人食い鬼の唄
第28話
船を降りた二人は、江戸へと入った。
遭難していた時は、もう江戸でつく事も諦めていた新橋一郎であるが、いざつくと、芳助にお願いをしてくる。
芳助のほうも、目的の琵琶を手に入れれたのは新橋一郎のおかげも多少はある。
その願いを聞き入れ、目的の旅籠屋まで行く事を了承した。
目的の旅籠屋まで距離があり、相談した結果近くの旅籠へと泊まる事になった。
適度な食事と豪華でも無い風呂を堪能すると、布団が用意された部屋へと入る。
小さな部屋に男二人が布団を並べ横になった。
行灯は小さく灯っていた。
一息ついた芳助は新橋一郎へと向き直る。さてと、というと。
「江戸に着きましたけど。もしかしたら座敷童子は消えたかもしれませんね」
と言い出した。
「消えたとは?」
眉をひそめる新橋一郎に、芳助は答える。
「そのままの意味です。
あやかし、お化け、妖怪、別に呼び名は何でもいいんですけど、ああいう者の殆どは自然に現れ自然に消えます」
「そう……なのか?」
芳助は、いくつかの例をだす。
栗お化け、栗に似たあやかしで、人間が栗と間違えて取ろうとすると目が出て叫ぶ。
驚いた人間をみると地面にもぐって姿を消すあやかしだ。
次に、一つ目坊主。
廃寺に知らぬ間に来た高齢の坊さんで何時も片目をつぶっている。
ある日、村で死者がでると、村人にせがまれて経を唱える。
すると自らの体が溶けていく、村人が驚く中も経を読み、読み終わる頃には片目だけが残った骸骨がカタカタと顎骨を鳴らして帰っていく。
そして、翌日には体がもどり寺の掃除をしているのを村人に発見された、特に悪さもしないし経も上げてくれる。
これ幸いと、それからも村人は何度も頼んでいたが、いつの間にか廃寺から居なくなっていた。
話を聞き終わった新橋一郎が深い溜め息をつく。
「しかしだ、あれほど某について来た子が、突然消えるのだろうか?」
「そういう者です、ですから……」
「わかっておる。何も解決しなくても怒りはせぬ、どうせもう寝るだけだ明日またその話をしよう」
もう一度溜め息をつくと新橋一郎は布団をかぶると芳助へ背を向けた。
「いや、手前は何も面倒だから、行っているわけじゃなくてですね」
「大丈夫だ、お主を信じてる」
背を向けたまま、世話になると、小さく言うと寝息を立てた。
芳助も何かを言おうとして、まったくと小さく言うと自分の布団へと横になった。
翌朝、宿を立つと問題の宿へと向かう事になる。
二人は問題の宿の前で途方に暮れた。
正確には宿のあった場所で途方に暮れたのだ。
「ない……」
「ありませんね」
そのままの意味で、旅籠があった場所は更地になっていた。
近くを歩いていた男を呼び止めた。
その男が言うには、先日、小火騒ぎがあり燃えたと、不思議な事に燃えたのは旅籠だけであり、周りの建物は燃えていない、そこの主人は田舎へ帰ったと聞いた。
芳助は念のために、眼鏡をずらして更地を見る。
裸眼で見ても、特に怪しい者は見えなかった、ただ、たまに子狐が見える事から稲荷をまつって居たのだろうぐらいしか、わからない。
「おや、芳助さんじゃないですか?」
突然声をかけられて振り向くと、恰幅が良すぎる男が芳助の名前を呼んでいた。
商人風の男で、芳助の隣に居る新橋一郎も、知り合いか? と尋ねるも芳助も心当たりは無かった。
小さく首をふり。どなたでしょうか? と言うと商人風の恰幅が良すぎる男が笑い出す。
「いやはや、芳助さんも人が悪い。権一ですよ」
「江戸で手前が知っている権一というと、吉原遊郭の主人なんですけど」
「なぬ、お主遊郭なんて行くのか、見かけによらないな」
「仕事です、仕事。
特に何もないですよ」
二人の会話を満足そういうに言うと、恰幅の良すぎる権一はにこやかに笑い出す。
隣にいる新橋一郎へ頭を下げる、自分は芳助さんに大変世話になった者と軽く自己紹介をした。
「わたくしがその権一ですよ、あの時は危ない所をありがとうございました」
驚く芳助に、病気が治りもとの体系に戻ったのだと教えてくれた。
芳助が思い出すだけで、以前の権一と三倍ほど体格が違う。
それでも、思い出話は権一そのもので納得するしかなかった。
「所でこんな空き地を見てどうなされました?」
「いえ……ここの旅籠に用があったのですが、権一さんこそなんでです?」
「わたくしもこの空き地へと興味がありましてね。
立ち話も寒いでしょう、お連れ様も居る事ですから少し早いですがお昼にしましょう。
再会と新たなお付き合いで是非、自分に奢らせてください、座席の店が近くにあるので」
よく出来た男である。
侍と言えと金を持っているほうが少ない、侍の体面を持ち上げお昼を奢る。
相手に気を使わせないように、誘っているのだ。
そのまま近くの小料理屋へと通された。
権一の言うとおり、二階の座敷へ通されて、高そうな膳と熱燗が運ばれてきた。
値段が気になる二人であったが、お互いに聞く事はない。
ささ、どうぞどうぞと言われるままに箸をつけた。
「で、権一さんは空き地に何か立てるんですか?」
「ええ、実は花野を覚えて居ますでしょうか?」
「覚えているも何も」
忘れるわけはありませんよと、言おうとして言葉を止める。
そこまで言うと、まるで自身が花野へ恋をしているような感じになるからだ。
「それは良かった。
年明けには年季を空けさせます、来年の事を言うと鬼が笑うと言いますけど。
一つ主として何かしてやれないかと思いましてね」
小料理屋でも出せるように建物や土地を見て回っているのだと教えてくれた。
新橋一郎が熱燗を飲みながら向き直る。
「吉原の主人というと、極悪非道という印象が多いが、権一殿は優しいのだな」
「いえいえいえ、自分がこうして主人に入れるのも、娘が居てからのこそ。
残念な事に中にはそういう主人も居ますが、材木問屋の弟の権ノ次にも酸っぱく言っています」
で、旅籠に用があったとはなんでしょう? と尋ねてきた。
新橋一郎は言おうか迷う。
一般人に、旅の連れである座敷童子が突然消えたと言えば、いくら侍の言葉としても気が狂ってると思われるだろう。
考えをよそに、横にいる芳助が喋りだす。
「実は、あの旅館で新橋さんの連れである座敷童子が消えまして」
その言葉で、新橋一郎が思わず咳き込む。
「おいっ」
「座敷童子ですか、たしか福をもたらすあやかしと聞いています。
なるほどなるほどでは、新橋様も芳助さんに助けられましたか、自分もその口でして」
権一は自分に起きた事を軽く説明した。
その事件に驚き、新橋も自身に起きた事を話し出す。
芳助は二人のああでもない、こうでもないを聞きながら、手尺で酒を飲んだ。
気づけば部屋から見える空は茜色をしていた。
冬の空は暗くなるのか早い、一通り話が終わった後に、権一が手を叩く。
「では、部屋を用意しましょう。
新橋様も芳助さんも宿が決まっていない様子」
「確かに、今晩は無くなった宿に泊まる予定だったからな」
「いえいえ、では駕籠を用意しますので」
では、と腰を上げて部屋から出て行った。
芳助と新橋一郎は顔を見合わせる、てっきりここで、もしくはこの近くの宿と思ったからだ。
駕籠で移動するほどの距離とは思ってもいない。
断ろうにも、権一は既に部屋から出て行った。
直ぐに豪華な駕籠は三丁ほど飯屋へとつけられた。
「さあどうぞ」
そういうと権一は手前の豪華な駕籠へと乗る。
あまりにも豪華で見物人がちらほらと足を止めだした。
貧乏そうな侍と、これまた胡散臭い旅人姿の芳助を見ているのだ。
場違いと。
「新橋さん、こういうのは気にしたら負けです」
芳助は三番目の駕籠に乗り込んだ。
あんな立派な駕籠にのるたぁ、残った侍はどこかの殿様か? など声が聞こえてきた。
顔を赤くした新橋一郎も、慌てて豪華な駕籠に乗り込んだ。
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