初心者ハンター澄人⑩~メモ帳の相手は?~
精霊に頼むと、俺の体は芯から燃え上がるように眠気を蹴散らし始めた。
もう少しで動けそうになった時、俺の家に入ってきている人が驚くように声を上げる。
「嘘でしょ? もうっ!?」
女性のような高い声が聞こえ、足音が俺の近くから逃げるように離れ始めた。
何とか体を起こせるようになったときには、すでに玄関が閉まる音が鳴っていたため、急いで外に出る。
靴を履くのも時間が惜しいのでそのまま家の外に出ても、暗くて誰の姿も見えない。
走り去るような足音も聞こえなくなっており、静まり返って虫の鳴き声が響き渡っている。
(誰もいない!? でも、確かに扉が閉まった音がしたんだ!)
どの方向に顔を向けても人影のない道が続いていた。
一連の事が自分の願望だったのかと思ってしまうほど何も起こらないので、諦めて家へ戻った俺はメモ張に目を取られたまま動けなくなる。
【会うのは´】
何かを書こうとしたのか、途中で文字が途切れていた。
(やっぱり誰か来ていたんだ……)
メモ張を眺めながら、誰かが俺のことを見守ってくれていたということを知る。
(俺がこの離れに住んでからずっと見てくれていたんだ……本当に誰なんだろう……)
かすかに聞いた声から、お姉ちゃんや夏さんでもないことはわかった。
それに少し若い女性のような印象を持ち、俺は聞いたことがあるような覚えがある。
(いつ……どこで……誰だ……眠い……)
時計を見たらもう1時を過ぎ、こんなに夜更かしをしたのは初めてだった。
「寝るか……」
このまま玄関に立っていても答えは見つからないため、足を濡らしたタオルできれいにしてから布団へ入った。
寝る前にアラーム機能を使用するためにスマホの電源を入れる。
すると、起動と同時に夏さんからのメッセージが表示された。
【澄人様さえ良ければ、明日お伺いしてもよろしいですか?】
(明日? ……今日か)
夏さんからは日が変わる前にメッセージが送られてきていたため、希望日は今日ということになる。
壁に取り付けている予定を書き込んだ紙カレンダーを見ると、赤字で【登校日】と書かれていた。
(まずい……忘れていたけど、今日は登校日だ早く寝ないと起きられない)
登校日だから午後にしてほしいと返信を行い、室内灯をスイッチで切る。
目を閉じて必死に寝ようとしていたら、ほのかに自分以外の匂いが漂っているような気がした。
----------------------------------------------------------
(やっぱり寝過ごした! いつもより3時間も起きるのが遅い!)
案の定、夜更かしがたたり、中学に入学してから毎日行っていた朝の予習や朝食作りをせずに学校へ向かうことになった。
何かを食べないと貧血で倒れそうなので、おやつのつもりで買ったアンパンを片手に走っている。
遅刻をしないように走っていたら、前方から俺と同じように学校へ向かっている女子生徒がいた。
その子は長い髪を上下に揺らし、俺よりも速く走っているように見える。
先に校門に入った姿を追っていたら、学校から予鈴が聞こえてきてしまった。
(まずい! 後5分で教室に着かなきゃいけない!)
下駄箱には生徒の姿がほとんどなく、左右に時計を気にしている先生が立っていた。
遅刻を取り締まるために今は扉が1か所しか開いておらず、今にも閉めようとしている先生たちの間を通る。
「後3分だぞ。急げ!」
何とか本鈴前に着席することができ、担任の先生が目を疑うように俺を見てきた。
「草凪、ぎりぎりだな。何かあったのか?」
「寝坊をしました」
「そうか……他のみんなも夏休みだからといって生活のリズムを乱さないように注意を――」
担任の先生が俺から視線を外してクラス全体へ話を始める。
今日は宿題の提出とホームルームだけなので、午前中には学校が終わる予定だ。
(今日のミッションが長距離走でよかった)
比較的簡単に終わりそうなライフミッションだったため、夏さんを迎える準備をするために少し遠めのスーパーへ走って向かおうと思っている。
「ねえ草凪くん、今日は
「いや……そんなことはないけど、どうして?」
「朝、聖奈ちゃんの後にすぐ草凪くんが学校に入ってきたから、そうかと思ったんだけど……違ったんだね」
学校が終わったので帰ろうとしたら、女子のクラスメイトが予想もしていなかったことを教えてくれた。
(朝、俺の正面を走っていたのが聖奈だったのか……)
何年かぶりに見た妹の姿を思い出そうとしたら、クラスメイトがまだ俺の顔を見ていた。
話が終わったのかと思っていたら、まだ何か言いたそうなに俺が荷物を片付けるのを待っている。
「どうしたの? まだ、何か話があるの?」
「えっと……その……夏休みにクラスで遊ぶ計画をしているんだけど、草凪くんだけ連絡が取れなかったから、この予定日の中で空いている日はあるかな? 中学最後の夏休みだからクラス全員に声をかけているんだ!」
なぜかこの女子生徒は必死になって俺のことを遊びに誘ってくれているようだった。
震える手で差し出された小さな紙には、いくつかの候補日が記入されている。
特別な予定のない俺はいつでもいいので、候補として上がっている日のすべてに丸を付ける。
なんとなくその紙の裏を見ると、連絡先と書かれた欄があったので、スマホの電話番号を思い出す。
「これでよろしく」
「ありがとう! え!?」
その女子生徒は目を疑うように俺の連絡先が書かれた紙を見つめていた。
帰る準備が終わったので、立ち上がりながら女子生徒の手元へ目を向ける。
「どうかしたの? なにか書いてないところがあった?」
「ううん。なんでもない! ありがとう、草凪くん! またね!」
妙に嬉しそうな表情になったクラスメイトは、笑いながら俺へ手を振って別れを告げてきた。
(なんだったんだろう? とりあえず、家に帰ろう)
学校を後にしようとしたら、下駄箱で誰かに見られているような気がしたので振り返る。
しかし、誰もおらず、首をかしげながら昇降口を出ようとしたら、学校の中から声が聞こえてきた。
「聖奈、こんなところでどうしたの?」
妹の名前が呼ばれていたので、帰ろうとしていた足を思いっきり止めて振り返る。
急いで声の聞こえた方向へ目を向けるが、聖奈は長い髪をひるがえしてここから離れて行ってしまっていた。
妹のことを呼んでいた生徒は俺と目が合って、軽くお辞儀をしてから聖奈を追いかける。
(聖奈が俺のことを見ていた?)
夏休みに入ってから、俺の身の周りに変化が起こり始め、今は自由に生きるために必死になっている。
(今さら聖奈と会ってもな……)
過去の記憶から、妹を追いかけることはせずに、夏さんを迎えるための準備を行うために帰ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます