるのは嬉しく、美人な2人に言われたら照れてしまう。

 俺も机を囲みながら座ると、2人ともスーツを着ていることに気が付いた。


「2人ももう準備をしているんですか?」


 2人が俺たちの保護者として入学式に参加してくれると言ってくれていたが、13時からなのにもう化粧や着替えを終えて今にも家を出ようと待ち構えている。

 夏さんが笑いながらお姉ちゃんを見て、俺へ話しかけてきた。


「香さんなんて入学式が楽しみすぎて、朝5時に起きてから運動をして、血行を良くしてから化粧をしていたんですよ」


 からかわれたお姉ちゃんは怒ることなく、持っていたコップを机へ静かに置く。


「夏、あなたも同じようなものでしょう? 普段は昼まで寝ているのに、今日寝過ごさないように昨日は夜の9時には寝ていたじゃない」


 ちがう? と言葉を続けるお姉ちゃんがフフっと笑みを浮かべたら、夏さんの顔が真っ赤に染まった。


「ど、どうしてそのことを!?」

「さあ? どうしてかしら?」


 恥ずかしそうにお姉ちゃんと話をしている夏さんが心から入学式を楽しみにしてくれていることがわかる。

 そんな時、不意に夏さんが俺のことを見ながら微笑む。


「澄人様は草根高校での目標はありますか?」

「特待生として恥じないような成績を取りたいと思っています」


 俺の意気込みを聞いたお姉ちゃんが頬を引きつらせて困ったように笑いかけてきた。


「私も特待生だったけど、今からそんなに気負わなくても……」

「あの大量の不合格者を見たら、妥協できなくなるよ」


 合格発表の日に大半が落ちて悔しそうに校門を出る姿を目にしたら、あの人たちからも後ろ指を指されないようになりたい。

 時計を見たら時間になっていたので、聖奈へ声をかけてから出かけることにする。


「じゃあ、俺は先に行ってきます。あと、よろしくお願いします」


 立ち上がる前に2人に入学式へ来てもらうことを再度お願いした。


「ええ、行ってらっしゃい。気を付けてね」

「澄人様、ガンバです!」


 笑顔で俺を見送ってくれた2人のいる居間から離れようとしたら、大きな足音が聞こえてくる。


「お兄ちゃん! リボンがあったよ!! これで大丈夫かな!?」


 制服を着ている聖奈が右手に赤いリボンを持って掲げているが、髪が乱れてしまい、いつものように両サイドで縛ってもいない。

 子犬のように持ってきたものを褒めてもらうのを待っている聖奈と時計を見比べて、軽くため息をついた。


「良く見つけたな。髪を整えてから一緒に行こうか」

「うん! ありがとう、お兄ちゃん!」

「玄関で待っているから、終わったらすぐに行くぞ」

「はーい!」


 洗面台に向かっていく聖奈の背中を見送り、俺はリュックを背負い、玄関で靴を履く。

 あんな目を向けられたら聖奈を置いていくことができなくなり、妹の気持ちを汲むことにした。


(今日から高校生か……どんな学校生活になるのかな……)


 これからのことに思いをはせていたら、俺と同じバッグを背負った聖奈がこちらへ近づいてくる。

 トレードマークのツインテールを揺らし、玄関で待っている俺へ満面の笑みを浮かべた。


「お待たせお兄ちゃん、待たせてごめんね」

「行こうか、忘れ物はないよな?」


 学校指定の茶色いローファーを履く聖奈がリュックを揺らして、重さを確かめている。


「さっき確認したから大丈夫」


 考える素振りをまったくせずに、玄関から出て俺を待つ。

 後に続いて学校に向かい始めると、横を歩く聖奈があっと声を上げた。


「そういえば、お兄ちゃんの担任だった先生、学校を辞めちゃったみたいだよ」

「え? そうなの? 知らなかったな……」

「離任式の日、お兄ちゃんは夏さんと一緒に境界を探しに行っていたもんね」

「そもそも、卒業生は出席しなくてもいい行事だったから忘れていたよ」


 聖奈から中学の担任について話を聞いていたら、水守さんと草地くんのことを思い出した。


(先生があの2人の合格を特に喜んでいたけど、何か理由を知っているのかな?)


 今日からまた同じ学校へ通うので機会があったら聞いてみることにして、今は入学式に集中する。

 学校に着くとすでに草矢さんが校門で待っており、俺と聖奈を見て少しだけ驚いたようだった。


「こんにちは、澄人くん。聖奈さんが一緒とは聞いていなかったが……」

「一緒に登校したかっただけみたいです。また、1度帰るそうですよ」

「え? そうなのかい?」


 草矢さんが苦笑いをしながら聖奈を見ると、家へ戻ろうと踵を返していた。


「兄さんと登校したかっただけなので、一旦失礼します」


 聖奈は声をかけた草矢さんの方を向き、丁寧に挨拶をしてから来た道を戻り始める。


「変わった子……だね……」

「否定はしないです」


 草矢さんは聖奈が何をしたいのかわからないのか、その姿を見送り、一言つぶやく。

 呆気にとられた草矢さんは本来の目的を忘れ、うーんと考えるように腕を組んで聖奈の背中を眺めていた。


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