第34話

 結局芳輔は、八重桜へと帰らず断庵と一緒に江戸開寺で一晩を過ごした。

 八重桜のほうには、断庵の伝手を頼り江戸開寺に居るという事を伝えてある。


 どうも、帰りづらいというのがあるのだ。

 頭ではわかっていても、花野が新橋一郎を見る視線を見るのがちょっと辛い。

 二人が幸せなら良いんですけどね。と、思っても少し辛い、


 二人が起きた時間は昼をとうに過ぎていた。

 欠伸をすると、昨夜の残った鍋をつつきあう。

 そして酒を飲み、特に何も動かないまま寝て過ごす。


 江戸開寺には、時おり人が出たり入ったりしていた。

 芳助が断庵に相談して五日目の夕方、江戸開寺に一人の侍が訪ねてきた。


「ごめん!」


 ボロボロの衣服であるが、汚れは特に見当たらない。

 無精ひげが伸び、目の下は隈が出来ている新橋一郎である。


「おう、ようまいった。はいれはいれ」

「何時ぞやは世話になった、おかけで芳助とも会い……」

「堅苦しい話はすかん」

「そうであったか……では」


 新橋一郎が寺に入ると、これまた髭の生えた芳助が軽く手を上げた。


「こちらです、皆さんの様子はどうでした?」

「どうしたもなにも、懸命に金を集めているみたいだ。

 某には笑顔を見せているが、店の雰囲気も暗く、あやつらの関係者と思われる者が嫌がらせをし、客足も少ない」


 新橋一郎は、進められるままに囲炉裏の前へと座ると続きを話す。


「それと、断庵殿に相談した事は権一殿は感謝していたけど、花野殿は怒っていたぞ」

「な、なんででしょうっ!?」

「恥をあんまり広げるなという事らしい、某も城勤めが経験あるぶんその気持ちは多少はわかる。で、某を呼んだという事は何か案があるんだな?」


 音を立てて新橋一郎が座った場所へ酒を置く断庵。

 そういう事だと、話すと駆けつけ一杯だと酒を勧めた。

 

 それから、暫くした時間。

 既に日が暮れて人通りもない武家屋敷の前に三人の姿があった。

 全員髭もそり、着ている服も高級な服だ。

 そして、三人とも顔を隠すように編み笠をしていた。


 断庵は武家屋敷の裏口を軽く叩く。

 直ぐに返事が返ってくる。


「何用で?」

「今宵は月が綺麗だな」

「しばしお待ちを」


 裏口が開かれた。

 編み笠を取り三人は武家屋敷へと入ると、塀の裏にいた男数人が頭を下げた。


「これは断庵様じゃないですか、こんな夜更けに何用で」

「連れない事を言うな、ここがどんな事をしているがぐらいは知ってるぞ。紹介状だ」


 男は断庵から手紙を受け取ると中身を確認する。

 男が聞いた事もない武家の名前と印が押しており、自身の紹介で断庵を遊ばせて欲しいと書いてあった。


 男は思案する。

 紹介状があるとはいえ、偽造する事はいくらでも出来る。

 それに断庵といえば親分である一之瀬克が今狙っているシノギ相手、八重桜の店主と仲がいいとも聞いているからだ。


 思案していると、片腕を胸元にいれた一之瀬が異変に気づき寄って来た。


「おおっと、これは誰かと思えば断庵和尚ではないですか、こんなむさい場所に何用で?」

「用も何も遊ばせて貰おうととな、こうして紹介状も持って来た所だ」


 断庵は手下の男から紹介状をひょいっとつまみ手元に戻す。

 そしてびりびりびりと破いて捨てた。

 破天荒の事に流石の一之瀬克も、ぎょっとした。


「紹介状とやらを破いてどうするんでえ?」

「なに、知ってのとおり、我輩は八重桜の店主と知り合いだ。

 紹介状を持っていてもしょうも無い事だと思ってな。

 それとは関係なく旧知の友に本当の賭場を見せてやろうと来たわけだ」

「その旧知の友というのは、その二人で?」


 一之瀬克は編み笠を腰に持つ二人を見た。

 見られた二人は自己紹介をする。


「上方で紙問屋をしている、すけと申します」

「護衛のはじめ


 芳助と、新橋一郎の偽名だ。

 断庵の見世物小屋の人間に化粧もしてもらい、半日前の顔とは別人である。


 一之瀬克は少し考える。

 偽名なのは直ぐにわかった、こんな場所で本名を名乗る人間のほうが珍しい。

 紙問屋と言っているが、あの体つきでは仕事にもならないとも踏んでいる。

 とは言え、断庵といえばやり手の坊主でたんまりと金を持っているという噂も聞いた事があるからだ。


「難しいのであれば、帰ろう。

 二人には別な事を教えようと思う」


 酷くあっさり帰ろうとするので、一之瀬克は慌てて呼び止めた。

 考えすぎかと、なに関係者だからどうだというのだと、俺にはアレがついている。


「別に遊ばせないとは言ってねえし、なんだったら、権一殿も誘ってこられても大丈夫でえ。そうだ、それがいい。ここで九百両稼いだらいいんじゃないですかね?」

「それは凄い強気だな、まさか……」



 断庵が腕を組むと、一之瀬克はとんでもねえと喋りだす。



「イカサマかっていいたいんだろ? んな事もねえ。

 好きな時にさいころを割ったっていいんだぜ。なんだったら三両くれるってなら毎試合割ってもいい。肝心なのは金だ、負けたからって文句さえいわなければな」

 

 

 一之瀬克から許可を貰った三人は屋敷内へと通された。

 もちろん新橋一郎は刀は取り上げられる。


 案内人の男が断庵へ振り向く。

 お客さん様は、さいふだどちらをします? と聞かれて賽を選ぶ。

 賽とは、丁半博打で札は花札だ。


 二つのさいころを手早く壷といわれる入れ物に入れる。

 そして二つの出た目を合計して、ぐうすうきすうを当てる博打である。

 それぞれの確立は半々ではなく丁が十二通り、半が九通りだ。


 部屋に入る前に、案内の男が申し訳なさそうに言う。


「すいませんが……」

「わかっておる、寺銭だろう。三人分で六両だ」


 遊ぶ場所に入るのにも、初回のみ一人二両という金を取る。

 それも既に調べはついていた。

 三人は空けられた部屋へと入る。

 思ったよりも女も多く、客の比率は半々という所だろう、白く長い板が引いており、好きな場所へ座って賭けれるという仕組みだ。


 結局その日は三人で四十両ほど負けた。

 帰りの尾行ももちろん知っていたので、断庵の知り合いの武家へと芳助と新橋一郎を送る。

 そして断庵だけが江戸開寺へと戻った。

 二日目、三日目と通い、四日目の朝。


 借りた武家屋敷には三人が一部屋にいた。


「さて……、四日目となるとお主ら二人でいけるだろう」

「しかし、あれですね。吟味方が背後にいるからとこう連日場を開いているのは凄いですね」

「まさにやりたい放題と言う奴だな」


 新橋一郎の言葉が終わると、断庵が首をひねり出す。


「しかし、おかしいではないか。

 芳助お前の手を借りれば賽の目なんて自由自在だったはずだぞ」

「別に手前の力では、ただ頼んでいたあやかしの話では、賽の目は確実なんですけどね」


 実は初日は大きく負け、二日目、三日目はトントンに押さえる予定だった。

 そのために、以前賭場荒らしを行った時と同様に、化け猫のあやかしに手伝って貰ったのだが……。

 賽の目を教えて教えてもらっても三回に二回は外れるのだ。


「所詮はあやかしか……」

「断庵さん、祟られますよ」

「はっはっは、我輩が祟られるならそれはそれで面白い。

 さて、話を戻すが、佐久間方の弱みはわかったぞ。

 奥方が借金をしたらしくてな、その弱みに付け込まれてという奴だ。

 そして面白いのが、新橋が泊まった旅籠三門屋。

 座敷童子が消えたという日に、その奥方は子を引っ張り歩いているのを見られておる、おぬらが探している、もののけかもしれんなぁ」



 その言葉に、新橋一郎が膝を立てた。

 思いもかけない言葉に、断庵へと本当か!? と詰め寄った。


「顔が近い。本当かどうかは本人に聞けばよい。

 見習いの女中として変装させ、この屋敷へと呼んでおる、まもなく来るだろう」


 言葉が終わると、三人がいる部屋に比較的若い女性が頭を下げて入ってきた。

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