第35話

 女中に扮した佐久間一二三の妻、名は緒松おまつ

 佐久間一二三が白髪の老人に対して、かなり若かかった。

 思わず芳助が若すぎません? と言うほど。


「すみません、後妻なのです」


 後妻とは、結婚後なんらかの理由で一人になった男性が、二度目の結婚をした相手の事である。


「芳助、いらぬ事を聞くな。

 所で奥方、小さい女の子とは、茜の事だろうが? 今はどこにいる?

 いや、それよりも何で連れ去った」


 少し興奮気味の新橋一郎を、断庵が落ち着けとなだめる。


「す、すまぬ」

「いいです、お侍様。

 全ては、この緒松が悪いのです」 


 

 緒松は説明しだした。

 最初は軽い遊びだったらしい、田舎から後妻として佐久間家に入ったはいいが、旦那の佐久間一二三は吟味方というので忙しい。

 家にいる事が少なく、一人で屋敷にいるのは気がめいる、女中はいるが話し相手とはまた違う。


 そんなおり、偶然帰って来た佐久間一二三に相談すると、芝居でも見てみたらどうだと提案された。

 佐久間一二三としては、仕事で留守にして構えないのは自分のせいだと思っている、それに妻となった者には不自由をさせたく無いと思っていたのだ。


 妻の緒松は芝居を見に行く。

 江戸の芝居は面白く、ついついのめりこんだ。

 とはいえ、芝居を見るのも、ただじゃない。

 頂いた小遣いはいづれはなくなる。

 そう考えていた時に、声をかけてきたのは一之瀬克だった。


 あれよあれよと旨く誘い込み、賭場へと引き込む。

 膨れ上がった借金は千両を超えた、もう死ぬしか無いと思いつめた緒松は江戸を出ようとした。

 どうせ死ぬなら故郷で死にたい。

 そこで泊まったのが、貧乏旅籠。

 

 なんと、貧乏侍の周りに、人では無いあやかしが、ついて回っている。

 しかも、周りの人間は見えないのが、女子を見ても無関心。


 これは小さい頃に婆様に教えて貰った座敷童子と言う奴ではないだろうかと、捕まえれば借金はなくなるのでは? と、幸い婆様から捕まえ方は教えて貰っていた。


 とはいえ、乱暴はしたくない。

 少しだけ力を貸してと頼み込み、座敷童子は素直に頷く。


 自宅に戻る途中、見られたらまずい相手に見つかった、着流し姿の一之瀬克だった。

 この一之瀬克、顔や態度はこうであれ、座敷童子を見えた人間であった。

 その子はどうした? 知らない子です。

 知らぬのなら吉原へ売ってしまおう、いやそれよりもお前を吉原へ売ったほうが早そうだ。


 ご無体な。

 ご無体と思うなら出すのを出しやがれ。

 実はこの子はこれこれこういうわけで……。

 ほう、ならば俺の屋敷へ連れて来い、今月の利息はまってやる、それともまた、体で支払うか? と、いうやつであった。


 一同は緒松の事情を聞いた後に溜め息をつく。


「なるほどな……座敷童子は家に憑く。

 大方何かで閉じ込められているんだろう、最近金回りが良くなったのも納得が行く」

「となると、あれですねぇ。っと……! 緒松さんっ! 新橋さんを捕まえてっ!」

「えっ!? は、はい!!」

「離せっ! 離してくれっ!」


 芳助が横を向いた時には、新橋一郎は刀を持って部屋を出ようとしていたからだ。

 慌てて緒松に言うと、緒松は新橋一郎の腰を掴んで離さない。


「こうしている間にも、茜はっ!」

「ぶっちゃけ、あやかしですし、死なれると困るのは相手も一緒。

 閉じ込めてるだけと思いますよ……。

 それよりも、今動いて失敗したらあの人が悲しみ、枕を濡らします」


 芳助の言葉で、新橋一郎の体が止まった。

 もう逃げはせぬと、緒松から離れると苦い顔をする。


「なぜそこで、花野さんの話が出てくるんだ?」

「おや、手前は花野さんとは一言も……」

「ぐ……」


 断庵が一際大きな声を放つ。


「とにかく、これで問題な部分はわかった。

 証文と、座敷童子の場所だな……緒松、引き続きここの女中の変装をして八重桜のほうへ繋ぎを取ってくれ。

 我輩達は見張られているからな」

「は、はい」

「少し血なまぐさい話をする、緒松は知らぬほうがいいだろう」

「では、部屋からでます」


 緒松は頭を下げ部屋から出て行った。

 血なまぐさい話をすると言うので、残った二人は身構えた。


「斬るのか?」

「何人相手に出来る?」

「こないだ見た奴らなら六人は……、それ以上になるとどうなるかはわからん」

「芳助はどうだ?」

「手前にそれを聞きますか……、ぜろですよ。

 しかし色々と予定が変わってきましたねー」


 そう、当初の予定では賭場に入り、顔なじみになった所で荒稼ぎをし、その金を八重桜の店主へと渡すという作戦だった。

 今では、緒松の借金の証文と座敷童子の救出まで追加されたのだ。


「一石二丁、いや五丁ぐらいあって丁度いいではないが。

 成功すれば悪は滅び、金が入る、入った金はそれぞれ分担し幸せだ」

「某は金はいらん、八重桜と茜が助かればそれでいい」

「そういうな、今回は貰っておけ。

 さて、では我輩は屋敷の図面でも調べてくる、お主らは引き続き上方の紙問屋を装ったどこかの大名の大馬鹿息子とその用心棒として頼む」

「あの……一言余計はなのは気のせいでしょうか?」

「気のせいだ」


 にかっと白い歯をみせると、そそくさと断庵は部屋から出て行った。

 残った二人は夜までする事がない。

 いつにもまして、そわそわとする新橋一郎を将棋へと誘う。


 二人は駒を並べあい、ああでもない、こうでもないと時間を潰した。

 夜も更けると高級な駕籠屋を呼ぶ。

 賭場から少し離れた場所までいき、そこからは歩きという念の入りようだ。


 新橋一郎は裏口を軽く叩く。

 なにようで? と何時もの言葉が返ってくる。

 今宵も月が綺麗だなと、新橋一郎が言う。

 夜空はどんよりと曇っており月など出ていない、合言葉なのだから仕方がないが、芳助が小さく雨が降りそうですねと呟いた。


 中に通される。

 少し顔なじみになった三下が、二人を確認すると腰を低くして笑みを浮かべる。


「おや、本日はお二人で?」

「断庵には内緒で来た、遊べないものだろうか?」


 芳助が断庵を呼び捨てなのは、大名の息子の真似をしているからだ。


「どうぞ、どうぞ。

 今日こそは勝てますって、聞きましたよ昨夜もかなりまくったとか」

「最後には負けましたけどね」

「っと、それは失礼。案内をしますんで、おい案内人っ」


 直ぐに暇そうな男が二人の前へと来た。

 三下の男が先頭で、次に新橋一郎、最後に芳助だ。


 廊下へと上がり角を曲がる。

 芳助は注意深く周りを観察する、見える範囲では、刀を腰に差した侍があちらこちらで談笑している。

 次の角を曲がれば通いなれた賽の部屋だ。


 前を歩く新橋一郎が立ち止まった。

 当然後ろを歩く芳助が背中へとぶつかった。


「っ立ち止まらない下さいよ」


 芳助が文句を言うが、新橋一郎は黙ったまま動かない。

 あまりにも動かないので、新橋一郎が見ているほうへと顔を向けた。

 離れの建物があるのか、庭には飛び石がある。

 飛び石の横には人の良さそうな男が黙って立っていた。


 三下の男は二人がついてこないで、廊下を戻ってきた。


「どうしましたお客さん」

「あれは……」

「ああ、あの離れっすか、ちょんの間ってやつでさ。っと偉い人には通じないか。

 男女がしっぽりする場所って奴でさ」


 品も何も無い三下が二人に説明をする。

 平たくいえば、幕府の許可を取っていない遊郭みたいなところだ。吉原と違い、前置きがなく、男女が一晩過ごす場所である。



「あの男は?」

「見張りって奴ですかね、克親分が見つけてきたヨボヨボの爺浪人でさぁ。お知り合いで?」

「知らぬっ」

「はぁ……さて、そんなに興味があれば女を紹介しますんで。

 一晩五両って所っすかね、高いでしょうが吉原と違って後腐れなし、しかも、大抵は借金があって口も堅い。おっと、根っからの好き者もいますがね」


 聞いても居ないのに三下は上機嫌に説明をしてくる、すべての説明が終わったのは丁度、賽の間へついた時だった。


 二人は、といっても殆ど芳助一人であるが夜更けまで遊ぶ。

 新橋一郎は、なんども厠へ行くと部屋を行ったり来たりしていた。

 あまりに出入りをするので男達に胃薬を手渡されるまで、その行動を繰り返していた。

 結局この日は、珍しく四両ほど勝った所でお開きになり二人は駕籠に乗って帰った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る