第17話
芳助と晴嵐は孝明が住んでいる小屋の中を調べた。
二人は血なまぐさい空気の元を調べているのだ、今は外の空気が入り血なまぐさい匂いは掻き消えていた。
芳助は積まれている布団まで調べるも、怪しい部分は見当たらないと振り向く、晴嵐も同じなのだろうため息と共に芳助を見た。
「何も出ませんね」
「無いですね」
「しかし、匂いはした……」
納得いかない晴嵐をよそに、芳助は神棚まで調べていく。
二つの位牌が置かれていた。
女性の名前が書いており、噂に聞いた亡くなった妻と子だろう。
その裏に隠されるように
可愛らしい大きさで、模様は白の色小さな雪の絵が描かれている、芳助はそのかんざしを眺めてそっと神棚へと戻す。
(これも雪、あれも雪……)
結局二人は特に手がかりもないまま小屋を後にした。
本人の許可なく家捜しをしているというのも気が引けた理由の一つだ。
帰り際に人型の紙を丁寧に扉へと挟んでいく。
「さて腹が減っています」
わかっています。と、力強くいうと二人は京の町へと移動し始めた。
一軒の飯屋へ入ると、奥の座席へと案内された。
芳助は直ぐに暖かいうどんと、煮物、酒などを適当に頼む、上品そうな店主が奥へと引っ込んだ。
「芳助さん、自分が奢ると言ったのは、うどんだけであって」
「硬い事はいいじゃないですか、頼んでしまった以上どうしようもない。
何でしたら琵琶を持ってきてくだされば、残りの分は稼いでから帰ります」
「…………もういい、払う、払います。
ここは京だぞ、芳助さんの下手な琵琶で稼ぐのを待っていたら年が明ける」
店主が御待ちと言って、食べ物を置いていく。
ちらっと、晴嵐の顔をみると、あんた土御門家の人かい? と聞いてきた。
「勉強させて貰っている晴嵐といいます」
「こんな雪の日だって言うのにご苦労な事で、この辺もやっと平和になったんだ宜しく頼むよ」
京というと、その場所からいつの時代も戦乱に巻き込まれてきた。
つい数年前も大阪城を舞台とした戦乱が終わったばかりだ。
「土御門家の陰陽師に任せてくださいっ! とは胸を張っては言えませんが努力したいと思います」
爽やかな笑顔で返すと、店主の顔は呆気に取られ笑顔へと変わった。
「面白い
所で陰陽師ってのは、何をする人なんだい」
「良くぞ聞いてくれました」
晴嵐は店主へと説明する。
どうしても陰陽師といえば様々な術で、あやかしを退治する、もしくは術で相手を呪うなど、想像する人間が多いが、ほとんどの人は話半分で信じていない。
そもそも、京の町ですらあやかしの類は
それもそのはず、別に鬼が昼間から表を歩いているわけでもない。
尻尾が二つ三つと分かれた猫がいるわけでもない、鼠が突然喋るわけでもないし、空から天狗が
伝承や話は沢山あるが全てを信じているのか? と問われると、そうでもないのが人間だ。
「陰陽道では、
「おお、それはこええ」
笑いながら言う店主は、立派なもんだ、俺なんかはうどんしか茹でれねえ。と、晴嵐へと言う。
「いえいえ、逆に自分は茹でれません。
いくら学があっても飯が作れないと死んでしまいます」
晴嵐は店主を持ち上げると、店主はまんざらでもない顔をしていく。
少しおまけを持ってくると、奥へ引っ込んだ。
「いやはや、晴嵐さんは口がうまいですねー」
「声が大きいです、陰陽師と聞くと、いえ土御門家と聞くと逆らったら呪われるという噂もあるのです。
しまいには、あやかしの仕業が全部陰陽師がやったなども言われる時もあるし……」
あやかし、伝承は信じなくても、説明出来ない事が起きると陰陽師の仕業というのはなぜかよく広まる。
晴嵐はそういう噂を払拭したりもしてるのだ。
晴嵐が芳助へ小さな声で説明すると、店主が茹でた豆をザルに入れて持ってきた。
「しかし、寒いですな。
こう雪が続くと飯屋はともかく猟師の奴らは大変でしょうな」
芳助が猟師? と呟く。
「おたくも土御門様の所にいる人かい?」
「いえ、こちらの晴嵐さんの友人という所でしょうか、流しの琵琶弾きをしています芳助と言います」
「見た所琵琶はないようだが、まぁいいか。
こう雪が降ると中々仕事にならんだろ? 毎月店に来る人でな……そういえば今月は今日なのに来てないな……」
芳助と晴嵐は、食べ物屋を後にする。
店主の話では、中年の猟師は毎月同じ日にこの店により飯を食うと教えて貰った。
毎月同じ日に来るので、興味本位で聞くと、妻と娘の命日だと言った男。何時も墓参りの後だと教えて貰ったと。
背格好からしても、孝明に間違いないだろう。
「晴嵐さん……」
「わかっています、こう吹雪くと傘の意味もないですね」
外は季節外れの大吹雪である。
ヒューヒューと風の音が鳴り、二人の体温を奪っていく。
「そのなんでしたっけ……?」
「
今は廃寺になっているらしいですが、孝明さんも其処にいるかもしれません。
この吹雪です、帰るに帰れないのではないでしょうか」
その間にも風は強くなる。
二人は濡れる衣服のまま必死で歩いた。
目的の寺へついたのは予定していた時間よりも大幅に遅れ、空は暗くなっている。
廃寺というのに、中から光がもれているのは、人が居る証拠だ。
なんとなく助かったと思った芳助は石階段を登る。
その時影から来る黒い塊にぶつかり仰向けへと倒れた。
「芳助さんっ!」
隣にいた晴嵐が叫ぶ。
芳助は雪の中に倒れたので怪我はない、胸元には小さな女の子を優しく抱いていた。
晴嵐が子供……? と呟く。
雪のように白い肌、それでいで目は野兎のように赤く芳助を見ていた。
芳助の胸の上で立ち上がると直ぐに、吹雪の中へ消えていく。
階段の上で叫ぶ、
「そこの者っ! 怪我はないかっ」
という男の声。
仰向けに倒れている芳助と、横にいる晴嵐を見て驚いた顔をした。
驚いた顔をしたのは晴嵐も同じで、男のほうが先に喋った。
「晴嵐さん!?」
「孝明さんっ!? 今の子は……、いえ、それよりも」
「積もる話は後にしましょう、連れの方が埋まってしまいそうです」
「うわ、芳助さん起きてくださいっ!」
「起きたいのはやまやまなんですが、体が埋まって起き上がれないのです」
晴嵐と孝明は、芳助の体を必死で引っ張ると、廃寺のほうへと引きずった。
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