第25話
浜辺で焚き火をし、一夜を明けた。
船組も集まって朝食を取る、島全体の気候は過ごしやすく暑くもなければ寒くも無い。
今日は船員が鳥を仕留めたので久々に肉食だ。
「ここまで煙を上げても誰も来ないと言う事は人は住んでないのかもしれなんな」
船員が新橋一郎の言葉に頷き始める。
「だからと言って、伝助を探さないわけには行かないだろう。
今日は某と芳助が行こう」
「え?」
芳助は飲んでいた茶を置いて驚くと、慌てて頷く。
「そうですね、そうしましょうか」
(気を使ってくれたのでしょうし、面倒ですけど探しますか)
食事も終え、新橋一郎は刀を二本腰に差す。
その他の道具は芳助が担ぐ事になり歩き出した。
昨夜のうちに踏み鳴らした道を暫く歩く。
「ふむ、伝助が入った様子はなさそうだな……」
「そうですねっとっとっと」
芳助は何も無い場所で転びそうになる、前を歩いていた新橋一郎がその腕を掴み転ぶのを抑えた。
「っと、ありがとうございます」
「なに、それよりも眼鏡が落ちたぞ」
「そうですね」
「お主目は悪いのか?」
「いえ、そこまでは……あれ。
新橋さんこっちに道がありますよ?」
芳助は顔を上げて指を差す。
芳助からは綺麗に踏み鳴らした道が見えたのだ、その奥には柵らしき人工物も見えた。
にもかかわらず、新橋一郎の答えは真逆の答えが返ってきた。
「どこだ?」
「どこって……いえ、気のせいでした」
立ち上がった芳助は、手足をぱっぱと払うと歩き出そうとする。
「待て」
「なんでしょう」
「お主何を隠している」
「別に何も隠してはいませんけど」
「言ったではないか、道が見えると」
「ですから気のせいでしたと……」
新橋一郎は溜め息をつくと、芳助が先ほど道が見えたと言った所に立った。
腰を落として刀の柄を握る。
「あの、何を?」
「坂口様曰く、某の剣は筋がいいと褒めてくださった。
そして、本来の侍とは、その一刀は魔を払うとも効く」
言葉を止めた新橋一郎が、何も無い場所を切るというのもおかしな話であるが、何も無い空間を切った。
真横に一閃、そして返す力で縦に一閃、十字切りと言う奴だ。
「おや。新橋さん腕を上げましたね」
「戯れ事を、これは何と説明する」
何も無い空間に十字の傷が出き、その奥には踏みなれた道が見えた。
「道ですね」
「道ですね、じゃないっ。なぜ黙っておく。
前々から思っていたが、お主普段から何かを見ているな」
「ほう、侍で食えなくなったら易者でもなったらいいと思います」
戯れ事を、二回目の文句を言うと十字の傷の向こう側へと頭を入れた。
横からみると突然に頭が消えたように見える。
「あの、いくんで?」
「伝助が捕らわれているかもしれぬ、行かないわけにはいかんだろう」
当然のような顔で振り返る。
芳助にとっては伝助は助けてはあげたいが、自分の命を懸けるような相手ではないのは確かだ。
「もしかしたら化け物がいて死ぬかもしれないのに?」
「来たく無いなら来なくていい、某は一人でも行く。
後悔はもうしたくないのでな」
芳助を置いて一人、異質な空間へと入った。
振り返り、新橋一郎は自らと芳助へ言い聞かせるように言うと、目の前で十字の出入り口が閉じた。
「来なかったか……」
新橋一郎は顔を歪める。
芳助との付き合いは短いか、短いなりに理解してるつもりだった。
本当に人が困った時には動く男だと、思っていたからだ。
とはいえ無理強いは出来ないし、しようとも思わなかった、それでは他の侍と同じだ。
息を大きく吸い溜め息ついた時、とつじょ頭だけの芳助が現れた。
あまりの事に一歩下った新橋一郎は、そのまま尻餅を着く。
「ななな首がっ」
そのまま芳助の体ものっそりと出てくる。
「入り口は消えたはずだ……」
「消えたはずといいますが、考えても見てください。
手前は見えていたんです、新橋さんが行ったのは入り口を見る事だけです」
「入り口を見るだけ……?」
そう、芳助は道は見えていたんだしそこに一歩踏み込めばそれで終わる。
一方の新橋一郎は……。
「それでは、
思わず呟く新橋一郎に、つられて芳助も黙り込む。
暫く黙り込んだ後に前を向いた。
「さて、気乗りはしませんが行きましょうか」
「あ、おいっ!」
すたすたと芳助が歩くと、慌てて新橋一郎もその後についていく。
風景は森の中から一転して長閑な田園地帯に見えた。
稲が実り収穫を待ち構えている、二人の前にトンボが横切ると直ぐに飛んで行き小さくなる。
「お主と会った羽前の国に似てるな。
こういう道を抜け、坂道があり庄屋の家が……」
思わずその口が止まる、坂道がありその上には庄屋の家があったからだ。
「馬鹿な……」
「ふーむ」
新橋一郎が立ち止まるので、芳助も立ち止まる。
芳助は近くにある草を無造作にちぎると口に入れた。
口にいれた草を飲み込む。
「新橋さん凄いですよ。
この草なんと
「馬鹿なっ、気でも狂ったのか」
「いいですから、目を閉じて食べてみてくださいって、絶対に沢庵の味がします。
よくかんでください、途中で草の味から沢庵の味に変わるのですっ」
押し切られて目を閉じ草を食べ始める。
芳助が黙ってみていると、口を動かした後に草を飲み込んだ。
そして目を見開き芳助へと向く。
「馬鹿な、沢庵の味がする!」
驚く新橋一郎に、やっぱりかと言う顔で芳助が喋りだした。
「そうですか、自分には草はやはり、草でした。
とはいえ、新橋さんが沢庵の味がしたと言う事は、この場所は人の意思が強く出る場所なんでしょう
強い思いが反映されるという場所です」
「…………お主」
「なんでしょう?」
「なんでもない、で、わかったのは助かるが、その話が本当なら不味いのではないか?
某は庄屋の家を思い出し、その、鬼をも思い出した」
「その辺は大丈夫でしょう、規律が無いような場所であっても規律はあります。
世界その物を壊すような事は起きないはずです。
いるかはわかりませんか伝助さんを探しましょうか」
二人は念のために庄屋の家へと向かった。
家の中はがらんとしており生活感が何も無い。
小高い丘にあり村全体が見渡せるからだ、知っている村とは違い直ぐ近くには海が見え、さらには小屋も見える。
遠目ではあるが、男女らしい人影が動いている。
女のほうが庄屋の家のほうを向くと、男のほうが振り向き小屋へと入っていった。
「あれは」
「伝助さんですね」
「やはりそうか」
「ひとまず行ってみましょう」
二人は頷くと、坂道をゆっくりと下り始めた。
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