現在の草凪ギルド~草地翔の苦難~

 草凪ギルドの現状の物語です。

 少し長めになっておりますので、お時間のある時にお読み頂ければ幸いです。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


【草凪ギルドグループメッセージ:本日、緊急集会を18時より本部で開催。必ず参加するように】


「マジか……ヘルプへ行こうと思っていたのに……クソッ!」


 苛立ちを抑えられず、怒りのままに足元の小石を蹴飛ばす。

 中学が終わってから、他のギルドに付いて境界へ入ろうと調整をしていたのに、このメッセージですべてがパアになった。


 同い年の草凪聖奈が清澄ギルドへ移籍してからというもの、草凪ギルドの雰囲気が日に日に悪くなっていく。


(じいちゃんがあの無能のところへ行ったばかりに、ハンター資格をはく奪されてからは余計に酷い……)


 草凪ギルドのまとめ役として俺のじいちゃんが立回っていたため、今では調整をする人も不在となっている。

 今回もどこかの分家が集会をやりたいと集合をかけていたので、ただのギルド員である俺は集まらなければ罰金を払わなくてはいけない。


(面倒だな。解約金さえ払えればこんなギルドすぐに抜けるのに)


 草根市の一等地にあったギルドビルは売却され、今では雨風が防げる程度の廃工場が集合場所になっていた。

 誰の目から見ても落ち目のギルドがなんとか体裁を整えられていたのは、草凪聖奈がいたからだということがよく分かる。


(かつて日本の顔とまで言われていたギルドがこんなになるなんて……はぁ……今日は何を言われるんだ……)


 じいちゃんが抜けたせいでこうなったと嫌味を言われるようになり、集会でもできるだけ目立たないように気を付けている。

 遅れるのだけはまずいので、集合の30分前に集合場所へ着いた。


(げっ!? あいつがもういる……)


 扉を開けるとすでに何人か来ており、その中に草凪聖奈をあごで使っていた成金の豚がいる。

 うちで唯一のビショップ級の戦力だったけど、高校を出ていないからポーン級という理由だけでこの豚からいいように使われていた。


(こいつ苦手なんだよな……頼むから俺を見ないでくれ……)


 草凪聖奈が獲得してきた境界の戦利品もこの豚が捌いており、ギルドの財布も握っている。

 他のギルド員もこの豚の機嫌を損ねると支給される金が減るので、意見を言えないのも増長させる原因だ。


「草地ー、早いじゃないか。いい心がけだ」

「ありがとうございます……」


 なぜか今日は機嫌が良く、いつもは嫌味しか言わない豚が俺へ労いの言葉をかけてきた。

 しかし、その表情はニタニタとなめるような視線のため不快に感じる。


(よかった隅が空いている。ここに座ろう)


 目立たないように集会所の隅に座り、壁り寄りかかりながらスマホを見て時間を潰す。


「では、これより草凪ギルド緊急集会を始める!」


 時間になったのか、スマホから目を離すと現在の草凪ギルドに残っているすべてのギルド員が集合していた。


(集合をかけたのはあの豚かよ……どうりで機嫌が良いわけだ……)


 集会所の中心に豚があごと腹の肉を揺らしながら歩いており、満足そうに周りを見回している。

 中央にある教壇のような1段高い台に乗ると、手を振り上げてにやりと笑った。


「先日、各ギルドが発見した境界の数が発表されたことはみなさんご存知だろうか?」


 得意気に観測センターから発表され、スマホを持っていれば誰でも見られることができる情報を聞いている豚の正気を疑う。

 ただ、集まっている人の中には知らない人も多く、首を左右に振っている人が多い。


(スマホを持っているけど使いこなせない人が大半だから仕方ないか)


 このギルドは古臭く、集会中にスマホを取り出しただけでも罰金なので、該当ページを見せることができないのが残念だ。

 豚はその光景を嬉しそうに眺めており、拳を振り上げて言葉を続ける。


「その結果、なんと構成人数が4人しかいない清澄ギルドが日本1位となった!! これは不正としか思えない!!」


 俺は心の中で確かにと思いながら、豚の言葉に耳を傾ける。


「今、街で発生した境界の9割に清澄ギルドが関わっている! 観測センターもグルだと考えるほうが妥当だろう!!」

「そうだ!! あいつらは不正をしている!! 俺たちが正すんだ!!」


 他のギルド員が一斉に清澄ギルドへの不満をぶちまけていた。

 確かに、清澄ギルドが活発に活動するようになってから、このギルドが境界へ突入することが激減している。


(今ここにいる人たちが原因だと思うんだけどな……)


 今、このギルドには【水】の名字を持つ観測員の姿はない。

 水の人たちは境界内での探索や活動時間の延長が行えるため引く手あまたで、わざわざこのような落ち目のギルドに残ってくれなかった。


 さらに、草凪聖奈へ賠償金を払ってからはギルドの懐事情が厳しくなり、観測センターから境界の情報も買えていない。


(今だと危険度Hの境界でも500万はするから、個人じゃ手を出せない)


 境界内では貴重な金属や経験値を獲得できるため、観測センター主催のオークションで突入できる権利を購入できる。

 ただ、1つ例外があり、発見した者が境界の所有者になるため、観測センターへ登録してからの判断は自由だ。


(清澄ギルドはこの【発見数】で1位だから、不正を疑われても仕方がない)


 観測センターよりも早く境界を発見できるギルドなんて日本中探しても、水鏡ギルドくらいだと思っていた。

 あそこは優秀な観測員が集まり、境界の情報を売ることでギルドを運営している。


(それよりも多いってどういうことなんだ? それなら水鏡より優秀な人材が必要だけど……いるな)


 清澄ギルドにはあの【水上夏澄】が所属している。

 あの人が見境なく境界を探したというのならこの結果にも納得がいく。


(確か検索範囲がものすごく広いんだよな……そんな人がいればこのギルドも……変わらないか……)


 ギルド長であった草凪正澄様がいなくなってからというもの、分家同士が利権を求めて争い始め、収拾がつかなくなり、力を持っていた分家はすぐに抜けていった。

 現在残っているのは境界内で活躍できない人間ばかりのため、水の者がいても何もできない。


(今考えればじいちゃんだけはなんとか立ち直らせようとしてくれていたのか……)


 しかし、そのじいちゃんは禁忌とされていた【無能】への接触を行ってしまったため、ハンター協会から免許をはく奪され、無期の謹慎処分を言い渡されている。


(これからどうなるんだろう……)


 俺が集会を上の空で自分の身を案じていたら、豚のズボンに入っている携帯がけたたましく鳴った。

 集会中にもかかわらず、急いで電話に出た豚はフンフンと興奮しながら会話をしている。


(鼻息荒!! もう、あの人たちが我慢の限界だ)


 年上の人たちが怪訝そうに中央にいる豚を見ていたので、今日も集会が長くなることを覚悟した。

 すると、電話を終わらせた豚は、ものすごい剣幕で地団太を踏んだ。


「今観測センターを見張っていた部下から連絡があり、またも清澄ギルドがこの街の境界へ突入したという報告を受けた!! 今こそ抗議をすべきときではないか!!!!」


 豚が顔を真っ赤にして、唾をまき散らしながら叫ぶと、周りの大人たちが賛同するように大声を放ち始める。


(嘘だろ……マジで行くの?)


 観測センターや境界を敵に回しかねない行為だということがわからないのだろうか。


「場所は草根市の中心部だ!! 俺が案内する!!」


 豚を先頭に出口へ向かっていった人たちを見送ろうとしていたら、豚の取り巻きと目が合ってしまった。


かける!! 早く行くぞ!!」

「……はい」


 見つかってしまった俺は仕方なく駆け足で豚が作った行列に付いていく。


(頼むから大事にならないでくれ……)


 俺の祈りは無情にもかき消され、先に付いていた豚はあろうことか境界警備をしてくれている人へ暴言を浴びせていた。


「貴様らも不正に手を貸しているのか!? 恥を知れ!!」


 こんなことをすれば今後、草凪ギルドが境界へ突入するときに警備をしてくれる人がいなくなってしまう。


(もうだめだ……このギルドは終わった……)


 それだけで絶望していたら、境界の青い光が飛散して、中から誰かが帰ってきてしまう。


(清澄ギルドと遭遇する……最悪のタイミングだ)


 境界が消えると豚を筆頭に大勢の大人たちが警備の人を退かすように体当たりをしており、暗くて誰が帰って来たのかも確認しないまま叫んでいた。


「おい! 境界を独占するなよ! 卑怯者!!」


 目が慣れてきて境界があった場所を注視すると、俺は冷や汗が止まらなくなる。


(嘘だろ……無能と委員長!? なんで2人だけでこんなところに!?)


 冷静になって周りを見ると、一般人の姿がなく、武装した警備員が集結していた。

 警備員が徐々に増員されて、包囲されそうになっている中、俺は1人その場から逃げ始めた。


(マズイマズイマズイ!! 無能と水の組み合わせなんて聞いてない!! 下手をしたら観測センターまで敵にまわす!!)


 俺は自分のハンター証だけを守るため、脇目も振らず逃げ出した。

 路地裏へ駆け込み、何事も起こらないように息を殺していたら、人影が現れる。


「草地、ここもだめだ。もっと離れるぞ」

「え……先生?」


 なぜか中学の担任がこんなところに現れて、俺を逃がそうと手を差し伸べてくれていた。

 この状況から助けてくれるなら誰でも良いので、俺はためらうことなくその手を取った。

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