中学卒業編⑥~観測センターへ~

 お姉ちゃんに言葉を向けられた水守さんが何も言わないので後部座席を覗くと、委縮して緊張しているようだった。

 聖奈が水守さんの手を握って大丈夫と微笑むと、ありがとうと返事をしてから前を向いた。


「私が観測センターから帰る途中に会いました。ただ、澄人くんが急に焦って走り始めたので、追いかけてしまいました」

「そうなの澄人?」

「今日の【課題】をこなしておきたくて、勘を頼りに急いだんだよ」


 水守さんの言葉が本当なのかお姉ちゃんが聞いてきたので、俺はあの時考えていたことを伝える。

 ミッションという単語を使って水守さんへ余計な情報を与えたくない。


「そう……真友ちゃんだっけ? あなたはどうして境界に入ろうと思ったの? 初めてだったんでしょ?」

「同世代で私だけ入ったことが無かったので……その……」

「水の家は戦うことが専門じゃないでしょう? 役割を説明されていなかった?」

「……されていました」

「それならどうして――」


 その意図を汲み取ってくれたお姉ちゃんはそれ以上俺へ追求せず、水守さんに質問を続けている。

 会話を聞いていたら、ある光景を思い出した。


(そういえば……あれはなんだったんだろう?)


 境界への突入前に、水守さんが電話口で観測センターの人と言い争っていたことをお姉ちゃんへ伝えるかどうか悩んでいたら、車がビルの地下駐車場へ入る。

 お姉ちゃんは駐車をするために質問を止めた。


「着いたわ。澄人と聖奈ちゃんは少し待っていてくれる? 真友ちゃん、行きましょう」

「……はい」


 車を停止させるとお姉ちゃんが降りて、俺たちへ残るように声をかけてくる。

 扉を開けようとする水守さんが怖くて不安そうな顔になり、聖奈が心配そうに肩へ手をそえていた。


 その様子を見たお姉ちゃんが2人に向かって微笑む。


「心配しないで、聞きたいことが終わったから帰ってもらうだけよ」


 お姉ちゃんは優しく、行きましょうと水守さんに手を差し出す。

 水守さんがはいと返事をしながらその手を取って車を降り、2人は入口へ向かっていった。


「なあ、聖奈、本当に水守さんを帰すだけなの?」

「それと、観測センターの人と話をするって言っていたけど……内容までは知らないよ」

「そっか……観測センターに寄るから、夏さんは来なかったの?」

「うん……ここには水の家に由来する人が多いから……」


 この駐車場へ入るときにしか見なかったが、ここには大きなオフィスビルが建っていた。

 場所もほぼ街の中心なので、影響力があることがはっきりとわかる。


「こんな大きなビルに観測センターが入っているんだ」

「入っているというより、このビルの下半分が観測センターで、上がハンター協会だよ」

「近すぎない?」


 ハンター関連の施設なので近いと便利だと思うけれど、同じ建物だとは思わなかった。

 組織を一般人に隠していることから、勝手にひっそりとしたところにあると思い込んでいた。


「あ、香さんが戻って来たよ」

「もう?」


 こんなに大っぴらにしていいものか悩んでいたら、10分もしないうちにお姉ちゃんが戻ってきている。

 運転席に座ると、息をふーっと吐いてからハンドルを握った。


「真友ちゃんを清澄ギルドにほしいって言ってきたんだけど、ご両親から断られたわ」

「お姉ちゃんそんな交渉をしてきたの!?」


 ただ帰してくるだけかと思っていたら、お姉ちゃんは水守さんをギルドへスカウトしたと言っている。

 そうよーと車をバックさせたお姉ちゃんは、残念そうにギアをDドライブに入れて駐車場から出た。


「彼女は探査能力が乏しい代わりに、支援の素質があるんじゃないかっていうのが夏の推測よ」

「どうして真友に探索能力が無いってわかったんですか?」

「普通、水の家の子供は中学に入ると同時に、観測センターで実際に境界の計測を行うの」


 お姉ちゃんの説明を聞き、聖奈は何かに気づいたように俺を見ながら、そういうことですかと口にしていた。

 なぜ俺を見ながら納得したのか不思議になり、お姉ちゃんへ疑問をぶつけてみる。


「それが手伝いじゃないの? あれ……でも……」


 水守さんが言っていたことを自分で口にして、おかしいことに気が付く。


(確か、図書室で話を聞いた時に、計測をやらせてもらえないって言っていたな……)


 事情を知っている聖奈は悲しそうな顔で窓から見えるビルを見ていた


「彼女は《中学3年》のこの時期になっても、計測を行わせてもらっていないの」

「なら、夏さんの言う通り、支援の能力を伸ばせばいいんじゃない?」

「今が普通・・の状態ならそれもできたでしょうね」

 

 普通という言葉を強調していたため、今がその状況ではないことはわかる。


(もしかして……いや、それなら……)


 一点、だけ思い当たる節があるので、推測を込めて質問をした。


「草凪ギルドと関係があること?」


 ハンドルを握りながら前を見つめるお姉ちゃんは、小さい声でええと一言だけ口にする。

 それから、家に着くまで誰も話すことはなく、車が停止し、お姉ちゃんがシートベルトを外してからため息をついた。


「今までは、草凪ギルドが真友ちゃんのような子の護衛を担って境界内での経験を積むんだけど……」

「草凪ギルドにそれをできるだけの人材がいない?」


 後部座席を見ると、数ヶ月前まで草凪ギルドに所属していた聖奈が否定せずにうなずく。


「あと、今回の件でハンター協会の信頼も失ったわ。これからどうするのかしら……」


 そう言うお姉ちゃんは、悲しそうな目でフロントガラス越しに空を見ていた。


「先に帰るね。運転してくれてありがとう」

「ええ、私は少し考え事をしてから戻るわ」


 お姉ちゃんの表情を見たらそれ以上聞くことができず、うなずいて車を降りる。

 聖奈もお姉ちゃんにお礼を言ってから降り、家に入ると夏さんが玄関まで出迎えてくれた。


「お帰りなさい。広さんが居間で待っています」

「師匠が?」

「はい。おそらく今日の件かと……」

「夏さん、ありがとうございます」


 師匠も学校の件やギルドの件で大変だなと思いながら居間へ向かう。

 すると、夕方見た時よりもさらにやつれた師匠が、俺を見た瞬間に立ち上がる。


「澄人! 大丈夫だったか!?」


 俺のことを心配してくれている師匠の方が倒れそうなので、不安になってくる。


「何ともないけど……師匠こそ大丈夫? 倒れそうだけど……これ飲みます?」


 アイテムボックスから体力回復薬を取り出し、元気のない師匠へ差し出した。


「ありがとう」


 回復薬を受け取った師匠が一気に飲み干すので、飲み方が今も昔も変わらないと実感する。

 飲み終えた師匠は、上着のポケットから取り出したハンカチで口を拭う。


「今日拘束した草凪ギルドの構成員はすべて、半年間ハンター活動禁止の処分になった」

「どうしてですか!?」


 それを聞き、俺の後ろにいた聖奈は納得ができないのか師匠に詰め寄り、怒りをあらわにしていた。

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