進路選択編⑨~草根高校と草壁澄広~

「すまなかった! わしが強引に見学を推し進めたせいでこんなことに」


 よくわからないが、師匠が俺に向かって頭を下げると、ついでに後ろの教員たちが気まずそうに同じようなことをしている。

 一瞬、師匠と呼ぼうとしたが、ここが草根高校の校舎内であることを考え、どんな立場で俺の前に立っているのか確認をしなければならない。


「なぜここにいるんですか?」

「わしは……今、草凪正澄様の代行としてこの学校の理事長をしているんだ……」


 おじいちゃんの代行として様々な役割を師匠が行っていると聞いていたが、まさか学校の理事長まで兼任しているとは思わなかった。

 驚きを隠しつつ、師匠の後ろにいる教員たちに目を配り、呆れるようにため息をついてから話をする。


「そうなんですか。後ろの方々から一連のことを聞いていると思いますが、今日の対応に関して後日連絡をいただくことになっているので、よろしくお願いします」

「今からではだめか?」

「学校の総意を得てからお願いします。少なくとも今それができているとは到底思えません」.


 師匠には悪いが、今回のことが草矢さんをはじめとする教員たちの独断だとしても許す気にはなれない。


(見学に来た人に資格がないなら帰って受験をするなとか言うか? そんな高校こっちから願い下げだ)


 俺にはもう誰が相手でも話す気が起きないため、外で待つために踵を返そうとしたら、師匠が先ほどよりも深く頭を下げる。

 しかし、師匠の後ろにいる教員の中にはあえて浅く頭を下げ、不満そうに俺と目を合わそうとしない人がいた。


「……この度は不快な思いをさせて大変申し訳なかった。必ず後日連絡させてもらう」

「あなたはそう言っても、後ろにいる一部の方は頭を下げるのも嫌そうですよ」


 その言葉を最後に校舎から出たら、後ろから師匠の怒鳴り声が聞こえてくる。

 本気で怒っている時の口調で、俺も1度だけ鍛錬を受けているときに言われた経験があった。


(やっぱり、師匠は今回の件を何も知らなかったのか……)


 出てからすぐに見えた第一校舎と呼ばれる古い建物は、きれいに中央で切られている。


(ここ使えなくなっちゃったな。まあ、なんとかするだろう)


 在校生に悪いことをしたと思っていたら、何も知らないお姉ちゃんが校舎から逃げるように近づいてきた。


「澄人、そこで師匠が激怒していたんだけど、今回のこと?」

「そうみたい。お姉ちゃん、師匠が理事長をしているって知っていたの?」

「ええ……口止めされていたんだけどね……」


 敷地内から人の気配が無くなっており、誰もいない校門までの道を歩き始める。

 横を歩くお姉ちゃんは苦笑いをしながら切られた校舎を見て、ため息をつく。


「師匠が最初から知っていたら、こんなことにはならなかったわね」

「少なくとも、あの人たちに俺へ全力を見せろなんて言わせないでしょうね」


 師匠は草薙の剣について知っているので、今回のように俺へ振らせるようなことにはならなかったはずだ。

 こうなった理由は師匠が頭を下げた時に不満そうな顔をしていた人たちが原因だと思われる。


 その人たちについて身に覚えあるので、校門を出る時にお姉ちゃんへ聞いてみた。


「さっきの人たちの中にも、草凪の【分家】の人っているの?」

「ハンターに関する施設ならほぼ必ずいるわ。草矢先生も分家の1人よ」

「じゃあ、俺の神格に可能性がなくて、じいちゃんから追放されたことも知っているんだよね?」


 車まで着いたので助手席に乗り込むと、運転席に乗り込もうとしていたお姉ちゃんが一度学校に顔を向けた。

 切られた校舎を見つめた後、軽く頭を振り払ってから車に乗る。


「……そうよ。まあ、今回は草矢先生が主導じゃなさそうだけど」

「これでも俺はあそこへ通った方が良いと思う?」


 車が始動してからお姉ちゃんがレバーを操作した後、ハンドルを持つとゆっくりと景色が動き出す。

 家に向かって走り出し、しばらく無言だった運転中のお姉ちゃんが少し強く息を吸う。


「私はあんな風に対応されても、澄人は草根高校へ行くべきだと思う」

「理由を聞いてもいい?」


 数分ほどで家の駐車場に着き、停車してからお姉ちゃんが俺と目を合わせてくる。


「……何度も聞いたと思うけど、草凪家の【澄の字を継ぐ者】が草根高校に通うというだけで意味があるの。澄人が二度とこんな対応をされないようにするためにも、あそこで力を証明するべきよ」

「入れるかどうか分からないけどね」


 あの後どうなったのか分からないが、今のところ見学さえさせてもらえていないので、俺の中では草根高校へ進学するという選択がほぼなくなっている。

 車を降りてから家に入ろうとしたら、お姉ちゃんのスマホから着信音が聞こえてきた。


「師匠からよ。一緒に聞く?」

「個人的な用件かもしれないからいいよ。先に帰ってる」

「わかったわ。聖奈ちゃんには?」

「ぬか喜びさせたくないから秘密で」


 通話をする直前にわかったと言ってくれたお姉ちゃんは師匠と話を始めるので、家に入って自分の部屋を目指す。

 すると、俺のスマホからメッセージが届いたことを知らせる音が鳴る。


【放課後は時間を作ってくれてありがとう。今度はいつ取れますか?】


(水守さんからだ……そういえば、次はゆっくり話そうって言ったっけ……)


 図書館前で水守さんと別れる直前の会話を思い出し、夏さんと話をしたくなった。

 返信を後回しにして、2階にある夏さんの部屋へ早足で向かう。

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