序章③~夏休みの過ごし方~
【3年間で必要なお金を用意した。後は好きにしなさい】
メモに残された文字にはこのように書かれており、奨学生入試に合格したという文章も読んでいないようで、学費や寮費、その他パンフレットに乗っている3年間の必要経費にチェックが入っており、すべての合計金額が置かれているようだった。
(そこまで興味無いか……もらえるものはもらっていこう)
数千万単位のお金を靴箱の上に置く親に疑念しか抱かないが、無いよりもあった方がいいので、終業式から帰ってきたら銀行へ預けることにした。
用紙には署名と捺印もされていたため、俺はすっきりとした気持ちで夏休みを迎えることができた。
夏休みが始まってから数日で課題を終わらせて、早いと思いながらもここから出る準備をするために家の掃除を行う。
掃除をしていたら、クローゼットの中から抱えられる程度の大きさの段ボールが数個出てきた。
「懐かしい……小学生の時にとっておいたテストだ……」
中を開けて入っているものを確認したら、自分がいつか両親に見てもらおうと保管していたテストや成績表が入っていた。
ただ、1度も両親のもとへ届くことはなく、数年越しにようやく日の目を見ることになった。
(俺が見てもな……)
これを機に処分しようと段ボールを逆さにして中身を取り出したら、1冊の本がテストと共に床へ落ちる。
見たこともない本は保管状態が良かったのか、ほこりを被らず、妙にきれいな状態で残っていた。
(これなんの本だろう……)
本を手に取って開くと、日本語や英語でもない見たことがないような文字が羅列されており、首をかしげてしまう。
数ページめくっていたら、幼い頃、この部屋で住むようになったときに唯一俺のことを気にかけてくれていた祖父を思い出す。
(そうだ! 数年前に亡くなったじいちゃんが俺へくれた本だ!!)
なんで忘れていたのか不思議なくらい鮮明に記憶が蘇り、この本を読むためにじいちゃんが用意してくれた文字の対応表があるはずなので探し始める。
物置から取り出した段ボールをすべてひっくり返し、俺の求めている用紙を探していると、埋もれた紙の中からなぜかすっと自然に俺の視線に留まる1枚の紙を発見した。
(まさか……これか……?)
なぜか心臓が高鳴り、忘れかけていた少年時代のようなワクワク感を覚えてしまう。
目が離せなくなった紙を振るえる手で拾うと、はっきり分かるように文字のようなものが書かれていた。
見慣れない記号のようなものの横にひらがなが書かれていることから、この本を解読するためのものだと思われる。
(これは手書きの対応表? もう夏休みにやることもないし……法則があるなら覚えるか)
勉強はいつもどおり朝と晩に行えばいいので、それ以外の時間で本を解読することにした。
まずは、すらすらと読めるように、記号のような文字が示しているひらがなを覚える。
数時間ほどである程度覚えられたので、放っておいた本を手に取り、表紙に書かれている記号を読む。
【使命の書】
手に持っている本の裏側を見ても何も書かれておらず、机に置いて腕を組む。
(なんの使命なんだろう……他には何も書いてない)
普通の本なら著者くらい書かれていると思うのだが、この妙にきれいな本にはタイトル以外が書かれていない。
本を読もうとしたらお腹が鳴ったので、時計を見ると13時を越えていた。
(朝ごはんを食べてから片付けを始めたのにもうこんな時間か……足の踏み場がない……)
お昼ご飯の準備をする前に、床に散らばった紙たちを段ボールへ再び入れて、押し入れへ戻した。
昼を食べるには大きく時間がずれてしまったので、軽食の用意を始める。
掃除をした後なので、念入りに手を洗いながら本のタイトルについて考えてしまう。
(使命……与えられた仕事って意味だろう? 今の俺はなにをやらなければいけないんだ……)
自分の人生を振り返ると、制限しかされてこなかったような気がする。
他人からすれば、親から何も怒られたりしないのはうらやましいと言われたことを思い出した。
(恵まれている方なのかもな……)
たまに購入する新聞で、育児放棄や家庭内暴力で命を落とした子供の記事を読んだ。
それに比べれば自分の置かれている状況は悪いとは言い切れないので、お金と家を用意してくれている親へ感謝するべきなのだろう。
(それでも、俺はここに居たくない)
サンドイッチを食べ終わり、暖かい飲み物が入ったコップを机に置いて、本を読み始めることにした。
表紙をめくると、赤い文字で注意書きのようなものが書かれている。
【最後まで読んだ者のしんかくは1になる。それでもよいのなら進みなさい】
意味の分からない単語が現れたので、自分の覚えたものが間違っていたのかと、対応表を何度か見てしまった。
しかし、いくら見ても《しんかく》と書かれていたので、気にすることなくページをめくる。
そこにはファンタジー小説のように誰かの冒険譚が書かれており、巨大なドラゴンに対して魔法や剣で戦う様子が描かれていた。
この類の小説は何度か読んだものの、妙に臨場感のある内容に引き込まれ、俺のページをめくる手は最後まで止まることはなかった。
主人公が冒険を終えて凱旋をしたので、一息つくためにコップを手にする。
(あれ? もう夜になっちゃっている……楽しかったからいいか)
久しぶりに一つのことへ熱中してしまい、満足感を覚えながら冷えた飲み物を口に含んだ。
しかし、最後のページへ目を通した時、俺は再び本から目が離せなくなってしまった。
【世界にはフィールドと呼ばれる地球以外の場所がある】
「え? どういう――」
帰ってくるはずのない問いを口に出しかけた時、机の上に置いてある本がまばゆい光を放ち始める。
「な、なんだ!?」
持っていたコップを落とし、飲み物が床にこぼれるが、それ以上に光っている本から溢れる光から目が離せない。
本がさらに光を増し、粒状に広がると俺の体を包み始める。
「なんだ!? どうなっている!?」
怪奇な現象に恐怖を覚え、なんとか振り払おうとして机から離れても、光が俺を襲うのを止めない。
もう我慢できなくなり、その場で膝を抱えてうずくまり、目を閉じて光が去るのをひたすら待つ。
(1……2……3……)
耳を塞ぎ、外からの情報をすべて遮断した状態にし、心の中で60秒数えてからゆっくりと目を開けると、信じられないものが俺の目の前に現れていた。
【ライフミッション:あいさつを10回行いなさい】
成功報酬:貢献ポイント100
注意:1人に対して1回のみカウントされます
「なんだこれ……」
半透明な緑色の画面を見つめながら俺は呆然としてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます