第33話
一同は昼過ぎには八重桜へと帰って来た。
帰って来たはいいか、顔が暗い。
他の遊女や丁稚なども、権一の顔を見ると不安そうな顔になる。
「はいはい、暗い顔は辞めましょう。
本日も、皆がんばっていきましょう!」
なんとか笑顔を作り、店の者へとはっぱをかける。
そのまま別室へと行くと、四人は車座なって座る。
「まずは、皆様お疲れ様でした」
「茶菓子ぐらい欲しかったですね」
芳助の場違いな感想に、一同は目を点にする。
「いやー、芳助さんは面白い人だ。
そうですね、少し甘い物でも取りましょうか」
権一が立ち上がると、大声で誰かを呼んだ。
直ぐに丁稚の小僧がくると小言を伝える、直ぐに羊羹を部屋へと持ってきた。
「こう、甘い物を取ると幸せになりますねー」
「旦那様、すこし痩せたほうがいいと思います」
「いやはや手厳しい。
さて、芳助さんのおかけで糖分も取れた事ですし、先の事を考えましょう。
期限は一ヶ月、それまでに九百両集めれば……」
花野が小さく手を上げる。
男三人が花野に注目をした。
「それですが、是非、私を他のお店へ売って下さい」
「売るって……」
「その九百両は無理かもしれませんが、西松屋さんや、幻籠館さんなら私を売れば少しは買い取ってくれると思います」
新橋一郎は花野の言葉を聞いて、会話に入る。
「花野……そうなると年季は明けないのでは?」
「それは、そうですね。
いえ、いいんです。私が撒いた種でこれ以上迷惑をかけるわけには」
「それをいうのであれば、わたくしも同罪です。
いくら金を詰まれようが、本人すら嫌な身請けはさせません」
権一が胸を張る。
芳助が、逆に金を積まないといけなくなりましたねーと、呟くと空気が一気に重くなる。
新橋一郎が、芳助の羊羹をぱくりと食べた。
「ああ、まだ半分食べてませんのにっ」
「場を暗くしてどうする、そも……何か案はあるのか?」
「権一さん、そのお金は用意できるものなんですか?」
権一は算盤をだすと指ではじき出す。
「八重桜は吉原の中でも小さいほうなので、月末にまで用意できる金額は参百両、それと弟の権ノ次に頼んで二百両、他の店に掛け合ってやっと百両、店を担保にして百両。
あわせて七百両という所でしょうか」
「また、微妙な所だな……」
「恐らくは、こちらが払える払えないギリギリの金額を言って来たのでしょう……」
「でも、払うと潰れますよね」
「つ、つぶればしませんが。いえ……そうなるかも知れません」
もう一つ、全員の遊女を売りさばき、お金を作る案もあるがその後が困るし、権一もその案は出さなかった。
「そうですか……少し考え事をしてきます」
芳助はちらりと、思いつめた花野を見ると八重桜を後にした。
呆気に取られた三人は追う事さえわすれて芳助を見送った。
大門を抜け歩く事歩く事。
冬の空は既に星が出はじめた頃、目的の場所へと着いた。
見るからに廃寺、いや廃寺に見える江戸開寺である。
呼び鈴も何もないので、かってに上がると奥へと進む。
破れた行灯からもれる光で、鍋をつついている断庵がそこに居た。
「お、江戸におったか。今日はいい兎が入ってな」
「ちょっと、相談事がありまして」
「ほう、好きな女でも出来たか?」
「…………まぁ、そんなような者です」
素直に認めると、芳助は断庵の前へと座る。
断案は黙って欠けた茶碗を芳助へ差し出すと、その茶碗へと濁酒を注ぐ。
「先ずは一杯」
「では」
一気に飲み干すと、これまでの事を軽く説明する。
断案は黙って話を聞くと、なるほどなと頷いた。
「権ノ次は、我輩の遊び仲間だ。
その兄権一を助けたし、花野の事もしっておる。九百両だったな……我輩が出せない額でもないが、金額が金額だ権一は直には受け取らないだろう。それに最後まで自身で解決しようとする、そういう男だ」
「でしょうね、手前もちょっと母上に相談をと、思ったんですが。
仮に借りれても、あの人達は受け取らないでしょう。
ああそれと……」
芳助は一度言葉を区切った。
区切った上で断庵へと注意をする。
「手前が世話になっている家をほいほいと紹介しないで下さいよ。
新橋さんですから良かった者の、今は晴嵐と名乗っている静に怒られますから」
「あの
「忙しいみたいですからねぇ。手前が厄介ごとを持っていくと良い顔はしませんし」
「…………そういう意味ではないだがな」
「そうなんですか?」
知らぬは本人と言う奴かと、断案は呟く。
聞こえぬように喋ったので芳助の耳には届いていない。
断庵は、自らの茶碗に濁酒を入れるとクイっと飲み干すと、案を語りだした。
「つまりは、権一、花野がすっきりとする解決方法があればいいんだな」
「と、いう事になります」
「その一之瀬克という
なんとも、怖い案である。
さらった後にどうするんだというのは、ここでは語れない。
語れはしないが、翌朝にはどこかの川に浮いている可能性もあっての断案の言葉である。
「あの、それで二人が納得するとは思いませんけど」
「我輩なら喜ぶんだけどな……どれ、こういう事には情報がいる。
お主もどうせ暇だろ、一緒に来い?」
「廃寺で待つよりはいいですね」
二人は夜更けの江戸へ繰り出す。
向かった先は、
岡っ引きとは、幕府から許可を受けた町を守る人間。
小さな事件や犯罪、それに相談事は岡っ引きが解決する事が多い。
夜半というのに、為吉自ら玄関へと出てきた。
断庵が少し話があるというと、奥には家内も寝てますんで場所を変えましょうと移動した。
歩く事暫く、一軒の店へと入った。
頭に手ぬぐいを巻いた老人が、為吉をみると、らっしゃいと小さく声を出す。
「ここは、口は悪いが料理もまずい店でね。耳の悪い爺さんが一人でやってる店で、その代わり気兼ねがねえ、秘密が漏れることはねえ店で」
為吉の言葉に、
三人の前にツマミと酒が置かれた。
「そのまずい料理を毎回ツケで食う馬鹿にいわれたねえ。
買出しに言ってくる、酒やツマミは何時もの場所にある、適当にやってくんな」
「おっと、すまねえなとっつあん」
「おめえに礼を言われると背中がかゆくてたまらん、ツケの三両とっと用意してからいうんだな」
「ば、二両だろ!」
「わりいな、耳が遠くてきこえねえや」
にやりと笑うと、店の外へと出て行った。
店主の気遣いだろう、誰も来ないように暖簾も落として行った。
「たっく、これだから歳よりはいけねえ。
っと、で……こんな時間に相談とは何事で?」
断庵は、芳助に聞いた事を手短に話す。
足りない部分は芳助が説明を入れていく感じだ。
為吉は全てを聞いた後に、腕を組んでぶつぶつと呟くと酒を飲んだ。
「真獄門組ですねぇ、この半月で急に金回りの良くなった組でさー。
毎夜賭場を開いているらしいですけど、何故か客足が途絶えない。
それもそのはず、最低掛け金はなんと一両からって話ですらぁ」
「それはまた強気に出たな」
「へえ、勝てばでかいっすからね、その代わり前は資金繰りに相当無茶をしているようで。
本来は調べたい所なんっすけどね」
「確かに、最低一両となると潜入して調べようにも調べれないからのう」
潜入捜査と言う奴だ、しかし潜入する金がなければ入れないし、子汚い人間が数両の金を持って入るのも怪しさが多すぎる。
そうなると、岡っ引きとしては、現段階では問題も起きていないし手は出せないのだ。
「では、為吉。お主は真獄門組と吟味方、佐久間一二三の妻との関係を調べて欲しい」
「中々危ない橋で……いえ、喜んでやらせていただきます」
活動費だと、白い包みを三つ為吉へと手渡した。
中には小判が各五枚であわせて十五両だ。
大きな大金を懐にいれると、為吉も忠告しだす、これぐらい言えないと岡っ引きとしての実力は無い。
「いいですかい? こういっちゃなんですが、大きな実入りには成らないと思いますけど」
「その辺は芳助がいるからな、なんとでもなる」
「あまり、頼られても困るんですけど……まぁ、相談料ぐらいは頑張ります」
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