第22話

 芳助と新橋一郎は、船長室へと招かれた。

 揺れる船体の上で握り飯と魚、茶を貰う。


「かたじけない」

「いえいえ、船の上と言う事で粗末な物で申し訳ない」

「食べれればなんでも」


 二人の態度に安堵した伝助は茶を飲むと一息をついた。


「こちらこそお侍様とご一緒にさせてもらい恐縮です」

「なんの、侍と言っても浪人みたいなもの……そう、浪人になろうと思っておる」

「それはまた……」


 新橋一郎の告白に、伝助は少し目を丸くする。

 侍というのは成りたくても簡単には成れない者で、辞めたいからといって簡単に辞める様な者ではない。

 場合によっては打ち首という事もある。

 そんな大事な事を、この場所でいうので驚いたのだ。


「ま、まぁここは船の上です。

 江戸に着くまでに、色々考えも変わりましょう……」


 慌てる伝助に、気にしない芳助が疑問を口にする。


「着くまで……所で新橋様。

 船よりも陸路のほうが早かったのでは?」

「様はよせ、お主に言われると馬鹿にされてる気分だ」

「はぁ……」


 伝助は、会話に入るように、ごほんと咳払いをする。


「そうお思いでしょう、いえ、実際は船のほうがかかる場合もあります」


 船のより陸路のほうが早かったら乗った意味が無い。

 陸路のほうが早い、そうであれば意味が無いはずなのに新橋一郎も伝助も焦った様子は無かった。

 伝助が続きを話し出す。


「ですが、今回は実験的に速さを重視してます。

 東海道で行くと関所やら峠やら、なんだかんだで数十日以上、日数と金が掛かりますゆえ」

「なるほど」

「見た目は小船ですが、大船に乗ったと御思い下さい。

 お二人には客室がありますので、それでご相談なんですが……」


 伝助が芳助へを見る。

(おや? 新橋様、いや新橋さんとお呼びしましょうか、それではなく手前に相談とは、やはり船代の事ですよね、多少は持っていますし、幾らなんでしょうねぇ)


「こう船の上、娯楽がありません。その見かけた所、琵琶を演奏する人と見受けました、その一曲弾いてもらえないでしょうか」

「こういっちゃなんですが、手前は下手ですよ?」


 それでなくても、最近は師の演奏を聞いたばかり、ゆえに余り弾く気にはならなかった。

 隣にいる新橋一郎が、大きく咳払いをする。


「他の者は下手というか、味わいのある弾き手と思う。

 某も少し聞きたい。どうだ、そのお礼もがてら弾くと言うのは」

「……それもそうですね、船代も払ってませんし、ではそれでよければ」

「ちゃっかりした奴だ」


 新橋一郎が、呆れた声を出すと芳助が立ち上がる。

 直ぐに弾くらしい。

 甲板は静かで夜空には既に月が輝いている。

 船の先端へと行くと琵琶を片手に座り込んだ。


 ベン。


 ベベン。


 特にかぶせる唄は無い。

 何気なしに手が動くまま、思うがままに静かに奏でた、ひとしきり演奏した後に息を吐く。

 芳助自身も割りと納得する弾きだった。


 背後から近づ気配で振りかえった、関心した新橋が芳助へと拍手をする。


「腕を上げたか?」

「いやはや、どうでしょうね」

(新橋さんは褒めてくださるけど、やはり下手でしたかね)


 新橋一郎の横にいる伝助。

 その顔はなぜか青い。


「どうした、伝助。

 こやつの琵琶は中々の物と思うが、下手であったのか?」

「い、いえ……芳助さんは、その土御門家に縁がある方でしたよね」


 確認するように伝助は言う。

 芳助のほうは露骨に嫌な顔をした。

 新橋一郎は芳助の珍しい一面を見て少し関心した後に声をかける。


「顔に出ているぞ」

「っと、失礼」


 正式には土御門家の人間ではない、そこと協力関係にある鬼を師に持っているだけで、芳助には何もない。

 何もないのに、たまに関係者とくると権力にすがろうと寄って来る人間が居る。

 今度は伝助の表情が切り替わる、慌てて二人に謝りだした。



「い、いえ。何も土御門家と関係を持とうとかではありません。

 ご無礼を」

「では……?」

「あ、もしかしたら、そう思っていたのかも知りません、その今の曲を聴いて驚いたのです」


 新橋一郎は芳助を見る。

 芳助のほうは二人に頭を振って見せた。


「曲といっても、指が動くままに弾いただけです」

「で、では……曲ではないと?」

「どうでしょうか、唄を入れて弾く曲ではないのは確かです。

 もう一度弾けと言われても手前には無理でしょう」

「その、なんていいましょうか夢に出てきた曲と同じで……」


 伝助の顔はさらに青ざめている。

 新橋一郎が、ここで話すよりも部屋で話そうと先導し、船長室へと二人を促した。

 

 部屋には戻ったが、船長しての仕事があるのだろう。

 他の船員が行ったり来たりと報告に来る。落ち着くまでには暫くの時間かかかった。


「で、伝助殿、夢とは?」

「妙な夢でして、見た事も無い浜辺に女性が一人……その女性は琵琶を弾いており、なんというのでしょう誘われているような。

 一歩、また一歩と浜辺を歩くのですが一向に近づかない。

 そのうちに女性がこちらに気づき微笑むのです、そこで目が覚めるのです」 


 話が終わったのか、茶を飲んで答えを待つ。

 新橋一郎が眉をひそめて芳助のほうを見た。


「何かわからぬか?」

「あの、その話だけで何かわかるのなら、占い師か何かになっています……御札貼ってみますか?」


 芳助は胸元から紙で出来た札を取り出した。

 白い布に巻かれており何やら対魔と書かれていた。


「こ、これは」

「気休めかもしれませんか、張らないよりはいいでしょう」

「ありがとうございます。

 しかし、その、悪い者にも見えなかったんですよね……」

「じゃぁ、辞めましょう」


 伝助に渡そうとした札を引っ込めると、席を立とうとする。

 呆気にとられた伝助をよそに、新橋一郎がゴホンと大きく咳払いをした。


「意地悪をするな」

「いえ、別に意地悪ではなく」

「そ、そうですよ。いります、いりますよ」




 伝助に札を渡し、今度こそ客室へと戻った。

 布団がつんであり適当に寝ろという奴だろう。


「それでは、こちらも寝かせて貰いましょう」


 二人はせっせと布団の用意をした。

 狭い客室には布団を二つしいたら足の踏み場も無かった。

 ここはまだ良い方で、他の船員は交代で雑魚寝らしい。


「そうだな、それにしても……あやかしに驚かないとおもうたら、かの陰陽師と接点があったとはな。あの時に知っていれば、回りの待遇も違っただろうに」

「基本家とは関係ありませんからねぇ。

 新橋様、いえ新橋さんもお家の事を聞かれるのは嫌でしょうに」

「たしかに、すまぬな」


 布団の上で胡坐を書いていた新橋一郎は、素直に芳助へと頭を下げた。

 驚いた芳助は慌てて手を振る。


「そんな下げなくてもっ」

「これは、某が芳助を下に見ていた分と、勝手に連れて来た事に対する侘びもある。

 それに一度しか下げん、受け取ってくれ」

「はぁ、では」

(ここで小判のほうが嬉しいですねとは、流石に言えないですね)


 新橋一郎が頭を上げると、思いついたような顔になった。


「芳助、先ほどの札、某にもくれまいか? いや貴重な札なのだろう金は払う」

「別にいいですけど」

「以前のようなあやかしが出た時に、使いたい」


 鬼や悪霊が出たら札を使って力をよわせて、斬りたいと言っているのだ。

 芳助は数枚の札を手渡した後に口を開く。


「別に何枚でもいいですけど、効かないと思いますよ」

「なぬ? お主は先ほど伝助に、渡したではないか?」

「ええ、ですから気休めと最初に……」



 二人の間に微妙な空気が流れる。

 新橋一郎が念を押して確認し始める。


「悪霊退治には効かんのか?」

「手前が遊び半分で書いた物ですので、あれ……返してくれるんですか?」

「少しでもお主を見直した某が馬鹿みたいだ。寝るっ!」


 新橋一郎は芳助へ背中を向けて横になる。

 法助のほうも背中を向けて横になった。

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