第19話
廃寺の裏庭では、吹雪の中動き回る三つの影があった。
赤い目をした少女と、大人が二名。
大人というのは、もちろん晴嵐と孝明だ。
雪女の少女は、両手に氷槍を出すと持ち投げ飛ばし攻撃をしている。
晴嵐は吹雪の中、突如飛んでくる氷槍をギリギリの所で回避していた。
孝明は懐から人型の紙を取り出すと息を吹きかける。
白い紙が形を変えて巨大な鼬の姿になった、大きさは芳助の腰ぐらいはある。
その様子を一人廃寺の中で見ている芳助。
(野鼬のあやかしにしては大きいですね。おっと、なるほど、飛んでくるツララを切りますか……)
一人戦闘向きではないので、見ているしかない。
(雪女といいますけど、やはり子供でしょうか戦いなれてないのか息が上がってますね。
追い詰められていますしそっちは壁があったはず、にしても、晴嵐さん達は寒くないんですかね……)
もはや水となった茶を一口だけ飲むと体を震わせる。
(……吹雪が止みましたね)
視界が晴れると、雪女の少女は晴嵐達をにらみ付けていた。
口を開き何かを言うか、喉が潰されているために声が旨く出ていない。
「孝明さん、自分が行きます」
晴嵐は言い切ると、一歩前にでた。
着物の内側から人型の紙を取り出すと息を吹きかける。
一羽の燕が出てくると、くるりと一回転をして刀の形へ姿を変えた。
物珍しい物を見る顔で、孝明は晴嵐へ、
「ほう……、噂に聞く妖刀ですか?」
と聞く。
「はい、どうも自分は妖怪を従わせるというのが苦手らしく」
雪女の少女のほうも、体を中心にして氷槍を何十本も地面から竹のように出した。
接近する者を許さないと言う形だ。
「人に仇なすあやかしよ。悪いがしばし消えて貰うっ、恨んでくれて構わない。それが陰陽道の仕事だからだ」
晴嵐が雪の上を素早く走った。
雪女の少女は両手を前にだし手のひらを見せた。
雪の地面からはツララが何本も壁代わりにでるが、晴嵐はそれを切り飛ばしていく。
切ったツララの何本かは、芳助のいる寺の中へも飛んでいた。
土壁などに音を立てて突き刺さっていく。
それまで、止んでいた雪が再び降り始めた。
突然の事で晴嵐の足も止まる。
それもそのはず、前方から来るはずの吹雪が後ろから吹いているからだ。
芳助も突然の事に戸惑うも、孝明を見た。
温厚な顔の孝明。
その顔が、いや、目が赤く光っているからだ。
雪女の少女まで後数歩、その場で止まった晴嵐の顔が信じられないという顔で孝明を見て止まる。
先ほど出した大鼬の式神姿が変わっていく。
両手の鎌が大きく長くなっていく、孝明の指先が口元に行くと、指先から吹雪が吹き出る。
雪女の技である。
「こ、孝明さんっ! なんでっ」
晴嵐の問いに答えるはずもなく、左手で合図を送る。
邪悪な顔付の大鼬の式神が、晴嵐と少女の雪女を殺そうと動いたのだ。
その瞬間、芳助の体は既に廃寺にはなかった。
二人を守るように覆いかぶさる。
孝明が口元から手を離すと、その吹雪を止めた。
視界が良くなった場所には背中が裂け肉が見えている芳助、半分折れた妖刀をもった晴嵐と、助けられた事に驚き放心している雪女の少女。
そして、切り殺された巨大な鼬の式神が一つ。
「おい、芳助さんっ! 大丈夫かっ!」
大丈夫か? と問われるも、苦しい顔でうめくだけで、背中からは骨すらも見えた傷口。
直ぐにでも息絶えるだろう。
大怪我をおった芳助を見て、大人しく寺の中へ居ればいいものを……後で楽に殺すだけなのにと、孝明は呟き、晴嵐のほうを見た。
「晴嵐さん、なんでと言いましたね? 貴女がわるいんです。地位も力もあり、なおかつお優しい。貴女も知っているでしょう、力のない陰陽師はその籍をいずれ解かれます」
これは仕方がない事である。
一度入れば永久的に名を語れるなら、その食費や経費を出す土御門家は直ぐに破綻する。
数年に一度試験があり、合格したものは残れるし、不合格者は任を解かれる。
「しかし、孝明さんは毎回試験を……」
「金ですよ……売れる物は全て売りました」
意味する事は賄賂である。
「っ!」
「ここで、雪女を倒したという実績があれば暫くは安泰でしょう。死んでください」
懐からもう一枚の人型の紙を取り出すと、二匹目の大鼬の式神を出す。
先ほど同じように両手が大きな鎌になっていた。
晴嵐も同じく人型の紙を取り出し、妖刀を作るが先ほどよりも小さい。
晴嵐の使う妖刀は自身の力を刀と言う物に変える力。
それゆえに、一度目の刀に力を込める。
不意を疲れて一度目が折れた今、予備の妖刀は小さなものでほぼ見掛け倒しであった。
ベン……。
不意に琵琶の音が聞こえた。
全員が音のなるほうへと顔を向けた。
先ほどまで芳助が居た、廃寺の縁側に一人の女性が座っていた。
古ぼけた琵琶を持ち、頭に角がある。
「羅鬼様っ!」
「な……屋敷には結界があり、外には出れないはず」
二人が同時に叫ぶ。
その問いに答えずに、琵琶の弦を数度鳴らす。
「孝明さん……あなた食べましたね」
短くそして力強く言う言葉に、晴嵐は孝明をみる。
晴嵐の後ろでは、羅鬼の言葉を聞いて雪女の少女が目から涙を流し始めた。
「羅鬼様……?」
「晴嵐さん、あやかしが人に憧れた場合、人を食べるという事があります。
では、人があやかしになる場合はどうでしょうか?
ここに一つの手紙があります。
生活に困った男性が伝手を頼り送ってくれた手紙です。
妻が残してくれた兄妹を保護して欲しいという内容で、妻は雪女で子は半妖と呼ばれる者です」
「ど、どこでそれを……」
少し慌てる孝明に、羅鬼は続けて喋る。
「ある陰陽師が住むかまどで見つかりました、復元に時間がかかりました」
突然に孝明が笑い出す。
「ああ、そうさ。
そこの雪女よ! お前の兄は旨かったぞっ! 隠居風情の鬼と三下の陰陽師。
そうだ、全部倒せばいいじゃないか」
孝明の周りに氷で出来た、いたちが現れる。
どれもこれも全部が大きな鎌を持っていた。
雪女の少女は、ツララを孝明へ何十本も飛ばすが全て弾き飛ばされた。
その様子を見ていた羅鬼は、
「力に溺れましたか……」
と独り言を言う。
「化け物が世迷言をっ! こっちを処理したらお前も食う、さぞ旨いんだろうな、いや案外骨しかない婆の味かもな」
孝明は羅鬼へと視線を切り返す。
手を上へあげると薄い氷の刃が羅鬼を襲った。
全員が見ている前で、羅鬼の首が切断された。
廃寺の縁側に落ちた美しい角突きの頭は、ごろごろと転がり雪の上へと落ちた。
いともあっさりで、首を落とし勝ったはず孝明さえ呆気に取られている。
「は…………本家の客人という化け物も、よ、よわいもんじゃないか。
いや、俺が強すぎるのか? さて、残った全員も……」
孝明が前を向いた時、雪女の少女は目を見開いていた。
晴嵐でさえも、青い顔をしている。
最初は殺される事に怯えたのかとおもっていた。
しかし、二人とも自身と違う所を見ていたのだ。
ベンベンベン……。
孝明は音のなるほうを再度見た。
首のない羅鬼の体が琵琶を弾いている。
慌てて周りを見るも、先ほど落ちた首がない。
「こっちですよ」
孝明の背後で女性の声が聞こえた。
慌てて振り向くと、先ほどの四倍ほどは大きくなった頭が浮いていた。
大きな首だけとなった羅鬼が、これまた大きな口を開けている。
食われるっ! 本能的にそうおもった孝明は慌てて逃げようとするも、体を止められた。
さらに首を横に回す。
「すみませんが、彼方を逃がすと怒られそうなので」
そこには、先ほど切り殺したはずの芳助が孝明の体を押さえつけている。
その眼は黒い部分しかなく、とてもじゃないか人間の眼ではなかった。
小さく悲鳴をあげる、周りをみると先ほどまで居た式神達は一つも無くなっていた。
「では、頂きます」
その声が耳に届いたかは謎であるが、孝明という存在はこの世から消えて居なくなった……。
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