草凪ギルド崩壊~草地翔の進路希望~

「お疲れ様です。今日はありがとうございました」


 無事に境界から出ると、臨時で入れてくれたPTの人たちにお礼を言ってからこの場を後にする。

 年末に俺以外の草凪ギルドのメンバーが活動の禁止を通告されてから2ヶ月が経ち、来週には草根高校総合学科の試験が控えていた。


(合格しないと俺には道がない……1回でも多く境界に入った実績を積まないと……)


 それをわかってくれているからか、俺が草凪ギルドに所属して【いた】と知っている他のギルドの人たちも嫌な顔せずに協力してくれている。


(【あの人】がハンターとしての後見人になってくれなかったらまた違っただろうな……)


 最近、成金豚を含む、草凪ギルドにしがみついていた人たちの姿を見ることはない。


 俺はあの人のおかげで自分の道を進むことができるようになった。

 しかも、つい数日前、ハンター協会へ草凪ギルドの活動を休止する手続きが行われ、その騒動に紛れて俺はギルドを脱退することに成功している。


(ギルドを維持するために必要な事務所や登録料等の維持費が払えなくなったんだろう……最後はこんなもんか……)


 家に帰る前、今の俺を支えてくれている人へ今日の報告を行うためにスマホを取り出した。

 電話をかけてからすぐに出てくれたので、歩きながら話をする。


「先生、無事にGランクの境界から戻りました」

「そうか。これで合格ラインには乗りそうだな。後は境界の頻度を抑えて、勉強しないと学科で落とされるぞ」


 電話相手である担任の先生は元ハンターで、草凪ギルドが清澄ギルドの活動していた境界を囲むという凶行から逃げ出した俺を匿ってくれた。

 それ以来、親身になって指導をしてくれるおかげで何とか生活ができている。


「勉強も怠けません。必ず合格します」

「明日は対策勉強会が学校で行われるから、忘れないようにな」

「はい。ありがとうございます」


 電話を切ってから時間を見ると、21時を過ぎそうだったので、寒い風を体で切るように急いで帰路につく。

 俺の中学校には70名も草根高校の総合学科へ進学を希望している生徒がいるため、去年の年末から対策の勉強会や講座が開かれていた。


 この街は草根の街のため昔からハンターが多く、草根高校の総合学科は日本で数少ないハンターを養成する学校だ。


(ハンターなら必ずあの高校へ通うことを願うだろう……俺は……)


 草凪家の当主も代々そこへ通っているため、レベルの高い教育が受けられると聞いている。

 俺の親はハンターとしての素質がなく、普通の生活をしており、家族で唯一のハンターがじいちゃんだった。


 そのじいちゃんもハンターとして活動できなくなり、今一族でハンターなのは俺だけになった。


(どこから間違えたのかな……じいちゃんをなんとしてでも止めればよかったか?)


 もう変えられない過去のことを考えていたら、気分が沈んでしまう。

 切り替えるために走って帰ろうとしたら、人ごみの中から草凪くんを発見してしまった。


(チャンスか!?)


 2学期の終業式の時に、清澄ギルドで実績を積めれないか相談をしようとしてから距離を取られている。

 話しかけるために近づこうとしたら、草凪くんの横に聖奈さんの姿が見えたので、思わずこの場から離れた。


(どんな顔をして会えばいいんだよ)


 あの豚に良い様に使われているのを眺めることしかしていなかった俺は、聖奈さんから恨まれていることだろう。

 それでも、草凪くんの紹介で清澄ギルドに付かせてもらえれば、他のギルドとは比類にならないほど多くの実績を積める。


(考えが駄目か……自分がやらなかった結果だから仕方がない……)


 よこしまな考えを頭から振り払うように気合を入れ直し、少しでも勉強をするために早く家に帰ることにした。


 翌日、休日にもかかわらず補習が行われる会議室には、朝から50人程度が来ており、時間ぎりぎりに着いた俺は後ろの方に座ることになった。


(ここからだと見え難いんだよな)


 前日の夜に寝る直前まで勉強をしてしまい、起きるのが遅くなった結果がこれだ。


 最初の対策講義を担当する女性の先生が現れ、持っていたパソコンを会議室の機器へ取り付けている。


 ほとんどの電気が消され、プロジェクターで先生の持っているパソコンの画面が映し出された。


 詳細までは見えなくても声は聞こえるので、ノートと教科書をカバンから取り出す。


「まず! 1次試験は1人3分の面接と筆記試験です! 実績と筆記試験の結果のみ判断されると何度も言っていますね!!」


 講義の前に、ここにいる全員へ発破をかけるように言っており、先生の思いが伝わってくる。


(今回の受験者は例年よりもはるかに多い約5000人……記念受験なんて人はいないから、全員が本気だ)


 受験者数が爆発的に増えたのには理由があり、澄人くんの顔が脳裏に浮かぶ。


 始まりは、去年の年末に草根高校の校舎が何者かの力によってきれいに叩き切られた事だった。


 その出来事の直後、草凪家の当主となる澄人くんが草根高校に入学することが決まったことにより、彼がそれを行ったため奨学生になったと全国に噂が広まる。


(ハンターとして草凪家の当主と同学年になれるのなら、これ以上の経歴はない)


 かつては無能という烙印を押されて、草凪家から追放されていた澄人くんが草根高校の特待生になったことは衝撃だった。


(草根高校は徹底した実力主義の高校で、忖度は行わない……澄人くんは自分の力で特待生を勝ち取ったんだ)


 澄人くんのお父さんやお爺さんが入学するときにも草根高校の受験者は爆発的に増えており、その学年からは今でも世界を支える優秀な人材が育っている。


 それが1度や2度ならいいものの、何百年もの間、草凪家の当主がいる学年だけが突出しているため、ハンターの間では【黄金世代】と呼ばれていた。


(それが80人の枠を5000人で奪い合うことに繋がった……その結果が倍率60倍越え……なんとしても確保してやる!)


 この講義を受けている中から一人も合格者が出なくてもおかしくない狭き門を通過する。

 その思いを込め、始まった講義を一言も聞き逃さないように集中していたら、先生のすぐ前にいる委員長の姿が目に入った。

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