初心者ハンター澄人⑨~森からの帰宅~

「今日はもう終わりみたいです。体調は大丈夫ですか?」


「午後は歩いていただけなので、平気です。なんで境界内だとあんなに体力が減ったのかわかりません……」


 境界内では、精霊を召喚して、ただ休んでいただけで体力を消耗していた。


 自分の体力がないだけかと思っていたら、午後は数時間歩きっぱなしでも全く問題がない。


【体力】145/150


 現に体力もほとんど減っていなかったので、午前中の疲労具合は何だったのか疑問が残る。


 そんなことを考えていたら、夏さんは紙を取り出して何かを書き始めた。


「澄人様、境界内での体力は1分で5ずつ減っていきます」


「そんなに減るんですか? ということは、俺は30分以内に境界から出ないと体力が無くなるんですよね?」


「はい。あくまで目安であり、モンスターと戦う場合はもっと早いため、なるべく余裕を持ってこの【回復薬】を飲むようにしてください」


 夏さんが数本の小瓶をリュックから取り出して、俺へ差し出してきた。


 今まで2回飲んだが、一向に慣れる気がしない飲み物なので、両手で受け取りながら顔をしかめる。


「これか……」


「1本で500は体力が回復するので、今の澄人様なら半分も飲めば大丈夫だと思います」


「……なんでさっきは全部飲ませたんですか?」


「すいません、澄人様が辛そうで説明する余裕がありませんでした」


 申し訳なさそうにしゅんとする夏さんへ、慌てて気にしていないとフォローを入れる。


「なくなる寸前まで我慢した俺も悪いですから、気にしないでください。1本飲めたおかげで、半分なら何とか飲めそうです」


「そうですか!? それならよかったです」


 そんなやりとりをしていたら、お姉ちゃんが電話を終えて、疲れた顔をしながら車へ戻るように言ってきた。


 なんでも、午前中に引き取ってもらった金鉱石の量が多く、本当にFランクの境界だったのか疑われたようだった。


 ただ、その時の計測結果を送るように指示をされたため、これから帰って夏さんとお姉ちゃんは事務作業を行うという。


「澄人はこのお金で適当にご飯を食べてから家に帰ってくれる?」


「お金はいいよ。家にある材料で適当に料理をするから気にしないで」


 森を出てアジトに着いた時にはもう夜になっていたため、お姉ちゃんが一万円を俺へ渡そうとしていた。


 夕食1回のためにそんなお金をもらうわけにはいかないので、丁寧に断ってから家に帰る。


 家の前に降ろしてくれた車を見送りながら、軽く疲労感を覚えつつも、境界に入れた充実感もある。


(みんなでピクニックみたいなこともできたし、楽しい1日だった)


 今日のことを振り返りながらドアを開けると、やはり靴箱の上に置いてあるメモ帳が気になった。


 お姉ちゃんや夏さんも知らないこのメモ帳で、俺はいったい誰とやり取りをしているのか疑問を持つ。


(両親だと思っていたけど、たぶん違う。それに、分家といった親戚でもない……じゃあ誰が……)


 メモ帳を見つめて考えていた時、俺のお腹から盛大な音が鳴り、一気に思考がご飯のことしか考えられなくになる。


 荷物を片付けようとしたら、高価なインナーを着っぱなしなことに気が付く。


【お姉ちゃんごめん、インナーを着たまま帰っちゃったから、明日返します】


 アジトに戻って仕事をしていると思われるお姉ちゃんへスマホのメッセージを送り、着替えを終わらせる。


 料理をしていたら、スマホが震えて、画面に連絡がきたことを知らせてくれた。


 簡単に具材を切ってご飯を炒めるだけで簡単にできあがるチャーハンを作り、食べる前にスマホを確認した。


【大丈夫よ。慣れるために明日からそれを着て過ごしなさい。明日、予備を渡すわ】


 慣れない操作でお礼のメッセージを送り、夕食を食べ始める。


 すると、またスマホが震えたので、先に食事を済ませることにした。


 食器を片付けてからスマホを見ると、夏さんからメッセージがきている。


【澄人様。今日はお疲れ様でした。いつご自宅へ伺えばよろしいですか?】


 夏さんを家に招待するのは森で約束をしたことなので、断ることはできない。


【いつでも大丈夫ですよ。夏さんの都合の良い時にどうぞ】


 一応毎日掃除はしているけれど、念のため明日ミッションへ行く前にも行うことにした。


 スマホをもらってから、夜に勉強する時間が減っているような気がしたので、電源を切ってから机に向かった。


(だめだ! どうしても気になる。あのメモ帳は誰と連絡をするものなんだ!?)


 勉強に集中しようとしたが、玄関に置いてあるメモ帳を意識してしまう。


 自分の中で疑問を残したまま放置しておくことができないため、ペンを持ってメモ帳の前に立つ。


 ここまで隠している相手に直接あなたは誰ですかと質問をしたところで、答えてくれないと思われるので、間接的に会えるような文章を考えた。


【今までありがとうございます。高校進学も決まったので、直接お礼を伝えたいのですが可能ですか?】


(まあ、無理だろうな……けど、確実にこのメモ帳を確認する人がいるはずだから、その人が分かれば話を聞ける)


 相手はメモ帳に何も書かないだけで俺の様子を気にするような人なので、おそらくほぼ毎日ここに来ていると予想した。


 今日はメモ帳を確認に来る人が来るまで勉強を行うことを心に決め、ノートと教科書を開く。


 12時を過ぎたころ、突然強烈な眠気が俺を襲い、唇を噛んで意識を保とうとしても抗うことができない。


(なんだこれ……すごく眠い……どうして……)


 俺は耐え難い眠気に勝てず、思わず伏すように机へ体を倒してしまった。


 意識が薄れる直前、鍵が開けられて扉の開く音が聞こえるような気がした。


「ここまでしないと寝ないなんて……」


(誰だ……顔を一目だけでも……)


 どこかで聞いたことのあるような声の主を見るために必死で顔を起こそうとした。


「……え!? あの者に安らぎを」


 しかし、小さく驚くような反応をされた後、眠気の波が追加されたように抗うことさえできなくなったため、俺の意識は深く沈もうとしている。


 意識が薄れかけた瞬間、俺は魔力をかき集めて、最後の抵抗を試みた。


(諦めてたまるか!! 火の精霊よ! 俺の意識を覚醒させろ!!)

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