進路選択編④~担任へ進路相談~
人が多く入り混じる店内だったが、大きな先生の姿を見失うことはない。
先生は飲食店のある場所へ向かっており、喧騒の中ちらりと俺を見ながら口を開く。
「相談の内容は聞かれたくないだろうから、個室のある店の方がいいんだが……お前、夕食は食べたのか?」
「まだですが……」
「そうか、それならここにしよう」
先生は焼肉屋さんの前で立ち止まり、店員さんを呼んで個室が空いているのか聞いていた。
他のお店と比べても少し高そうな印象を受けるため、一緒に入るのをためらってしまう。
「個室が空いているそうだ。入るぞ」
「本当にいいんですか?」
「さっき言っただろう? お前の進路を決めないと俺が学校から怒られるんだ。これくらい許されるさ」
そう言いながら大股で入店する先生を見送る訳にもいかず、俺も肉の焼ける匂いが漂う店内へ足を踏み入れる。
用意された場所は落ち着いた雰囲気の部屋で、4人で使っても十分に食事ができるスペースだった。
そこに先生と向かい合うように座るので、やけに広く感じる。
「飲み物はウーロン茶でいいか?」
「はい」
先生は案内をしてくれた店員さんへウーロン茶を2つと言ったあと、適当にお肉の注文を始めた。
その間にお姉ちゃんへ夕食がいらないことを連絡したら、わかったと理由も聞かないまま了承してくれた。
「おい、追加で食べたいものはあるか?」
いいんだと思いながらスマホを見ていたら、先生に声をかけられ注文を聞かれる。
先生が何を頼んでいたのか知らないので、悩んでいる振りをしながらメニューを見た。
「来てから考えます」
「そうか」
店員さんが持っていた端末を見ながら注文を確認してから下がり、扉が閉められると2人きりになる。
外の騒音は遠く感じ、ここなら何を話しても外へ漏れることはないだろう。
「【ハンター】として働けるから進学しても意味がない……そう思っているんだろう?」
「え!? どうして!?」
「俺も一応ハンターだ。聖奈の件も含めて知っている」
眉一つ動かさずに財布からハンター証を取り出し、俺へ見せてきた。
手に取って能力や階級を見ようとしたら引込められたため、先生の能力を【鑑定】で覗いてみることにする。
(お姉ちゃんと同格かそれ以上か……)
鑑定は相手の能力などが分かるスキルだが、神格が3以上離れている相手のステータスを見ることができない。
今回もステータスを見られなかったので、先生の神格が5以上のハンターであることはわかった。
それに、俺が悩んでいる根本的な部分を言い当てられたため、考えていることを素直に口に出す。
「その通りです。ハンターとして働くなら、高校へ行かず境界へ行くべきだと思いました」
「だろうな……俺も昔はそう思っていたよ」
「そうなんですか?」
「ああ……っと、店員が来るから、一旦止めだ」
「え?」
急に黙った先生は閉まっている扉を見ることなく、机に置かれたおしぼりで手を拭き始める。
すると、扉がノックされて店員さんが飲み物と何種類かのお肉を持ってきた。
テーブルにお肉と飲み物が並べられるのを眺め、店員さんが出て行ってから先生がウーロン茶の入ったグラスを持つ。
「一生ハンターとして戦い続けることができるのなら、高校へ行く必要はない」
「どういうことですか?」
「俺もハンターだが、今年で30代後半になる。後何年体が自由に動くかわからん」
お肉を焼き始めた先生が俺のことを見ることなく、面倒そうに話をしていた。
しかし、内容はしっかりとしており、俺もお肉が焼かれている網を見ながら質問をする。
「ハンターとしての活動ができなくなった時のことを考えて先生をしているってことですか?」
「それもそうだし、ハンターはとにかく金がかかるんだ……インナーで数百万、武器はミスリルだと一千万、それに――」
先生は肉を焼く手を止めて、指を折りながら思い出すようにハンターとして必要な物と金額を数える。
片手がすべて折られてから、俺へ持っていたトングを向けてきた。
「お前のように最初から用意してもらえるギルドはごく少数で、ほとんどのハンターが自前だからな。利益なんて微々たるもんさ」
「俺のギルドのことを知っているんですか?」
「清澄ギルドだろう? 草凪家前当主が最後に作ったギルドだから、知らない人はいないさ」
ほんのり焦げた良い匂いを感じた時、先生が俺のお皿へお肉を盛ってくれる。
お礼を言ってから食べようとしたら、箸に持ち替えた先生が言葉を続けた。
「あと、ハンターとしての教育を受けないとビショップ級以上になることはできない」
「え!? そんな条件があるんですか!?」
「当たり前のことだから説明しなかったんだろうな。力だけあって、何にも知らないやつが偉くなっても困るだろ?」
「確かに……」
今の話を聞いていたら、結局のところ中学卒業後の進路は俺がハンターとしてどうなりたいかを考える必要がある。
普通高校に進学した場合はビショップ級以上になることはできず、清澄ギルドの活動範囲内でしか生活することができない。
(別にあの家を出る理由もなくなったから、それでもいいのか?)
美味しいお肉を食べながらそんなことを考えていたら、野菜を焼き始めた先生が、ああと言いながら俺を見る。
「お前は草凪家を継ぐのか?」
「あの家に住み続けたい場合は、その方がいいんですよね?」
今の草凪家の家屋は師匠が一時的に管理してくれているが、じいちゃんに守ってくれと言われているので、ゆくゆくは俺が継ぎたいと思っていた。
俺の答えを聞いた先生は腕を組んで、難しいことを考えるように顔をしかめる。
「そうだな……ただ、ハンターとしての家督を継ぐ者はクイーン級以上の実績がないといけないんだ」
「そんなことも決まっているんですか……」
「今のままだと、将来的に聖奈が届きそうだが……お前はどうしたいんだ?」
「聖奈には今まで苦労をかけたので、そんなことを考えずに生活してもらいたいです……ただ俺は……」
神格や能力を上げるために必要なポイントを考えると、俺がクイーン級になることができるのはいつになるのかわからない。
食事の手が止まり、自分の持っている器を見つめていたら、大量に焼かれた野菜が投入された。
「結局のところ、澄人はもう少し周りと相談した方がいいな。俺以外に進学の悩みを打ち明けたか?」
「それは……」
師匠がいると草根高校の話しかされないので、お姉ちゃんや夏さんにも相談ができていない。
聖奈にはできるはずもなく、本格的に相談をしたのは先生が初めてだった。
「進路は年明けに決めていてくれればいい。それまでに周りと自分がどうなりたいのかしっかりと相談しておくように」
「わかりました。ありがとうございます」
食事を終えてショッピングモールから出た時、先生がじゃあなと言って立ち去る。
俺はその背中に向かって頭を下げてから、みんなが待っている家に帰ることにした。
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