序章⑤~街の探索~

 問題をある程度解き終わり、感覚的に2時間経っているなと思いながら時計を見ると17時前になっていた。


(よし、残り時間は……)


 何時にミッションが出たのか忘れていたので、自分の行動から逆算しようとしたら、急に緑色の画面が現れる。


【残り時間:3:37】


 考えるだけで残っている時間が表示され、デジタル時計のように真ん中のコロンの部分が点灯をしていた。


 同じように消えろと考えただけで表示されなくなったので、便利なことができるようになったとだけ認識する。


(さて、行くか……適当に歩いて、何か変だと思う場所へ向かえばいいんだろう……きっと)


 街の散策を行うついでに晩御飯の材料を購入しようと思ったので、買い物袋をズボンのポケットにねじ込んだ。

 外はまだアスファルトから焼けるようなにおいを感じ、少し歩くだけで汗がにじみ出てくる。


(夕方の5時なのにまだこんなに暑い……)


 まだまだ太陽の光が強く、完全に日が暮れてから外へ出ればよかったと後悔し始めた。

 額からあごにかけて汗が流れるのをタオルで拭い、街並みをよく眺めながら違和感を探す。


(見たことがある風景に、いつもと同じ感じ……なにも……ん?)


 いつもと同じだろうと歩いていたら、ある路地裏に妙な線を発見する。

 見間違いだろうと思いながら近づくと、何もない空間に青い筋のようなものが浮かんでいた。


「なんだこれ……」


 手を伸ばして触ろうとする直前に、懐かしさを覚えるような女性の声が聞こえてくる。


「ダメ!! それに触らないで!!」

「え?」


 止められた声が空しく響き、俺の体が青い筋に引っ張られるように、この場所から離れることができなくなっていた。

 声をかけてくれた人を見るために後ろを振り返ると、短髪の女性が必死に俺へ手を伸ばしてくれている。


【ミッション達成】

 貢献ポイントを授与します


 その手を取ろうと腕を動かそうとした瞬間、邪魔をするように画面が現れて、俺の視界は青い光に包まれた。


「いてっ!?」


 急に宙に放り出され、しりもちをつくように地面へ転んでしまう。


「ここはどこだ?」


 今まで路地裏にいたはずなのに、なぜか俺の周りは洞窟のようにたくさんの岩で囲まれている。

 なぜか洞窟内は明るく、光源を見つけようとしてもわからない。


 洞窟内を歩いていたら、池のようなところもあり、ますます混乱してきた。

 ここがどこなのか探りながら何もない洞窟を進んでいると、急に青い画面が現れる。


【フィールドミッション:30分間スライムを討伐せよ】

 成功報酬:貢献ポイント1体につき100

 失敗条件:ミッション受注者の死亡


「は!? スライム!? なんだそれ!?」


 数回青い画面の内容に目を通していたら、前方からなにかが飛んでくるのでとっさに後ろへ避けた。


「嘘だろ……」


 液体のようなものが地面に落ちると、ジューっという音とともに地面が溶けている。

 それが飛んでいた方向を見て、俺は思わず息をのんでしまった。


「なんなんだよ……あいつら……」


 無色のドロドロした液体の塊が地面を溶かしながらこちらへ迫ってきている。

 それも1つどころではなく、洞窟の奥から次々と現れてきていた。


 体が緊張し、その塊から目を離せずにいたら、ズルっという音が真横から聞こえてくる。

 ハッと横へ顔を向け、正体を確認した直後、俺は歩いてきた道を全力で戻り始めた。


(なんで何もいなかった空間に突然現れるんだよ!!??)


 混乱しながら逃げるために走り始めるが、スライムは所構わず、地面から湧くように現れていた。

 飛ばされる液体が体をかすめ、焼けるような痛みを我慢しながら走っていると、頭の中で何かが語り掛けてくる。


『スライムと戦うには火で攻撃するのが1番楽だが、水をかければ倒すことはできる』


 祖父から渡された本に書いてあった内容が頭の中で復唱され、ズボンのポケットに手を突っ込む。

 買い物袋を広げ、途中で見た池のような水たまりのある場所へ急ぐ。


(水! 水! 水! みず!!)


 池が見えたので買い物袋で水をすくい、迫ってくるスライムへかけ始める。

 すると、苦しむように塊がその場でうごめくので、何度も水をすくってかけ続けた。


 しかし、後からぞくぞくと続いてくるスライムの勢いには勝てず、水をすくう腕もしんどくなってきた。


(訳のわからない死に方はしたくない!!)


 突然連れてこられた意味の分からない洞窟内で、スライムなどという見たことがない生物に殺されそうになっている。

 水をすくうのが間に合わず、かけようとした俺の眼前にスライムの粘液が当たりそうになっていた。


(もうだめか……)


 地面を溶かしてしまう強力な酸を浴びて、無事でいられるわけがない。

 何とか活路を見出すために池に飛び込もうとしたら、弾けるような音がして酸が俺にかかることはなかった。


「ねえ、僕を呼ばないの? 死んじゃうところだったよ?」

「え? 誰?」


 この洞窟には自分とスライム以外いないと思っていたので、周りを見回して助けてくれた人を探す。

 なぜか、先ほどまでとは違い、スライムが逃げるように俺から離れていた。


「君と契約している火の精霊だよ」

「……契約? 精霊?」


 その声は俺の頭上から聞こえており、顔を上へ向けると、拳大くらいの炎が揺らめいている。

 これは本当に夢じゃないのかと自分の頭を疑いたくなった。


 俺が声を出せずにいたら、その炎は俺の胸のあたりまで降り、再び語り掛けてくる。


「こいつらを倒すように、魔力を込めて僕へ命じて、君にはそれができるはずだよ」

「いや……ちょっと、魔力とかよくわかんないんだけど……」


 魔力なんて言葉を使ったことがないし、自分にあるとは思えない。

 小学校の時にクラスメイトが話をしていたゲームの内容でしか聞いたことがない単語だ。


「んー? 混乱しているのかな? なら、今回は強制的にもらうよ」

「……はい?」

「ありがとう」

「ちょ……ちが――」


 俺の言葉を了承だと火の精霊は受け取ったのか、自分の体から何かが抜かれているような感覚がする。

 力が抜けて、立っていられずに膝を付くと、炎が周囲を一掃した。


 炎が収まり、火の精霊が俺の目線まで落ちると、明るい声で話しかけてくる。


「終わったよ。次はちゃんと死んじゃう前に呼んでね。バイバイ」

「助かったよ……ありがとう」


 スライムを倒してもらい、命を助けてもらったことには変わりないので、できるかぎりの笑顔を向けてお礼を言う。

 火の精霊は満足そうに揺らめいた後、燃え尽きるように消えてしまった。


【ミッション結果】

 30体のスライム討伐

 3000の貢献ポイントを授与します


 30分が経ったのか、画面が現れてスライムを倒した数を通知している。

 そんなものへ目を通す気が起こらないので、すぐに消して何とか立ち上がろうとした。


「あ……」


 体に力が入らず、足を滑らせて池に落ちてしまい、地面へはい上がろうと手を伸ばすが届かない。

 何とか呼吸をするためにもがこうとしたが、全身に激痛が走り、体を動かせなくなってしまう。


(やばい……沈む……)


 手を上げたまま顔が沈み、水の中から洞窟を見上げることしかできなくなる。

 このまま沈むと思った時、俺の手が強引に引っ張られ、水の中から出された。


「澄人、大丈夫!!??」


 俺を救ってくれた人は涙目で俺の顔を覗き込んでおり、必死に呼びかけてくれている。

 その人は、この洞窟に入る時に止めてくれた女性で、俺の《恩人》だった。


かおり……お姉ちゃん?」

「よかった意識はあるのね!? ここから出るわよ!」


 返事をするとお姉ちゃんは笑顔になり、俺のことを抱きしめてくれた。

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