中学卒業編⑩~待遇交渉中~

「今までの会話ですが、現在開かれている草根高校の臨時会議で中継がされています。弁明があるのなら、どうぞ」

「そんな嘘を!?」


 うろたえながら俺へつかみかかろうとする老婆へ、スマホを突き付ける。


「金嶺くん、本当だ。わしが全職員に聞こえるようにしている」

「り、理事長!?」


 電話からは師匠の声が聞こえ、老婆はスマホまで奪おうとしてくるので、立ち上がって避ける。

 俺に飛びついてきた勢いを止められず、老婆が床へ崩れ落ちた。


「わしのいないところで、こんな暴挙を振るっていたのは非常に残念だ」

「理事長、これは……何かの間違いで……」


 必死に言い訳をしようとしている老婆は俺のスマホを見上げ、釈明しようと言葉を紡いでいた。


「明日から学校へ来なくても良い。教頭にきみの代行をしてもらう。以上だ」

「待ってください!!」


 師匠が切って捨てるように通話が終わると、老婆が俺をにらみながら立ち上がる。

 俺は椅子に座り直し、スマホを胸ポケットへしまう。


「あんた、絶対にゆるさないわ。金嶺家の力を使って必ず後悔させてやる!!」


 老婆が憎しみを込めて俺を睨んでくるが、呆れて苦笑いをしてしまった。


「草根高校を追い出されたあなたにそんなことができますか?」

「なんですって!?」


 金嶺家は古くから政に関わってきたため、この老婆が草根高校で大きな顔をすることができていた。

 しかし、今回のことが広まり、世間体を気にする家がどのような対応をするかなど、火を見るよりも明らかだ。


「楽しみにお待ちしております。草根高校と無関係になったあなたはお引き取り下さい」


 もう、老婆と話すことがなくなったので、校長の代わりに扉を開けて、ここから出るようにうながす。

 

「草矢! 行くわよ!!」

「……私は理事長から今回の話をまとめるように言われているので帰れません」

「お前っ!?」


 草矢さんは老婆にキッと凄まれるが、椅子に座ったまま動こうとしなかった。


「私を怒らせてこのままだと思わないことね!!」


 捨て台詞を残して老婆は校長室から出ていき、扉が閉まると草矢さんが先ほどよりも深く頭を下げる。


「お騒がせして申し訳ありません。草根高校の草凪くんへの待遇についての案を聞いていただけますか?」

「もちろん、こちらこそよろしくお願いします」


 緊急ミッションを知らせる赤い画面がまだ消えず、失敗になっていない。

 交渉が終わっていないことを確認してから草矢さんの向かいに座る。


「まず、学費の全額免除。そして、【学校での活動】に係る一切の費用をこちらで負担します」


 そんな条件聞いたことがないと校長がつぶやいており、草矢さんもどうでしょうかと目に力を入れてこちらを見ている。

 しかし、学校での活動という部分がどの程度まで反映されるのかわからないので、簡単に首を縦に振らない。


「その学校での活動の支援には、総合学科で使われる特殊な道具等の購入費用も含まれますか?」


 横に校長がいるため、ハンターのことを口に出していいのかわからないので、言い回しを考えた。

 ハンターとしての活動にはとにかくお金がかかるので、ここだけは確認しておかなければならない。


(俺が今着ているインナーだけでも数百万だからな)


 一部負担とか一定額までと思っていたら、もちろんと言いながら草矢さんがうなずく。


「もちろん、【すべて】こちらが負担します」

「本当ですか?」

「ええ、他にはない草凪澄人くんだけの待遇です」


 実質的に俺が草根高校へ通うのに必要なお金がなくなった。

 しかも、職員の不安を取り除けたので、笑顔で草矢さんへ手を差し出す。


「わかりました。それなら私は草根高校へ入学したいと思います」


 草矢さんが安心したように手を握り返してくれた。


「ありがとう!」


 握手が交わされると同時に赤い画面が表示され、交渉ミッションの成果が映し出される。


【ミッション達成】

 スキル《思考分析Ⅰ》を取得しました


 その後、鞄から入学に必要な書類を渡され、気まずそうに俺のことを見てくる。

 考えていることがわからないので、早速草矢さんに対して思考分析を使用すると、【疑念】という文字が顔の横に表示された。


「いつの間に【あれらのこと】を調べたんだい?」

「昨日の夜、直接被害者へ聞きに行きました。し……理事長が頭を下げたら、話をしてくれましたよ」

 

 師匠はあの校長から、休職の理由を一身上の都合としか聞かされておらず、激怒していた。

 さらに、校内の調査の結果、校長が意図的に総合学科の職員へ、理事長が俺の入学を無理矢理推し進めているという話を流したようだ。


 理事長の椅子を狙っていたと思われるので、これらの責任を師匠に押し付けるつもりだったという。


(これで少しは職員の風通しが良くなるだろう)


 師匠も自分は代行だからと、あまり口出しせずに学校を運営してもらいたいと思っていたが、これからは積極的に現場へ出てくるようなことも言っていた。


 草矢さんと校長室を出て、見送ろうとしたら、最後に再び頭を下げられた。


「今回はこちらの不手際で不快な思いをさせて本当にすまなかった」

「気にしないでください。俺はじいちゃんが残してくれた学校に通えるようになってよかったです」


 草矢さんも【安堵】の思考になってくれたので、笑顔で来客用玄関から見送った。


(俺も帰るか)


 思ったよりも時間を取られ、校舎にはほとんど人が残っていない。

 昇降口から出て校門に向かっていたら、冷たい風にツインテールを揺らす美少女が門に寄りかかっているのが見えた。

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