自由への指針⑫~聖奈と帰宅~

「いくらですか?」

「3000万じゃ、お前のような小僧に払えるか? それにそいつは毎月男へ金を貢いでいるようなあほな女だぞ」

「そうですか……」


 俺は両手を握りしめて、今まで自分が見えていなかったことを心から悔やむ。


(3000万は俺の高校進学をするために用意された金額と一緒……つまり……【メモ帳の相手】は聖奈だったのか……)


 聖奈がどんな気持ちで俺の生活費や高校進学のための資金を用意してくれていたのか考えると心が痛い。

 自然とうつむいてしまった俺の表情を覗き込んできた男性がにやりと笑い、鼻で笑ってきた。


「どうした怖気づいたか? もしかして、こんな奴に惚れていてかっこいいところを見せたかっただけかな?」


 男性は大笑いを始め、周りの人も同じように馬鹿笑いを始めている。

 俺は耳障りな声をよそに、後ろで倒れている聖奈へ手を差し伸べようとした。


「聖奈、一緒に帰ろう」

「でも……」

「おい! 勝手なことをするな! 話を聞いていたのか!?」


 男性が俺の肩をつかんで邪魔をしてきそうだったので、音が鳴るくらい思いっきりその手を叩く。


「ええ、聞いていましたよ。【妹】を助けるのにお金で解決するならそれで結構。あなた方は金輪際聖奈に近づかないでいただきたい」

「は? ……妹?」


 男性は叩かれた手をかばいながら俺の言葉に動揺していたので、これ以上邪魔をされないように聖奈へ手を差し出す。


「お兄ちゃん……私……」

「何も言わなくていいよ……今までありがとう、聖奈のおかげで何不自由なく生活できた」

「うん……」


 涙を流しながら俺の手を取った聖奈はゆっくりと立ち上がり、この人たちから離れるように歩き出す。

 聖奈を連れてお姉ちゃんたちのところへ向かおうとしたら、再び草凪ギルドの人たちが進ませないように囲んでくる。


「お前! 【清澄ギルド】だろう!? なんでうちの問題に口を出したんだ!?」

「あんたたちは家族を助けるのに体面を気にするのか!? 俺は兄として妹を劣悪なギルドから救っただけだ!!」

「ギルド間の協定を破ることになるんだぞ!! いいのか!?」


 聖奈を連れていかれるのがよっぽど嫌なのか、俺が何を言っても草凪ギルドの人たちがまったく退こうとしない。


「はーい、ちょっと失礼しますねー」

「邪魔です。どいてください」


 そんなとき、輪の外からいつものように凛とした声でお姉ちゃんと夏さんが現れてくれた。

 夏さんは俺が肩で支えている聖奈の足に向かって何かを唱えると、血が止まって傷が塞がっていく。


 お姉ちゃんは一番声を出していた男性の前に立ち、その人を睨みながら口を開いた。


「あんたたちは家族のことでもギルドを出すの? 草凪ギルドは大きいんだから、こんな女の子1人がいなくなるくらいどうってことないんじゃないの!?」

「そ、それは……」

「それともなに? こんな小さな子がいないと回らないようなギルド事情でもあるわけ!?」

「いや……あの……」

「それなら、彼女は兄であるうちの澄人が引き取るわ。借金については協会経由で払うから、書類の提出忘れずにお願いします!!」


 お姉ちゃんは相手が何かを言う前に叩き込むように言葉をあびせ、踵を返して俺たちに行くわよと言いながら立ち去る。

 何も言うことができなくなった集団を残し、お姉ちゃんに付いていくと前に乗った大きな車が置いてあった。


「乗りなさい……みんなで帰るわよ」


 お姉ちゃんは複雑そうに聖奈も見ながら優しく声をかけてくれたため、お礼を言いながら車に乗りこむ。

 道中、こんなに長い距離を走っていたのかと思いながら外を眺めていたら、前に乗る2人に向かって聖奈が頭を下げた。


「私のせいでこのようなことになってしまい申し訳ありません!」

「いいの。気にしないで、あなたも澄人を守ってくれていたんでしょ? ありがとう」

「いえ、私は……」


 聖奈は運転席からかけられたお姉ちゃんの言葉に照れながらも、チラリと俺を見てすぐに目をそらした。

 何だと思って声をかけようとしたら、助手席に座る夏さんが怒るように声を上げる。


「分家のやつら、本当になにも澄人様へ渡していなかったんですね。澄人様の生活費さえ聖奈さんの給料から払わせていたとは信じられません!」

「あの人相が悪そうな人たちが分家の方なんですか?」


 夏さんが分家分家とよく口にしていたが、実際に見たのは初めてだったので、あんなに柄の悪い人たちだとは思わなかった。


「そうです! 本家の人間が子供である聖奈さんしかいないから、ろくに戦えない分家の大人が好き勝手しているんですよ!!」

「そうなんですか?」

「力のある人は他のギルドやフリーで活動するために草凪ギルドから脱退しちゃっていますからね! 今残っているのは分家の意地汚い奴らだけです!」


 思うところがあるのか、夏さんの口が止まらずに拳を握りしめながら話をしていた。

 聖奈は夏さんの話を聞いてうつむき、不安そうに両手を足の間で握りしめている。


「聖奈? 大丈夫か?」

「うん……けど、家に帰るのはまた今度でいいかな?」

「どうしたんだ?」

「今住んでいるところから荷物を回収したいの」

「そうだよな、いきなりは難しいか……」


 お姉ちゃんに聖奈が今住んでいるところへ向かってもらおうとしたら、俺の家の前で車が止まった。

 話をしていたらいつの間にか到着しており、ハザードランプを付けてからお姉ちゃんが後ろに座る俺を見てくる。


「澄人、あなたは家で待っていなさい。聖奈ちゃんの荷物は私たちで取ってくるわ」

「……分家の人たちがいるから?」

「ええ、そうよ。ちょっと強引・・になると思うし、私たちも聖奈ちゃんと話がしたいの」

「うん……わかった」


 お姉ちゃんは俺を連れていく気はなさそうなので、素直に従うことにした。

 車から降りてから車の扉を閉める前に、聖奈の目を見てから頭を下げる。


「今まで俺のためにお金を用意してくれて本当にありがとう。あの人たちに囲まれながら稼ぐのはすごく大変だったと思う……気付けなくてごめん」


 頭を上げると聖奈は俺へ表情を見せないように両手で顔を覆い、何度か左右に首を振ってくれていた。


「ううん……お兄ちゃんさえ無事なら私は嬉しいから気にしないで」

「お姉ちゃん、聖奈をよろしくお願いします」

「任せなさい。しっかりと全部・・回収してくるわ」


 扉を閉めると車が発進したので、見えなくなるまで後姿を見送る。

 あの言い方だと、お姉ちゃんや夏さんが聖奈へ確認しなければいけないことがあるのだろう。


(俺はこれからどうすればいいんだ?)


 嫌われていると思っていた家族が実は家にすらおらず、妹からお金を受け取ってしまっていた。

 今の自分になにができるのか考えがまとまることはなく、その場で立ちつくしていたらお腹が鳴る。


「朝ごはんを食べて、着替えをしよう」


 俺はボロボロになった自分の服を見て苦笑いをしながら家に入った。

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