進路選択編⑥~図書室にて~

「草凪くん! 待って、開いているよ」

「水守さん? なんでそんな隙間から?」

「誰かに見られる前に早く来て!」


 水守さんは図書室のドアを少しだけスライドさせて、その隙間から俺を手招きしてきた。

 口調から、誰かに見られたらまずいのかと思いながら図書室へ入る。


 古い本の匂いが充満している電気がついていない図書室は人の気配がなく、水守さんがドアの鍵を静かに閉めた。

 そこまで徹底されると警戒するなという方が難しく、水守さんと距離を取り、スマホの場所を思い出す。


「えっと……どういうこと?」

「今からする話を誰にも聞かれたくないの、ごめんね」

「……いいけど、ここまでする必要ある話なんだよね?」


 スマホがしまってあるバッグを自然に開けられるように、近くにある椅子へ腰かける。

 水守さんがテーブルの反対側に座り、俺のことを真剣な表情で見つめてきた。


「私ね、この地区にある境界観測センターの手伝いをしているんだ」

「そうなの!? それは知らなかったな……」

「まだ計測もできない見習いだから、誰にも言っていないの」


 境界を見つけた時に使う観測センターの関係者がこんな近くにいるとは思わなかった。

 それでもこの雰囲気なので、どんな話をされるのか気が抜けない。


「最近、あるギルドが境界の発見数で日本一になったんだけど知っている?」

「いや、知らないけど……どこ?」

「……草凪くんの所属している清澄ギルドだよ。なにか知らない?」


 俺はこの数か月で百ヵ所以上境界を見つけたので、いつの間にか発見数で日本一になっていたらしい。


(なんでそんな目で見てくるんだろう?)


 すがるような瞳を向けられており、ただの勘だと答えても納得してくれないだろう。

 こんなことになるなんて思ってもいなかったので、どう説明すればいいのかわからない。


 黙っていたら水守さんがうつむいてから、悲しそうな笑顔を俺へ向けてきた。


「急にこんな話をしてごめんね……観測センターにいる観測員の人よりも早く現場で境界を見つけるなんてこと、他の地域だとほとんどないから噂になっているんだ」

「そうだったんだ……俺にもわからないから、力になりそうもないやごめんね」


 なんで自分が境界を見つけられるのか言葉として説明ができないので、本当に水守さんの力になれそうにない。

 ごめんと言いながら頭を下げると、水守さんがゆっくりと首を横に振る。


「ううん、私こそごめんね。今日は話を聞いてくれてありがとう」

「どういたしまして……それじゃあ、俺は帰るよ」

「鍵は私が職員室へ返してくるから、一緒に出ましょうか」


 水守さんと同時に立ち上がり、廊下へ出ようとドアに手をかけたら鍵が閉まっていることを忘れていた。

 鍵は上下に動かすタイプなで内側からなら簡単に開けられる。


 開けるために手を伸ばそうとしたら水守さんの手が先に鍵に届くが、下を向いたまま動かない。


「3ヵ月くらい前かな……草根市にレッドラインが2回現れた日のこと覚えている?」

「2回目は俺が入ったから覚えているけど……」


 鍵に触れている手が勢い良く下げられて扉が開くと、水守さんは不自然に上げられた口角で俺を見た。


「あの報告を受けたのは私の姉でね。レッドラインってこともわからなかったのかって、偉い人から怒られちゃったんだ」

「最初は青い線で、変化する境界はめったにないから――」

「それでも普通の境界とは違う計測結果になるの、【水上夏澄】さんなら間違えなかったんじゃないかな」


 俺の言葉が遮られ、水守さんはそう言ったあとドアを開けて手を振ってきた。

 どうして夏さんの名前が出されるのかわからないため、話を続けようとした。


「水守さん? どうしてその人の名前を?」

「秘密。次はゆっくりと話ができるといいね」


 バイバイと言われながら廊下に出され、鍵を閉めた水守さんは職員室へ向かってしまう。

 時計を見たらもうお姉ちゃんが校門で待っているので、その姿を追うことができなかった。


(お姉ちゃんなら何か知っているかな?)


 この疑問はそのままにしておくわけにはいかないと思い、少しでも早くお姉ちゃんと話がしたい。


「そんなに焦ってどうしたの澄人!?」


 廊下を走っていることを注意されながら校門に着くと、追い詰められている俺を見てお姉ちゃんが目を白黒させた。

 校門にはまだちらほら生徒の姿があるので、近くに止めてある車へ早く乗り込みたい。


「お姉ちゃん行こう。車、開けてくれる?」

「え、ええ……わかったわ……」


 有無を言わさず俺が車に向かうと、戸惑いながらもお姉ちゃんがついてきてくれた。

 車に乗って走り出してから運転をしているお姉ちゃんの方を向く。


「観測センターの人が夏さんのことを知っていたんだけど、なんでか知ってる?」

「……その人って苗字に【水】って漢字が入っている人?」


 俺の言葉を聞いてお姉ちゃんは眉をひそめながらそう言ってから唇を噛む。


「うん、入ってる」

「そう……」


 それから何も言わなくなったお姉ちゃんの横顔を見つめていたら、駐車場で車が停止した。

 ハンドルから手を離し、俺の方を見たお姉ちゃんがため息をついてから口を開く。


「夏は優秀すぎて、【水鏡みかがみ】の家から追い出されたところを正澄様が保護してくれたの」

「水鏡?」

「ハンターの宗家が草凪なら、観測する人をまとめているのが水鏡よ」

「そんなことがあったんだ……」


 お姉ちゃんから聞かされたのは、夏さんに詳しく話を聞いてよいことなのか悩んでしまう内容だった。


「それ以上知りたかったら夏と話をしたほうがいいわ」

「そうだね……そうするよ」

「じゃあ……難しいと思うけど、切り替えて見学へ行くわよ」


 車の外にはたまに見かける草根高校の校舎があり、その来客用スペースに車が止められている。

 俺とお姉ちゃんは車から出て、帰宅する高校生が出てくる校舎へ向かう。

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