第32話

 二人乗りの駕籠、合い駕籠と言う物で移動をする。

 権一と花野。新橋一郎と芳助の二組だ。


「どうした? 顔が暗いぞ?」

「そうですか?」

「具合が悪いのなら」

「いえいえいえ、具合はいいんですよ、具合は」


 芳助は頬を軽く叩くと真面目な顔になる。

 花野が新橋一郎を見る目が、恋する女性の顔だったのを一旦置く事にした。

 新橋一郎を責めてもしょうがない事だし、振られる前でよかった、こんな琵琶弾きより侍の新橋一郎でよかったと思うべきだ。と考え……。


 また頭を振った。

(だめですね、つい考えてしまう。切り替えましょう)


「所で、あの男達はそんなに偉いんですか?」

「一之瀬克の事か、一之瀬と苗字を名乗っているが届出は無いらしいな。

 親はなし、しかし親は居ないと言うたが真獄門組と名乗り徒党を組む」

「簡単に言えば、博打うち見たいな者ですがね」

「だろうな、最近は賭博場が旨く行っているのが羽振りがいいらしく。その、賭博場と言うのは」

「ええ、それ位知ってますよ、あれで案外偉い人が入り浸りますからね」


 

 本来賭博は禁止されている。

 ましてや武家が賭博をするなど持ってのほか、であったが、そこはそれ、隠れて通う者も多い。

 ましてや、羽振りのいい客は賭場を開いている人間も注意する。

 身元を調べてそれが使えそうな人間であるとわかると、罠にかけていくのだ。


 最初は勝たせる。

 そこで、帰るような人間なら問題は起きない、二回目も来ても次に来ない人間も用は無い。

 三回、四回と続けてくる上質の客。

 結果はどうあれ通ってくるのだ、イカサマをしようかしまいが毎回勝てる人間は居ない。

 種銭たねせんも尽きる時があるだろう。


 そこで、胴元の出番である。

 今日はついてないみたいですね、そういう日もあるだろう帰る。

 いやいやお待ちを、何時もごひいきに良ければ、こちらを使ってくださいと、包みを渡す。


 こんな大金借りたとしても返せない。

 いや、いいんですよ。勝ったら返してくだされば……。

 と、言う具合である。

 借金が膨らむと帳消しのために、揉め事の時に動いたり、誰かを紹介したりと様々な事が起きたりもするのだ。


 新橋一郎が言いよどんだのは、武士の恥という所からだろう。


「と、言う事は何かしらの事で泣きついたって事でしょうね」

「まったく、武士の風上にも置けんな」

「でも、その武士を辞めようとしてるんですから、新橋さんも人の事は言えないかと」


 少し黙った後に小さく笑い出す。


「ふ、お主も中々遠慮がないな」

「お互い様で」


 合い駕籠は目的地に着いたのか振動が止まった。

 駕籠からでると、それぞれに大きな伸びをする。

 大きな門を抜け石畳の玄関が立派だ。

 家来の者なのだろうか、刀を腰につけた男達が周りに集まる、別に敵対するような感じではなく、あくまで案内人なのだろう。


 屋敷へと入ると、既に女中が座っている。

 刀を預かりますと言われ、新橋一郎は刀を手渡す。


 こちらですと、四人を縁側が見える大きな部屋へと案内した。

 座布団が手前と奥に四つ。上座に当たる部分に一つ置いてある。


 奥のほうへと座らせられるとしばし、襖が開いた。

 頭が禿げ上がった男性が部屋に入ると上座へと座る。


「当方、訴え、仲裁を受けた吟味方ぎんみかた佐久間一二三さくまひふみである」


 吟味方とは、犯罪者の取調べなども行える権利を持つ者で場合によっては拷問もする。

 いくら仲裁といえど、大物過ぎる人物だ。

 全員が頭を下げ、権一などは、顔が青くなり他の人が頭を上げているのに、ひたすら畳に頭を下げている。


「表を上げい。

 どういう縁が、回りまわってワシに話が回って来ただけである」


 反対の襖が開かれる。

 一之瀬克と、その手下の男三名があちこちに包帯を巻きながら部屋へと入ってきた。

 その姿は堂々とした者で、よっこいしょっとと言うと座布団の上に胡坐をかいた。


「怪我してるから正座はできねえ。かまわねえか」

「かまわん」

「っと、挨拶がまだだったな。

 真獄門組の一之瀬克、このたびは奥方様の頼みで俺達の訴えを聞いて頂きありがとうございました。っと」


 煽るような喋りに、佐久間一二三が眉を潜める。


「妻は関係ない、市中の者が熱心に頼めば真偽をするために場ぐらい設ける!」

「へいへい、そういう事にしと来ましょうかね」


 全員がその関係に気づいた。

 いや、気づくように一之瀬克が喋ったのだ。

 佐久間一二三本人が繋がっているのではなく、佐久間一二三の妻が何か弱みを握られ旦那が出てきたのだ。


「では審議させていただく。

 そのほう、一之瀬克の訴えでは、遊女花野なる人物を金五百両で買った。

 いくら待っても花野が来る気配がない、そこで迎えに行くと、店主権一が雇った侍に怪我をさせられた。間違いはないか?」

「へえ、一つも間違っちゃいねえ」


 直ぐに声を出したい所であるが、唇をぎゅっとしたまま誰も喋らない。


「発言を許可する、権一よ述べよ」

「恐れながら、全くの嘘でございます。

 一之瀬様はまだ数回しか通っていないお客でございまして、花野の身請け所が、金五百両など大金も受け取った事はありません」

「かー、嘘はよくねえなあ」


 横槍をいれてくる一之瀬克に、佐久間一二三は顔で注意するも、悪びれた様子は微塵もない。


「わ、私もそんな約束はしておりません。

 それにこちらの新橋様も私を助けてくれただけで、お店で雇った人ではありません」

「某も悲鳴が聞こえ庭に出ると、こちらの花野が連れさられそうになっている、その場で話が出来る様子ではなかったので当身をさせて貰った」

「って事はなにか? 俺達が嘘をついたっていうのか?」



 そりゃそうでしょうと、蚊帳の外の芳助は思うが口には出さない。

 話は七人で行われていて、芳助の番は来ないからだ。

 佐久間一二三が大声で場を仕切る。


「静まれい!」 


 権一側はもちろん、一之瀬側も流石に黙った。


「双方の言い分はわかった。

 食い違うのは良くある事だ、実はこちらの一之瀬克のほうから証文を預かっておる」


 佐久間一二三は懐から紙を一枚だす。

 全員に見えるように中心に広げると読み上げる。


「八重桜店主権一殿、他諸々込みで金八百両を遊女花野の身請け金として、ここに納めます。

 そして、ここに血印があり、この紙は吉原で発行している紙である事も確認されている」

「そ、そんな……わたくしは、そんな証文し、しりませ……」

「旦那様っ!」


 権一が胸を押さえて倒れこんだ。

 直ぐに両隣が権一を介抱しはじめるが、権一はなんとか手でそれを制する。


「け、みえすいだ仮病かよ」


 その言葉に花野は睨み、立ち上がろうとしたが、権一によって押さえられた。


「佐久間様、本当に知らないのです」

「一之瀬克、この通り八重桜店主権一、それに遊女は知らぬと申しておる。

 物事には間と言うのがある。何か言い分はあるか?」


 簡単に言えば、代わりの案で許してくれないかという事だ。

 心情的には権一に味方をしたいのだろうが、こう偽造されたとはいえ証拠が固まっていると、いくら吟味方と言っても手も足もでない。

 ましてや人質が取られているんだ。

 最低限の助け舟だろう。


「そうだな、花野を使えば上客が集まるとおもったんだが、こう乱暴者な上に醜女しこめなら手に余るな。

 払った金八百両、それに怪我の治療費として百両。あわせて九百両」


 権一の無茶すぎますと、いう呟きを聞いて唇を上げる。


「こっちも鬼じゃねえ、期日は一ヶ月。

 払えねえ場合は八重桜の権利書だ。

 まぁ、どうしても働きたいというのなら花野、お前が俺達の前で裸踊りでもすれば今いる遊女は使ってやってもいいぜ」


 佐久間一二三は、大きく溜め息をつく。

 望まぬ結末であろうがなかろうが、仲裁として話を閉めなければならない。


「では、金九百両があれば全ては無かった事にするという事だな」

「ああ、真獄門組の一之瀬克、二言は無い」

「あいわかった、証人には佐久間一二三がうけたまわる」


 部屋の隅から半紙と墨を取り出すと、今の約束事を紙に書く。

 双方血印を押すようにと、言われ意気揚々と押す一之瀬克、そして、押すしか道はないのだと諭すように権一に言うと、権一も土気色の顔で血印を押した。


 佐久間一二三も、一之瀬克も部屋から帰ると、無言のままの四人だ。

 帰りの合い駕籠が着きましたと言われ、やっとの事で駕籠に乗った。

 

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