進路選択編⑩~水上夏澄の過去~

「夏さん、少し話をしたいんですが、入っても大丈夫ですか?」

「澄人様ですか!? ちょ、ちょっと待ってください!」


 夏さんの部屋の扉をノックしてから話しかけると、中から慌てるような声が聞こえてくる。

 布がバサバサと投げられ、飲み物の容器が重なり合う音が聞こえた後、夏さんが扉の隙間から顔を覗かせた。


「澄人様、すいません……話なら居間でうかがってもよろしいですか?」

「えっと……夏さんの実家について話をしたいので、2人きりの方が良いかと思うんですけど……」

「……申し訳ありません。この中では落ち着いて話ができそうにないので、澄人様のお部屋でもいいですか?」

「大丈夫ですよ」

「では、持っていくものがあるので探してから伺わせていただきます」

「よろしくお願いします」


 俺が頼むと夏さんはそっと扉を閉めて、部屋の中から何かを探すような音が聞こえ始める。


「あれ!? どこ行った!? アジトに残してきたかな……」


 ここから離れようとしたら夏さんの独り言が聞こえてきたので、5分後に来てもらえるように祈りながら自分の部屋へ向かう。

 キッチンでお茶とお菓子を用意していたら聖奈が居間に来て、上を指差して俺に話しかけてきた。


「お兄ちゃん、夏さん大掃除でもしているの?」

「うーん……何か探し物をしているみたい」


 一階まで足音や物を置く音が響き、夏さんが一所懸命何かを探している様子が分かる。

 聖奈はふーんと言いながらこたつに入り、テレビを見始めた。


「お兄ちゃん、冬休みになったら宿題一緒にやらない?」

「いいけど、夏休みみたいに写すのはなしだぞ?」

「えー、お兄ちゃんのいじわる」


 そう言いながら聖奈はテレビを見ずに、テーブルに頬をつけたまま唇をとがらせて抗議してくる。

 コップに聖奈の分の暖かいお茶を入れてテーブルに置いた。


「聖奈はなりたい職業とかないの?」


 2階からの音が鳴り止まないので、夏さんの探し物が終わるまで聖奈と話をして時間を潰すことにする。

 聖奈は草根高校に通うことになっているが、具体的に将来の目標とかを聞いたことがないので、俺もこたつに入り会話を始めた。


「草根高校の総合学科って求人がたくさん来るんだ。成績が良いと大企業にも就職できるんだよ」

「なら、聖奈は就職が目標なんだね」


 そう聞いた時、聖奈は体を起こして考えるようにコップを持つ。


「んー……前はそうだったんだけど……お兄ちゃん次第かな……」

「俺?」


 聖奈はお茶をすすり、暖かいと言いながら俺の目を見てくる。

 そして、両手でコップを包むように持ち、ゆっくりと頷く。


「私の生きがいはお兄ちゃんの幸せなの。だから、そうなるように私のできることをしたいって言うのが夢。大きな会社に就職したら、お金をもっとあげられると思ったの」

「……ありがとう聖奈」


 高校進学をしようとしていた聖奈の目的が俺の支援を行いやすくするためと聞いて、宿題くらい写させてやろうかと思ってしまった。

 そういえば、聖奈は俺の進学資金が必要と焦り、草凪ギルドから数千万というお金を借りてしまうような子だ。


 改めて感謝を伝えると、そっぽを向き俺と目を合わそうとしない。


「んーん。私が勝手にやっていることだから気にしないで」


 俺に横顔を見せる聖奈は素っ気なく返事をしてきたが、少しにやけているように見えた。

 そんな妹のためにお茶請けでも用意してあげようと立ち上がった時、2階から髪を乱した夏さんが現れる。


「澄人様、お待たせしました。お部屋へお願いします」


 脇に白い巾着を抱えた夏さんの顔がひどく疲れたように感じたので、話をする前に飲み物をすすめてみた。


「その前に、冷たいお茶を飲みますか?」

「……頂きます」

 

 受け取ったグラスに入った冷茶を一気に飲み干して、ぷはぁと言いながら腕で口を拭う。

 グラスをシンクに置き、夏さんがすっと俺の部屋へ向かい始める。


「お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です」

「よかったです。では行きましょう」


 夏さんと居間を出る前に、こたつにはいっていた聖奈を一目見たら、テーブルにひじをついてこちらをじっと観察していた。

 手を振ると不愛想に振り返して、興味なさそうに視線をテレビへ移す。


 居間を後にして自分の部屋に向かうと、夏さんが座布団の上に正座し、机の上に銀の装飾が施された巾着を置いていた。

 そして、部屋に入った俺を見るなり、床に付ける勢いで頭を下げる。


「お待たせして申し訳ありませんでした」

「急にお願いしたのは俺なので、そんなにかしこまらないでください」

「そう言っていただきありがとうございます」


 頭を上げた夏さんは辛そうに口を堅く結び、それ以上言葉を続けることはなかった。

 俺も座布団に座ると、机に置かれた巾着が気になる。


 これが何か聞こうとしたら、夏さんが巾着を開けながら悲しそうな顔をした。


「この中には……私が家から追い出された【理由】が入っています」

「【理由】がですか?」

「はい……この【欠片】がそうです」


 夏さんは親指よりも少し大きな石のようなものを巾着から慎重に取り出す。

 それを俺へ渡してくるので、受け取って《鑑定》を行うと出てきた表示に目を疑う。


【鑑定結果】

 八咫やたのかがみの欠片


 草薙の剣と同じ神器である八咫鏡。

 その欠片を夏さんが持っている意味がわからず、鑑定の結果が正しいのか確認をしたい。


「これは……八咫鏡の欠片ですか?」

「その通りです。水鏡の家にあるものを私が割ってしまいました」

「どういうことですか!?」

「……このように引き寄せてしまったんです」


 夏さんが手を向けると、俺の持っている欠片がやんわりと光りを放つ。

 欠片は俺から逃げるように離れ、宙に浮いて夏さんへ吸い寄せられている。


 そのまま夏さんの手に収まった欠片は、手のひらを転がり巾着に戻された。


「私は水上の家でも早く力に目覚め、宗家でも敵わないと言われるようになりました」


 そう話を始めた夏さんの顔は無表情で、感情を出さないようにしているように見えた。

 俺は辛いことを思い出そうとしている夏さんの言葉を聞き逃さないように姿勢を正す。

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