第18話

 芳助は、大きなくしゃみをする。

 場所は孝明が通っていた寺で引き戸は閉められており、囲炉裏には大きな火がついている。


 芳助、晴嵐、そして二人が出会った孝明は火で体を温めていた。

 雪に埋もれて一際濡れた芳助は褌一枚という姿で晴嵐と孝明は湿気た服を着ている。


 孝明は衣服もあれば良かったのですけど、残された茶を湧かし、それぞれの場所へ置いた。


 一息ついた孝明が二人の顔を見て、

「陰陽道を学んでいる晴嵐と申します」

 と挨拶をした。


「手前は、流しの琵琶弾き芳助と……」


 最後まで言い終わる前に、孝明が驚き目を見開く。


「ほうすけ……芳助、それに琵琶……。

 もしや、離れにいる羅鬼様の愛弟子でしょうか?」

「いやはや、愛弟子と名乗れるほどではありませんし、いう事を聞かない外れ者です」

「これは失礼を!」


 孝明は平謝りの姿になると、自ら着ている服を脱ぎだす。

 そして芳助へと手渡そうとしている。


「寒いでしょう、古びていますが、裸よりはいいでしょう」


 呆気に取られる芳助と、その二人を見て小さく笑う晴嵐。

 晴嵐は、笑いを抑えると口を開く。


「孝明さん、そいつは別に偉くも何もないですよ」

「し、しかし、溺愛している弟子ですよ。風邪などひかれてからでは遅いのでは」


 慌てる孝明に、芳助も慌てる。


「いやいやいやいやいや、孝明さんでしたよね。

 語弊があります。確かに弟子ではあり、芳助という名ではありますが、その……そう、師は鬼の霍乱という奴でしょう」


 霍乱というのは病気の一つで、この場合病気すらしない丈夫な鬼が病気をするという意味でことわざの一つである。

 あたりが静かになった。

 芳助としては場を和ませようと思った発言であるが、師である人物が鬼である事をしっている、二人は笑えなかった。


「外しましたかね?」

「ああ、話を戻そう……孝明さん、普通の態度で構わない。先ほどのは、やはり?」


 孝明は、それではと座りなおし二人の顔を交互に見る。

 

「ええ、小さい姿なりと雪女でしょう。

 恥ずかしながら、家族の墓がここにありまして、その最中に襲われました」


 孝明は、二人に説明をする。

 雪女とは芳助にぶつかり、雪の中に消えていった子だ。


「外の大雪も恐らく、我々を閉じ込めるためか。

 しかし、丁度よかった、晴嵐さんも居れば倒す事が出来ましょう」

「嫌な仕事になりますね」



 嫌な仕事、悪い妖怪を倒す仕事に燃えている晴嵐であるが、外見が子供の妖怪を倒すとなると、胸は痛む。


「しかし、これも人々を守る為です。それに外見に惑わされてはいけません」


 女性や子供の姿をしているあやかしは、多い。

 姿外見で戸惑うと、抵抗され殺される場合もある。

 重苦しい空気のを壊すように、くしゃみが響く。


「へーっくしょん」

「「…………」」

「いやはや、すみません」

「芳助様は、戦えるので?」


 孝明の問いに首を何度も横に振った。

 晴嵐が、それでは邪魔にならないように端へ居てくださいと忠告した。


 何か食べる物を探してきますと孝明は席を立つ。

 雪が酷くて外に出れないのだ。

 三人は誰いう事も無く今夜が勝負だろうと思っていた。

 

 朗報ですと、笑顔で戻って来た。

 手にした桶には少しばかりの米と、くず野菜、それと味噌を持ってきた。


「いやー久々の米です」


 嬉しそうな孝明に、晴嵐が心配そうな顔で、

「孝明さん……陰陽道へ小まめによって下されば、そんなに困らないかと」

 と言う。


「いや、確かにそうなんですが……大の大人がそう飯をたかりに行くのも」


 少しは見習ったらどうです? と晴嵐は芳助へ助言する。


「手前のはたまたま財布を落としただけですので、陰陽師というのはそんなに生活が困るんですか?」

「当主様や、その家来なればそこまでは困らない。

 正直な所、自分は羅鬼様の世話係りもかねているから他の人よりは待遇はいいですけど……」

「いえいえ、晴嵐さんには良くして貰ってますよ。

 屋敷に行く度に、野菜や米を貰っています」


 他の仲間からは、教わりに来ているのか、施しを受けに来てるのかと軽蔑されている事までを説明してくれた。


「他の奴らの事など気にする事は無いのです。

 適材適所という言葉があります。どうせ裏の家業を知らない人達でしょう。

 こうみえても、孝明さんは式神を使える数少ない人なんですよ」


 まるで自分の事のように嬉しそうに喋る晴嵐に、孝明は頭を掻いて照れる。

 陰陽師の裏の顔。

 あやかし退治として式神の一つでも使えないと話しにならない。


「いやいや、わたしが使えるのは山で捕まえた野鼬のいたちの一種ですよ。

 晴嵐さんのように無からではなく、小妖怪を紙へと写し従えるだけですし。

 ささ、直ぐに食べましょう。衣服のほうももう乾いてるようですし」

 

 食事を終えると、芳助の瞼が眠くて重くなる。

 着物も乾き肌触りが暖かい。

 晴嵐も孝明も座ったままに瞑想をしていた、とてもじゃないが喋りが始まる雰囲気ではない。


 

 外の風が強くなる、カタカタカタと引き戸が揺れ始めていた。

 うつらうつらと寝ていた芳助が目を開けた、火は燃えているのに室内はやけに寒い。

 戸の隙間からは白い結晶が入り込んでき始めた。


「寒いですね……」


 芳助が喋ると、それまで目を閉じていた二人が辺りを見回す。


「来ましたか」

「来ましたね」

「凍死させるきでしょうか?」

「先ほどわたしが喉を潰したので、恨んでいるはずです。

 囮に出ますので、晴嵐さんがとどめをお願いできますでしょうか?」

「いえ、ここは自分が出ましょう」


 二人が話し合っている間に芳輔は部屋の隅へと移動する。

 どうしても、自称琵琶弾きの一般人である手前が邪魔になるからだ。

 


 移動しながら、ふと考える。

(はて……、孝明さんが襲われるのは三度目ですよね。

 今回は喉を潰された恨み、一度目は雪女の恨みを買った男性に巻き添えの形。

 一度目と三度目はわかります、では二度目はなぜだったんでしょう。

 恨みを晴らしたのなら、山にでも逃げればいいもの、ましてや、あやかし退治の陰陽師ですよ……)


 芳助が考え終わる前に、晴嵐は引き戸を一気に開けた。

 外は吹雪いているが、廃寺の中までは入ってこない。


 晴嵐は吹雪に向かって叫ぶ。


「雪女よ! 人に仇なすあやかしと認定する。

 陰陽師晴嵐、その命貰い受ける」 


 突如吹雪が廃寺へ入り晴嵐の体を外へと連れて行った。

 

 慌てた孝明が、

「静さんっ!」

 と叫び吹雪の中へ走っていく。

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