第21話

 駕籠が止まると、芳助は外に出された。一緒に乗っていた新橋一郎は辺りを見回すと海に向かって走り出した。

 場所は港で、潮風が芳助の鼻を刺激する。


「芳助、こっちだ!」


 新橋一郎は小船の前に立っており、芳助へと早く来いとせがんで来る。

 その小船の前で船頭が二人を大きな目で見ていた。

 芳助が近くに行くと、船頭は遠慮しがちに喋る。


「ありゃ、お侍様。探し人はみつかったんで?」

「ああ、居た。居たから連れて来た」

「こねえと思って、船はいっちまっただ……」


 どうやら、ろくに説明もしないまま芳助を江戸まで行かせる気であったのを芳助は知った。いまは、その船が出た後というのも話しぶりから理解した。


 絶望する新橋一郎に、船頭はきにするでねえと、返事をした。


「なに、この船で行けばええで」

「まさかと思いますが、こんな小船で江戸へ?」


 思わず芳助が言うのもわかる。

 小船には大人が五人も乗れば満席だ。

 漁をする船だってもう少ししっかりしている。


 芳助の言葉を聴いていた船頭が笑う。

「さすがにねえよ。ほれ、あっちにある廻船があろう、今年から和泉国にいるえれえ人が、こっちにあるのを江戸に送るって事で、まだ三回目だ。追いつければ乗せてくれるだろね」


 遠くにその船は浮かんでいた。

 その大きさは、芳助の想像を超えるもので何十人の人間が動いているがわかる。

 大きな帆を開くための柱が、船の後方につけられていた。

 

 さらに、ほれあそこを見ろと、言われたので見てみると、梯子が掛けられていた。

 合図しますんでと、船頭は煙の出る棒を振り回す。

 廻船のほうでも、合図が返ってきた。


「もう積荷はつんであるさかい、行きましょう」


 小船で近くまで運んで貰い、梯子を使う。

 先に行けと、新橋に急かされて梯子を上る。

(晴嵐には黙ってきたけど……、まぁいいでしょう。旅費もあるし、江戸で手紙でも出せば)


 二人が船上に乗ると、小船は船頭を乗せて帰っていった。

 二人の前に直ぐに小太りの男が寄って来た、人の良さそうな顔で腹が出た男。


「これはこれは、先に出てしまいました。船長の伝助でんすけと申します」

「造作をかける」

「なんのなんの、間に合って良かったです」


 芳助も、自らを流しの琵琶弾きと紹介すると、伝助は何度も頷いた。

 船の旅になるので、船長の命令は守って貰いたい、水は貴重なので一日何杯までなど、細かい話を伝えていく。

 全て終わる事には既に京の町並みは見えなくなっていた。


 

 基本自由に過ごして構わないといわれた二人は、潮風を受けながら海を眺めていた。

 新橋一郎が、落ち着いたのか芳助に話しかけてきた。

 

 時間はあれど今回の頼みを何も聞いてないのだ。

 駕籠の中では新橋一郎はそわそわしていて、芳助が何を聞いても、ああ……や、軽く頷くぐらいしかしなかったからである。


「お主……その、妖怪は信じるのだろう?」

「まぁ人よりは。

 お侍様は確かそうでもなかった……はずですよね」

「どこから話していいか……信じられない話かもしれない。

 いや、信じられないからお主に話すのだ」


 新橋一郎は、芳助と別れてからの事を話し出した。

 最初の異変は飯屋での事だったらしい。

 一人ではいると、茶が二つ出て来る事が多くなる、そのうちに宿に入ると小さい連れはどこに行きましたか? と、聞かれるようになってきたと言う。


(あー……、新橋様が名を付けた座敷童子ですかね。

 名を付けた事によって力が増したとか……ですかね)


「その、なんていうかな……。

 某にも見える様になってきた」


 芳助は新橋一郎の周りを確認する。

 そういえば、先ほどから座敷童子の姿見えない。

 もとより人に付くあやかしだ、新橋の傍を離れたのだろうと思った。


「でも、今は居ませんよね?」


 芳助が言うと、苦虫を潰した顔になった。


「最後まで聞け」

「はぁ……」

「江戸に着いた頃だ。

 何時もどおり旅籠に泊まると、某の横に娘がいる。

 娘と言うのは某が最近見た娘だ。

 小さな子でな口はきかないか某の服を掴んでいた。

 どうおもう?」


 話を降られて芳助は考え込む。

(どう思うと言われても、どうも思いませんと言うと、怒られる奴ですよね……)


 悩んだ末に、

「可愛いでしょうねぇ」

 とだけ答えた。


 新橋一郎は、そうだろうと頷く。


「しかし……浚われたのだ」

「はい?」


 思わず芳助は聞き返す。

 あやかしを浚う。


「目が覚めると、茜の姿が見えないのだ」

「姿を消しているとかではない……ですよね」

「うむ……、宿の主人に聞いても知らぬといい、その番屋にも駆け込んだ。

 しかし……」


 江戸での行方不明は割りと多い。

 特に子供となると数も増える、そのため番屋などに知らせ探して貰うのだが……。


「関係ですよね」

「そうだ……番屋に駆け込んだはいいが、子でもなければ親でもない。

 敵討ちの旅に子連れもおかしい……」

「でも良かったじゃありませんか、新橋様はそういうあやかしがお嫌い、幼女とはいえあやかしです。居なくなってほっとしたのでは?」


 険しい顔が、益々険しくなる。

 なんなら腰に着けている刀を握っていた。


「侮辱するきかっ!」


 叫ぶので、仕事をしている船員が手を止めて二人を見た。

 そして、何も喧嘩が始まらないのを確認して、それぞれの作業へと戻っていく。


「すまん……もしもだ。

 某が名を付け、某の前にでたあやかしであれば、責任は某にもある。

 その、害は無いようだし、敵討ちも止め一緒に暮らしたほうが、いいと思いもした。

 その矢先だ……で、某が途方に暮れているとな、某と同じぐらいな丈の坊主が寄って来て」


 芳助は嫌な予感がするなぁと、話を聞く。

 一人だけ思い当たるからだ。


「名は断庵といい、某の話を真面目な顔で聞いてくれた。

 だったら、芳助と言う男に頼めばいいと、奴は京に居るはずだと」

「ああ……やっぱり断庵さんでしたか」

「土御門家にいる晴嵐という人間に、この手紙を渡せば奴の居場所はわかるだろうと……そうだ! お主黙って着いて来て良かったのかっ!?」


 黙っても何も、新橋様が有無を言わさず連れて来たとは、口には出さなかった。


「江戸に着いたら飛脚の一つでも頼みますので平気ですよ」

「そ、そうか造作を掛けた、その協力をしてもらえるだろうか。

 金は……金はないが何とかするっ」


 大の男、それも侍という人間が頭を下げているのだ。

 芳助にしても頷くしかない。


「力に慣れるとはおもいませんが、協力はします。

 その……結末がどんなになっても怒らないでくださいね」

「わ、わかった」

「子供の姿とはいえ、人ではありません。

 人で無い者と一緒に暮らすとなれば……、もし、その子が人を食う鬼に変化した場合はどうします?」

「変化するのかっ!」

「まぁモノによっては」



 芳助の言葉に、新橋一郎の顔が青くなる。

 恐らくは人食い鬼だった庄屋の事を思い出したのかもしれない。


「わ。わからぬ……どうしたらいい?」

「それは手前にも、ただ何でしょう……どうしましょうねぇ……」


 これが晴嵐であれな斬ると即答したであるが、二人では答えが出なかった。

 伝助が仕事が終わったのか、近くによると夕飯の時間ですと教えに来た。

 

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