竜宮島
第20話
小僧は森の中に座っていた。
膝を抱え平野を黙ってみている。
なぜ黙っているかと言われると、そう命令されたからだ。
平野には甲冑や、刀を持った人間だった者が多く死んでいた。
合戦の後。
そこを仕事場とするのは火事場泥棒達である、特に大きな合戦後は見入りも大きい。
その分危険も多く、生きている者に殺されたりもある。
夕暮れが過ぎ、月が夜空に浮かぶ間も小僧は森の中に座っていた。
腹が鳴る。
恥ずかしいとも何とも思わなかった。
小僧の目は合戦後を黙ってみている、蛍のような光があちこちで浮かび空へと消えていく。
腹が減るのも忘れ綺麗だなと、その光景を見ていた。
「坊や……」
不意に声がした。
振り向くと綺麗な着物を着た女性が、小僧を見下ろしている。
不思議な事におでこの所から角が生えていた。
小僧は、気にした様子も無く直ぐに合戦後に顔を戻した。
光を眺めているとなぜか安心するのだ。
「坊やは、魂が視えるのですね」
魂と言われても、小僧はわからない。
ただ、女性が関心したような呆れたような声そんな声を聞くだけだ。
「坊やの親はどこです?」
小僧は黙って合戦のあった場所へと指差す。
合戦のあった場所には既に、生きている者の気配は無かった。
どうやら合戦荒しの途中でなんらかの事で命を落としたのだろう。
角の生えた女性の周りに男が走ってきた。
腰に刀を差している、侍だ。
「羅鬼殿、我々は暫く京を離れます」
「そうですか……」
「先々代の頃から助けて頂き感謝いたします。一緒に来てくださりますかな?」
女性は、静かに頷く。
そして膝を抱えている小僧を軽々と持ち上げた。
突然の事に女性以外が驚く。
「この子も連れて行きましょう」
「え、いやしかし……」
「この子の親はもう生きてはいないでしょう。それに、この子には懐かしいあの人の匂いがするのです。この匂いは混じってますね」
混じっていると聞いて、侍達が身構えた。
中には刀へ手をかけるものもいた。
「混じっているといっても、調べないとわかりませんが夜限定でしょう。
恐らくは両親のどちらかが、そうだったんでしょうね。
坊、今日から新しい母ですよ、そう名前……あの人に似ているから芳助といたしましょうか」
芳助は、突然に目を開く。
天井が見えた。
白く綺麗な布団、パタパタと廊下を走る音が聞こえてきた。
その影が、芳助の寝ている部屋に映る。
影はひざをそろえて座ると、小さな声で、おはようございますと言った。
可愛らしい声だ、しかし、あまりにも小さく過ぎて、芳助が起きていなければ聞こえないだろう。
それでも起きていたので、眼鏡をかけ、芳助もおはようございますと、返事をする。
障子が開けられると、少女が頭を下げて朝餉の用意が出来ましたという。
その少女は、あの時に襲ってきた雪女と人間の子供。
あの戦いから既に五日ほど過ぎていた。
「今朝も寒いですねぇ、今火を……ああ、入れないほうがいいでしょうか」
「だ、だいじょうぶですっ! 寒いのは好きですけど、熱いのも平気です!」
「まぁ慣れるまで大変でしょうけど……」
芳助が布団から立ち上がると、体をビクっと振るわせる。その顔は芳助をみては少し怯えていた。
(やはりまだまだ慣れませんよねぇ……)
「今日は動けそうです、直ぐに行きますので、戻って大丈夫ですよ」
「は、はいっ」
深く頭を下げて小走りに去っていく少女。
京の大雪事件。
一人の陰陽師があやかしを食い、暴走した。
あの雪も、少女が出した雪ではなく、孝明が出した吹雪だった。
現に廃寺から離れれば離れるほど被害はなく、その雪も夕暮れ時には溶けていた。
少女の名は雪乃と言った。
父を殺され、兄も殺され食われた。
羅鬼はその事を謝ると、少女に選択肢を与えたのだ。
見舞金を貰って好きに生きるか、屋敷へ来て生きていくすべを身につけるかと……。
前者なら古い伝手の所を紹介しましょう、行くか行かないかは自由です。
後者なら、あなたの嫌いな人という獣と一緒に暮らしますよと。
雪乃は後者を選んだ。
現在は、主に離れでの小間使いだ。
着替えをし、羅鬼の部屋前へと行く。
芳助もひざをついて朝の挨拶をした。
「はいりなさい」
「はっ」
障子をあけると、羅鬼に晴嵐、小さく座っている雪乃が膳の前に居た。
空いている膳の前に芳助が座った。
「もう、お熱のほうは下がりましたか?」
「今朝は調子いいみたいです、ご心配をかけました」
芳助が頭を下げると、箸で漬物を食べている晴嵐が文句を言う。
「まったく、普段から鍛えておけば……」
鍛えて風邪にならないのなら、風邪というのはこの世から消えているはずだ。
一言いうと、三言返ってくるので芳助は黙って流す。
朝食の時間が終わると、晴嵐はでは見回りにいきますと、外へ行った。
芳助も、部屋からでようと思っていると羅鬼に呼び止められる。
「芳助さん、今日のご予定は?」
「て、手前も町を見に行きたいと思います」
「そんなに緊張しなくても母は悲しいです。ですが、そうですか……少しお待ちを」
羅鬼は席を立つと、近くの箪笥の引き出しを開けた。
ジャラジャラと音のなる子袋を芳助の前へ差し出した。
「こ、これは……」
「母からの小遣いと言う奴でしょうか」
雪乃は少し呆れた顔になる。
それもそうだろう、大の大人が母親。
さらにはあやかしである鬼から小遣いを貰っているのだ。雪乃の死んだ兄でさえ父からは小遣いはもう要らないからと、言っているのを見た事がある。
羅鬼は小さく笑うと、雪乃を見つめる。
「子は何時までも子なのです、雪乃。あなたの死んだ母代わりにはなれませんが、町へ行ったら好きな物を買ってあげるわね」
「い、いえ……あの、その」
雪乃の声が小さくなっていく、別に羅鬼は屋敷から出れないわけではない。
出る意味が無いから出ないだけである、先日の事件のような出る意味があれば普通に町にいったりもする、角だって隠せるし腕も一時的なら生やす事が出来る。
そういう者なのが、妖怪やあやかしと呼ばれる由縁だ。
羅鬼は芳助へ向き直った。
「聞きましたよ、財布を落としたと……小遣いとして受け取れないなら、これは仕事の報酬と言う奴ですね」
「そういう事でしたら、師匠お預かりします。必ずお返ししますので」
口ではそういうが、返した事がないのが芳助である。
羅鬼も別に返してもらいたいとも思っていない。
「本当、母に対しては硬いんですね、あれはいつの事でしょう……」
着物の裾で顔を隠す、泣く真似だ。
これ以上いると、羅鬼の昔話が始まる。
「で、では、失礼しますのでっ」
師である羅鬼に一言いうと芳助は、席を後にした。
門前で、大きな伸びをした。
背中にはボロになった琵琶を担いでいる、別に持って歩く意味もないのだが、背中が寂しいという理由。
ここ数日の生活を振り返り考えた。
衣食に困らないけど肩がこる、数年前に師が探しているという琵琶を探しに家を出た。
時折手紙は送っていたが、最近は手紙も送ってない。
眼鏡のずれを直す。
のどかな村を過ぎ去ると芳助はため息をつく。
「親不孝というのも困った者ですねぇ」
いつの間にか京の町まで歩いていた。
雪は溶け、今では降った痕跡すら無い。
「み、見つけたぞっ芳助」
芳助は立ち止まる。
周りには自分以外の人間はおず、呼んでいるとすれば芳助の事だからだ。
着ている着物はよれており、無精髭の生えた男が芳助を呼び止めた。
腰には二本の刀を差しており、かろうじて武家というのがわかる。
「おや……確か新橋様」
新橋一郎、羽前での人食い鬼の騒動の時に知り合った侍だ。
事件の後に早々に分かれた。
「お主の力が必要だ。至急江戸へ一緒に来てくれ!」
「突然なんでしょうか」
「頼むっ」
新橋一郎は突然、土下座をしはじめた。
辺り歩いてた人間が二人を遠巻きに見始める。
「た、たってください。手前は侍様に土下座されるような人間ではありません、まずは話を」
「おお、聞いてくれるかっ。直ぐに江戸行きの船がある、駕籠を呼ぶこっちだっ!」
新橋一郎は芳助の腕を引っ張ると、直ぐに駕籠屋を止めた。
強引に乗せると港へと走らせた。
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