第27話

 伝助の話によると、この海坊主。日に何度も襲ってくるらしく、田畑を壊し作物を食う。

 飽き足らないのか同族を食い海に帰っていく。

 木の棒で叩いた程度では死なないらしく、暇を見ては人魚の琵琶で散っていくのだそうな。


「まて、伝助が消えてまだ一日だ。

 数日とは一体」

「自分がこの家に来てから既に五日はたっています」


 二人の間に時間の差がある、芳助は現実の世界よりもこちらの時間が早く経っているのでしょうと、教えてくれた。

 こちらで数ヶ月日過ごしても現実では数時間から数日で済むのでは。と、伝えた。



「それは助かる」

「逆に言えば、その分寿命が早く進むんですけどね」

「そ、そうか。それは困るな」


 

 小屋の中では芳助が腕を組んで考え込んでいる。

 ぶつぶつと何かを呟く姿は様になる所が、少し不気味であった。

 突然に顔を上げると新橋一郎と、伝助へ顔を向ける。


「お二人とも、煙草は吸いますか?」

「考えがまとまらないのか? 煙草は御法度だし吸うた事はない」


 最近南蛮から入ってきた煙草と言う物。

 主に葉を細かく刻むと、専用の煙管などで吸う物だ。

 最近では至る所で小火騒ぎがおき表向きは禁止されている。

 

「いえ海坊主、海入道と色々呼び名はあるんですけど、煙が弱点なのです。

 特に煙草などの強い匂いのが良いらしく、幸いここは念じればある程度の事は出来そうなので、煙草の煙が欲しいのです。よく言うじゃないですか、図体のでかい奴は煙に巻けって」


 一瞬芳助と、図体が大きい新橋一郎が見つめ合ったまま時間が止まる。

 

「お主まさか……」


 新橋一郎の目線を避け、

「さてっ、お二人とも煙草は吸わない。

 人魚である、そういえば人魚さんのお名前はあるんですか?」

 と話題を変えた。


 人魚は黙って首を振る。

 新橋一郎がそれを聞いて驚いた声を出した。

 すっかり話題を変えられた事に気づかずに、伝助へ振り向く。

 なぜ人魚に名前が無いのかを問い詰めた。


「伝助、好きな女性ならなぜ名前も知らぬ。

 いや、名が無いのならなぜつけようとしないのだ」

「恥ずかしながら自分がつけていいのか迷いまして」

「そういえば新橋さんは、座敷童子に名前をつけていましたっけ」

「な、そ、そうだな。つけたと言うかまぁそうなんだろう」


 慌てる新橋一郎をよそに芳助は、伝助へと向き直る。


「夫婦になるのであれば名はあった方がいいですね。

 名を着ける事により、個としての縁が出来ます。

 伝助さんだって、周りに船乗りとまとめて言われるよりは、名前のほうがいいでしょう」

「確かに……」

「なるほど、お主もまともな事を言うのだな」

「いつもまともな事しか言わないですけど。

 さて、名前は後で伝助さんに考えて貰うとして、煙は……」


 仕方がありませんと、芳助は土間にあった石ころを一つ手に取る。

 周りが見ている間に石が段々と黒く変わっていった。

 やりどけた顔をすると二人に黒石を見せた。


「なんだこれは」

「石炭というやつです、よく燃えて黒煙をだす石ですね」


 別名は、燃石など呼ばれており、薪の代わりに使う所もあった。

 炭に近く一度燃えれば薪の数十倍燃え続けるという。


「これを大きなかまどにでも入れて出た煙を扇ぐのです」

「ふむふむ、で二度とこの場所には来ないのだな」

「いいえ、恐らく親方的なのがくるので、新橋さんが斬って貰えれば」

「失敗したらどうする?」

「後の事を考えていけません、後悔しますよ」


 どこかで誰かか言っていた台詞を言うと、新橋一郎の顔が曇る。

 新橋一郎は斬ればいいんだな、斬ればっ。すこし自棄になって言うと伝助もお願いしますと頭を下げた。



 

 一方、無人島の浜辺では三四郎が決断を迫られていた。

 実はこの三四郎、見張りなどをしていたが伝助の次に偉く、今は腕を組んで考え込んでいる。

 伝助も見つからないのに、客人である新橋一郎と芳助も行方不明になったかだ。


 今では人食い島じゃないかと、他の船員が怯え始めている。

 見捨てて出向をするか、もう少し待つかと船員達は揺れ動いているのだ。

 結局一晩待ってくれと言って、夜の浜辺で火の番をしていた。


「あーどうしたらいいべ……このまま帰ってこなかったら。

 船を出すべきか、留まるべきなのかっべ。よし決めた出向するべ」

「それは困る」


 突然背後から聞こえた声に、三四郎は飛び上がった。

 腰が抜けそうになりながらも慌てて振り向くと、新橋一郎と芳助が立っていた。


「し、新橋様に、芳助さんっ!?」

「久しいな」

「久しいって二日ですで、二日……こったら小さい島の何所に居たんで」

「遭難した」

「はぁ……」


 新橋一郎は懐から印籠を三四郎に手渡した。

 見覚えがあるらしく、印籠と二人を交互にみる。


「残念な事に、伝助は熊に食われて居た。

 何とか形見だけでもなと」

「く、くま」


 隣に居た嬉しそうな顔の芳助が、三四郎へと忠告をする。

「人の味を覚えた熊というのは、やはり人を狙って襲います。

 速やかに船を出した方がいいでしょう」

「しかし、そっだらだったら責めて遺骨を」

「ならんっ!」


 新橋一郎が怒鳴ると、一歩森に踏み出そうとした三四郎を止めた。


「その、なんだ。

 ここに戻ってくる途中でも数体斬って来た。

 残念な事に手負いにしてしまい、いつ襲われるかわからん」

「だったら大変だべ、直ぐに皆と」


 三人は船に戻ると、今の事を説明した。

 船員は、伝助の死を悲しみ、戻ってきた二人には泣いて喜んだ。

 暗闇の森から大きな獣の声が聞こえると、鳥達が一斉に羽ばたく。


 船員が三四郎を見ていた。

 三四郎が思わず出向! と叫ぶと他の船員は一斉に動き出した。

 新橋一郎と芳助は、今日は休んでくださいと客室へと戻される。

 狭い客室の中へ入ると引き戸を閉める。


「いやー良かったですね」

「何が、良かったですねだ。

 お主の言うとおりに行動した結果、親玉よりも上の海の主まで現れたじゃないか」

「あれは手前に言われても、それにしても斬ってかかったのは見事です、海の主も人間にしては良くやると褒めていたじゃないですか」


 そう、作戦は半分は成功した。

 黒煙で海坊主を追い払い、それでも来る海坊主を退治すると、大きな海坊主が現れた。

 それでも、斬っても斬っても復活する相手を倒していると、もっと大きい、自称海の主と呼ばれる者まで出てきたのだ。



 一人暮らす人魚の海に人間が襲ってきたと勘違いして、また人騒動。

 人間の言葉を理解する海の主は、伝助達に試練を与え、見事打ち破ったのだ。

 結果四十五日程度という時間を伝助のいる別の世界で過ごした。


「にしても疲れた、寝る」

「そうですね、それでは手前も」


 狭い客室で背中合わせになって寝る。

 二人が目をつぶったと思った時、客室の引き戸が開かれた。

 まぶしさの余り二人は目を細めると、立派な服を着た三四郎が立っている。


「新橋様に、芳助さん。

 江戸が見えてきましたっべ、いやー案外早い物っすな。

 僅か六日でくるたあ、がんばったかいがありましたべさ。

 あれ、二人とも変な顔してどうしました?」

「いや……三四郎か?」

「あい、船長の三四郎でさ、もしかして寝ぼけてます?」


 二人は、甲板の上で握り飯を食う。

 伝助という人物は最初から居なく、そして、遭難もしていないという結果だけが残った。

 日数も予定していた六日しか経っていない。


 ただ違うのは、芳助の背には琵琶が一本増え、三四郎の腰には伝助の形見である印籠が着けられていた、船を降りる前に伝助の事を尋ねてみたが、誰一人伝助の事は覚えていなかった。


「なんとも……」

「まさに竜宮城、いえ竜宮島と言った所でしょうか、もてなしを受けた手前達以外の記憶が無い。

 いや、記憶所じゃなくて時間さえもなくなっている」

「伝助とは本当に……」

「ええ、居ましたよ。手前の琵琶と三四郎さんの腰の印籠。

 いいじゃありませんか、今頃はどこかの島で平和に暮らしていますよ」

「そうか……そう思うとしよう」


 二人は江戸の地を踏むとそう会話した。

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