進路選択編⑪~それぞれの夢~

「私が5歳の時に通常30分かかる境界の観測を5分で終わらせ、検索範囲も他の観測員の数倍あることが分かると、水鏡の家に来るように指示があったんです」

「指示……ですか?」

「はい。目的は……私の身請けでした。両親はそれを聞いて宗家の一員になれると喜んで私を差し出そうとしたんです」


 何十年経った今でもあの時は両親が怖かったと声を震わせているが、表情をほとんど変えることはなく、話を最後まで言い切るために感情を殺しているように見えた。

 そんな夏さんを見ていられず、止めさせようと立とうとした時、両肩を強く押さえつけられる。


「駄目だよお兄ちゃん。夏さんがここまでしているんだから、聞いてあげないと」


 いつのまにか俺の背後に来ていた聖奈が俺の両肩を強くつかみ、ありえない力で握ってくる。

 痛みで顔をゆがめるが、それよりも夏さんのことが気がかりだった。


「でも、夏さんの辛そうな顔をこれ以上見ていられない」

「これはお兄ちゃんが聞き始めたんでしょう? 最後まで話を聞いてほしいからここまでしてくれているじゃないの?」


 聖奈の言葉を聞き、俺は興味本位だけで夏さんの過去を聞こうとしていたことに気が付く。

 人の心の傷を知るのにそんな気持ちでは駄目だと聖奈が教えてくれていた。


(夏さんの家族だからこそ俺はこの話を最後まで聞いてあげなければいけない)


 甘い認識をしていた自分を改め、背負う覚悟を持って夏さんと向かい合う。


「……ありがとう聖奈。ごめんなさい夏さん、続けていただけますか?」

「はい……聖奈さんありがとうございます」


 夏さんからお礼を言われた聖奈は手を離して、無言で俺の後ろに座る。

 俺と聖奈のことを見ていた夏さんは、呼吸を整えるように少し間をおいてから話を続けた。


「私が水鏡の家に身売りされる当日、導かれるように本家で祀られている八咫鏡の前に立ち、先ほどと同じように引き寄せて……割ってしまいました」

「割った!? 八咫鏡を!?」


 聖奈が両手を床について身を乗り出し、夏さんの言葉を聞き返している。

 俺の草薙の剣は《不壊》の特性を持っているため、壊れることはない。


 同じ神器というのなら、八咫鏡もそんな簡単に割れないと思うのだが、夏さんは静かに首を振る。


「水鏡の家に祀られているのは偽物です。本物はその中に紛れていたこの小さな欠片だけでした」

「そんな……じゃあ、水鏡はどうやって世界中の境界を監視しているの?」

「分家の増加、または拾い上げによる観測人数の底上げです。八咫鏡によるものではありません」

「……あいつら……ぬけぬけと八咫鏡を使っているから境界探査に漏れはないとかよく言うわ」


 八咫鏡が無いということを聞いて、聖奈が拳を握りしめて忌々しそうにつぶやいていた。

 すると、夏さんの瞳から涙がこぼれ始め、少しでも話を短くするために話をまとめる。


「じゃあ、夏さんは鏡を割ったから家を追い出されたんですか?」

「小さかった私は……罰として殺されかけたところを正澄様に救っていただきました」

「そこまでするんですか!?」

「私が宗家以上の力を持つのを良く思わない人たちが、鏡を割ったことを理由に消そうとしたんです……親はその見返りに水鏡の家へ入れることになりました……」


 話をする夏さんの体が震え、これ以上は俺が聞くのに耐えられそうになさそうだ。

 ただ、最後に夏さんがこれからどうしたいのかだけは知っておきたい。


「夏さんはこれからどうするつもりですか?」

「私は清澄ギルドの活動を通じて、境界地震の原因を知りたいと思っています」

「原因?」

「そうです。理由がわかっていない境界による災害の原因を突き止めるために、【特級観測員】の資格を取ります」


 夏さんの目からは涙が止まり、力強く俺を見返してきていた。

 特級観測員という資格についてはよくわからないが、聞ける雰囲気ではないので、後日調べることにする。


「俺に協力できることがあれば何でも言ってください。力になります」


 ガラス細工へ触れるようにそっと夏さんの冷たい手を取り、両手で包み込む。

 俺に手伝えることがあれば、惜しみなく自分の力を使いたい。


「澄人様……ありがとうございます」


 やっと笑顔を見せてくれた夏さんは涙を流し始め、空いている方の手で拭っていた。

 俺も泣きそうになり、涙を堪えていたら廊下からこちらへ誰かが近づいてくる。


「あ、澄人、ここにいたのね?」

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「えっと……」


 俺の部屋の前に来たお姉ちゃんは中の様子を見て一瞬戸惑うものの、夏さんと目が合うと微笑む。


「夏、話せた?」

「うん……香さん、これからもよろしくお願いします」

「任せなさい。清澄ギルドを世界一のギルドにするのが私の夢だから、そのためには夏の力が必要よ。聖奈ちゃんもよろしくね」

「はい!」


 和やかな雰囲気になった3人の表情を見ながら、俺はある決意をした。


(3人の笑顔を守りたい。2度とここにいる人に悲しそうな顔をしてほしくない)


 3人の目標や夢が叶うように、俺はハンターとしての力をつける。

 そのために今まで以上に貢献ポイントを稼ぐために行動し、ステータスの項目を一つでも多く上げる。


 ライフミッションやフィールドミッションを1つでも多くこなせるように、能力を活用していきたい。

 そして、俺にもハンターとしての地位が必要になってくるため、進学先について覚悟を決めた。

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