第24話
遭難してから既に十日は経っていた。
最初の数日は船員同士の喧嘩も目立っていたが、今は一丸となって生活をしている。
天候は、嵐は無くても雨も適度に降り、水の問題はない。その他の食料も江戸に運ぶために積んでいたのを崩して食べている。
芳助は客室から出ると、おはようございますと声をかけられた。
芳助より背の低い男で、名は
船員の一人で手先が器用な男だ、遭難した日に見張りについていた者の一人であり腰が低い。ゆくゆくは船長になりたいと、芳助達に語っていた。
「三四郎さん、おはようございます」
「へえっ。新橋様はあっちにおります」
見ると新橋一郎は一人で木刀を振っている、体が訛るのでなと最近の日課だ。
芳助の顔をみると、軽く手を上げてくる。
「おはようございます新橋さん」
「少し顔色が悪いようだが」
「新橋さんは日に焼けましたね」
「こう暑いとな……どれ食事の時間が近いだろう」
芳助は新橋一郎と共に甲板を歩く。
既に他の船員と伝助が待っていた、みなの結束を高めるためと上下関係無く食事をしているのだ。
今この場所では、侍も船長も船員も身分は関係ない。
食べ終わると半分は仕事、半分は休みという形で過ごす事になる。
「では、皆様今日も一日よろしくお願いします」
伝助の号令でそれぞれが動く、芳助と新橋一郎は今日は船から何か発見出来ないかを見張る仕事だ。
もちろん、釣りをしながらである。
「芳助よ」
「なんでしょう? 何か釣れました?」
「いや……昨夜の話はどうおもう」
「伝助さんの話ですよね」
「ああ」
と、言うのは夜寝る前に伝助が二人に話しがあると部屋に来た。
妙に神妙な顔で相談した話は、毎夜女性の夢を見るのだそうな。
男だから、そういう夢もあるだろうと、笑い飛ばそうとした新橋一郎であるが、そうではなかった。
夢の中で見知らぬ浜辺に女性がいる。
その女性は琵琶を持っておりベンベンベベンと奏でている。
顔は美しく髪は銀色、青い瞳をしており静かに微笑む。
夢でしか会った事ないの無い異国の女性、しかし懐かしさも覚え伝助は一歩、また一歩と進みだす。
でも女性目掛けて歩こうとすると、女性は黙って首を振って拒否をするのだと言う。
もしかしたら、この遭難は自分が招いた事ではないかと、相談しに来たのだ。
「昨夜も言いましたけど、可能性は無いわけじゃないと思いますよ。
魅入られると言う言葉があるぐらいですし」
「魅入られるか……坂口様も魅入られたのだろうか」
坂口様というのは、新橋一郎の妻子を奪った男で敵討ちの相手でもある。
鬼となり複数の死傷者を出し消えていった男。
そんな男を今でも様をつけて呼ぶのは如何な物かと思うが、芳助は何も言わない。
それよりも、疑問のほうを投げかける。
「魅入られていたら許すんですか?」
「っ…………いや、某にもわからん。
しかし、以前のように見つけ次第斬ると言う事はできんかもしれぬ」
「では、見つからない事を祈りますか」
「何?」
垂らした釣り糸を引き上げ新橋一郎は芳助を見る。
芳助は小魚を釣って次の餌へと付け替えている途中だ。
「だって、見つからなかったら悩む事もありません」
「しかし、見つからないと敵討ちは終わらん」
「先日もう敵討ちは諦めと言っていたじゃないですか」
「…………お主のような人を食った奴に話しかけたのが、そもそもの間違いだった」
新橋一郎は、ぷいっと横を向く。
「それは無いでしょうに、手前は頼られて来て船に乗ったのに」
「それについては謝ろう」
「っと、そこまで気にしてませんので、それより引いてますよ」
「なぬっ!」
新橋一郎は慌てて竿を引く、かなりの大物らしく必死に力をいれるも糸が切れた。
「むうう、今のは大きかったぞ」
釣り上げなきゃ意味が無いですねぇと、芳助は呟く。
聞こえているはずの新橋一郎は、それを無視すると二投目を投げ入れた。
芳助が釣り糸を垂らしながらうつらうつらし始める。
暖かい陽気で眠くなってくるのだ。
何度目かの首をカクっと落とした所で突然肩を揺らされた。
「おや、また糸でも切れたんですか?」
「違うっ。あれが見えるか?」
震える声で喋ると遠くを指差した。
芳助も眼鏡の位置を直しつつ細目になった。
薄っすらであるが黒い影が見えた。
「陸地ですね……でも、恐らくは」
「わかっておる、江戸ではないだろう。
す、すぐに伝助へと知らせてくる」
新橋一郎が走ると、芳助はなおも目を細くした。
小さな島だ。
白い砂浜が見え、背後には森らしき物がみえる。
後は小高い丘がみえるだけでその背後には何も見えない。
「魅入られましたかね……」
誰に言う事でもなく呟く。
島の近くまで船を付け作戦会議が始まった。
甲板の上に集まると、それぞれの意見を言う。
直ぐにでも上陸しようと言う声が多い中、伝助だけが反対を唱えていた。
「何かあるかわかりません。
上陸するのは一晩空けてからにしましょう」
最もな意見で、全員がそれに従った。
船の上から見る島には人影が感じられなかった。
時折動物の声と、鳥が飛んでは消えていく。
結局は数人の見張りを置いてそれぞれ就寝する事になった。
明け方に客室の扉が突然開かれた、芳助は欠伸をしながら目を覚ます。
新橋一郎のほうをみると、手に刀を持って突然の来訪者に警戒をしていた。
「き、斬らないでくだせえっ。三四郎べさ」
「なんだ、三四郎か」
「新橋様に、芳助さん。
伝助様が居なくなっただ」
「何っ!?」
三人は甲板に出ると、既に他の船員は集まっていた。
どれもこれも不安な顔でいっぱいである。
三四郎や他の船員の話を複合すると、本当に気づいたら居なかった。
もちろん、夜の見張りはいる、その見張りも伝助の姿は見ていない、夕食後から今朝になる間に忽然と消えたのだ。
船から下りた形跡もなし、食料や水も減っていない。
となると、やはりどうにかして一人で島に行ったというのか全員が思う考えだ。
「お侍様どうしたらええだ」
「某に言われてもな……芳助お前はどう思う」
「それこそ、手前に言われても。
そうだっ、最初から居なかったというのは」
全員が真顔になる、新橋一郎がゴホンと咳払いをすると、話を戻す。
「芳助なりの冗談だ」
「手前は、痛っ。
もう叩かないで下さいな、そうですね冗談です」
「島に降りるしかあるまい、何かあるかわからぬゆえまとまって動くべし。
異国の人間に出会ったらならまずは逃げろ」
他の全員が頷く。
結局夕方になっても伝助は帰ってこなかった。
芳助達は船に半分、浜辺に半分と人数を割り手探りで島を探索した。
先行した三四郎達が森から帰ってくると首を振る。
「思ったよりも森が深いだあ」
「そうか、ご苦労だったな先ずは飯にしよう」
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