中学卒業編⑨~校長室にて~
中からどうぞという声がかけられたので、俺は校長室への扉を開けた。
「失礼します」
校長室なので、礼儀正しく入室することを心がけたら、思わす顔をしかめてしまう。
中には、校長先生と向かい合うように、草矢さんと妙に着飾った長い白髪の老婆が座っていた。
(草矢さんの横にいるのは誰だ?)
俺が入り口で立ち尽くしていたら、校長が自分の横に座るように手招きをしてくる。
「草凪くん、こっちへ」
「ありがとうございます」
校長が座りやすく椅子を引いてくれたので、お礼を言いながら座ると、老婆が鋭い視線で睨んできた。
老婆は椅子へもたれかかり、机の下で足を組んで偉そうにふんぞり返っている。
(話し合いをしようという態度じゃない……もしかして……)
このような態度を取られても、校長が何も言わないので、俺も黙ることにした。
ただ、昨日の夜に師匠から中学に草根高校の関係者が来るかもしれないということを聞いていたので、驚きはしない。
(【これ】を使わなくちゃ駄目なのか?)
床に置いた自分のバッグを見ていたら、草矢さんが膝に手をついて頭を下げる。
「先日は大変申し訳ないことをした。今日は
「金嶺校長……ですか……」
金嶺という老婆は、草地さんが頭を下げている横で腕を組み、興味がなさそうに冷たい表情をしている。
「私は一般職員の代表として来ました。あなたはなぜ第一校舎を切ったのですか?」
「草矢さんから聞いていないのですか? 全部――」
校長と紹介された老婆が俺へ質問をしてきた途端、草矢さんが表情を硬くしてうつむいた。
全部そこのうつむいている人が理由と口にしようとした時、こんなところで赤い画面が現れる。
【緊急ミッション:交渉を成功せよ】
成功報酬:スキル《思考分析Ⅰ》の取得
失敗条件:交渉の決裂
(こんなの1度も出なかったぞ!? それに成功条件がわからない!)
俺だけに見える画面を見つめていたら、老婆がさらににらんできた。
「僕はあの空間の上に校舎があるなんて知りませんでした」
「本当かしら? 一般教科に対する嫌がらせをする見返りに特待生として迎えると言われたんじゃないの?」
今のやり取りだけで、草根高校にいる職員間の確執を垣間見れた気がする。
(なるほど……あの話は本当みたいだ。ありがとう夏さん)
この老婆はどうしても総合学科の職員が意図的に俺へ校舎を切らせたということにしたいらしい。
(この老婆を退けられれば、弱っている草矢さんしかいないから、交渉が上手くいく)
青い顔をしている草矢さんは俺と老婆を見ることしかできず、横にいる校長は何が起こっているのかわかっていないようだ。
「もう管理している人間がこんなんじゃ、通う気にならないし、応援する気持ちもなくなりました」
「それはよかった。貴重な特待枠をあなたのようなポッと出に――」
「なので、来年度を最後に、草凪がお貸ししているモノをすべて返していただきます」
老婆が席を立とうとしながら話しているのをぴしゃりと遮る。
(草凪家の所有物をこんな人に使われるなんて耐えられない)
草凪の家で俺が引き継いだリストへ目を通した時、草根高校への貸与書も見つけた。
それによれば、20年に1度、草凪家の当主と学校間で契約の更新が行われている。
その更新が来年行う予定となっており、俺が学校と交わさないといけないらしいので、師匠から色々と説明を受けた。
老婆はそんなことを知らないのか、俺が何を言っているのかわからずに困惑している。
畳みかけるように、人のことを邪魔者扱いしてくる老婆へ言葉を続けた。
「草凪家が草地高校に対してお貸ししているものが、使用している敷地の95%と、運営資金として累計で1000億程あることはもちろんご存知ですよね? それを返していただくだけです。何か問題でも?」
「あなたにそんな権限があるわけないでしょ!?」
「何も知らずに来ているんですね。隣に座る草矢さんに聞いてみてはどうですか?」
老婆がキッっと草矢さんの顔を見ると、額に汗を吹き出しながら答えた。
「本当に彼が草凪家のものを相続しているのなら、可能です……」
「なんですって!?」
草矢さんの言葉を聞き、老婆は急にうろたえるように足を崩す。
(不要だと思っていたけど、草根高校の職員情報を夏さんに調べておいてもらってよかった)
聖奈が草根高校へ進学するので、何かあったら困ると思い、事前に内部のことを調べていた。
本当は秘密裏に処理しようと思っていたことだが、直接話をしてよくわかった。
(この老婆は学校の癌だな。今切り捨てないと、聖奈の学校生活が危ぶまれる)
師匠もこんな校長がいたら迷惑だと思うので、ここで引導を渡すことにした。
「あなたは校長に相応しくありませんね」
「どんな口を!? あなた、自分が誰にものを言っているのかわかっているの!?」
「わかっていますよ。あなたが校長になってから、6名の職員が休職されていますよね?」
「それがなに!? 私には関係ないわ!」
俺は鞄からファイルを取り出して、夏さんがまとめてくれた書類を読み始める。
「30代男性国語科職員が心療内科を受診した際の話ですが、金嶺校長が朝礼の時、見せしめのように全職員の前で叱責してきたことで学校へ行けなくなったと訴えているそうです」
「あれはあいつが愚図でまぬけだからしつけよ! はっ!?」
俺が淡々と文章を読み上げると、老婆は自白のように言い訳を零す。
今まで黙っていた横に座る校長に顔を向け、この事例について意見を求める。
「校長、同じ管理職として、これはどう思われますか?」
「事実だとしたら、パワハラで訴えられてもおかしくない……」
うちの校長も老婆へ疑心を抱き、信じられないものを見るような視線を向ける。
その視線に耐えられないのか、草矢先生に何かを言おうとした時、俺は次の資料へ目を向けた。
「次は40代女性……これはひどい」
俺は老婆の行った悪行を朗読するために文章へ目を通すと、思わず呆れて言葉が出てしまった。
(こいつ、人間としておかしいだろ……どうすればここまでできるんだ?)
口に出すのも嫌な内容だったが、老婆を追い詰めるために覚悟を決めて読み始めた。
「英語教員が市のカウンセラーと話をした内容です……金嶺校長が前年度の忘年会の時、その場にいる全員に聞こえるように、40代にもなって妊活をして、どんなつもりなの!? と言い、育児休暇をとるくらいなら学校を辞めろと――」
「止めなさい!!!!」
老婆は机を勢い良く叩き、椅子から立ち上がると俺の持っていた資料を奪う。
「こんなデタラメ!! よく思いつくものね!!」
言葉とは裏腹に老婆は紙を何度も破り、校長室にぶちまけた。
「草矢帰るわよ!! こんな嘘を並べるような生徒、うちにはいらないわ!!」
「し、しかし、職員会議では……」
「うるさい!! 私の言う事が聞けないの!?」
老婆が顔を真っ赤に染めて、草矢先生に向かって叫んでいる。
この老婆にそんなことを言う資格がないので、通話状態になっているスマホを取り出した。
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