第16話

 雪が舞い散る京の町。

 若い男女が傘をさして歩けばなんとも絵になる姿である。

 もっとも、それが肩を震わせながら歩く芳助と、男装着物の晴嵐でなければであるが。


「ほら、芳助さんっ背が曲がっています。もっと伸ばすっ!」


 パンと音がなるほど背を叩く。

 流石にこの雪の中、芳助は琵琶は背負っていない。


「いっ! 痛いですよ、し……晴嵐さん」

「晴嵐です、なんど言ったら」

「幼馴染が突然名前を変えているんです、混乱はするに決まってますよ」

「だから、その辺も手紙に……師である羅鬼様に恩を返すのに、名を貰ったのです、芳助さん手紙読んでませんよね?」

「…………さて、それにしても寒いですね」



 晴嵐は何かを言おうとして口を閉ざした。

 それでも、芳助が何度目かの寒いですね。と、呟いた時にとうとう怒り出す。


「男らしくないですねー」

「男らしいと寒さを感じないのは違いますよ。女性のほうが寒さに強いとも言われています、とはいえ地域や個人差がありますし、手前は弱いんです」

「あーそーですねー、自分がわるうございました。

 だいたい芳助さんは昔から屁理屈が多いというかですね、聞いていますかっ?」


 芳助は話題を探す。


「その話は今は置いておきましょう。で、手前は何を探せばいいんですか?」

「まったく……雪女です」

「おや……雪爺、雪ん子、雪男、雪婆、雪入道このあたりは探さないんですか?」


 

 どれもこれも、雪にまつわる妖怪であるにも関わらず、晴嵐が雪女を限定したのが気になって聞く。

 雪女、言わずともしれた雪を降らせる妖怪だ。

 あちこちで話があり、有名な所では、雪山で遭難した男性を助け、助けた事を秘密にしろと言って開放した。

 開放された男は秘密を誰にも言わなく、そのうちに美人な妻をめとった。

 子供が出来、幸せに暮らしていた矢先、大吹雪が男の家を襲った。

 そこで思い出したかのように、男は過去を話す。

 あれほど秘密にしろと言ったのに……そういう妻の姿は雪女に変わると男を殺そうとする。しかし、子まで出来た男を殺す事が出来なく、最後に子供達を頼みますと一人消える話だ。

 


「それに、随分と有名な妖怪ですし」

「いや……えーっと」


 とたんに歯切れが悪くなる。

 雪がちらつくので人通りはほぼ居ない。

 飯屋でさえも暖簾が出ていなかった。


「ある男がな、雪女から身を守ってくれと門を叩いたらしく、陰陽師としてその仕事を請けた」

「らしいとは?」

「自分と同じ陰陽師の人で、孝明こうめいさんと言う人がいる」

「随分と偉そうな名前ですね」

「偽名です」

「あ。そうなんですか」

「名を縛るというのがあるんです、妖怪でもうっかり本名を言うと名を縛れ、配下になるなどあるでしょう、それぐらい、重要なんです」

「でも、久脩ひさなが様は本名ですよね」


 土御門久脩、土御門家の頭首であり陰陽道の長でもある。

 芳助の突っ込みを無視して、続きを話す。


「その孝明さんの話によると、助けを求めた男性は雪女と思われる者に狙われていると、外見は子供のような姿らしいです」

「では、その男性から話を聞けばいいのですね?」

「自分としてもそうしたい。

 でも、その男は翌日には川に浮いていた。孝明さんも大怪我をして自宅にいるだろう」


 川に浮いていた、死んでいたと言う事だ。

 この場合は雪女に殺されたという事を晴嵐は伝えてる。


「なんともまた」

「で、あやかし発見が得意な芳助さんの出番ですっ!」

「一度も得意とした事はないんですけど」

「久脩様も、他の人も今は色々あって表立って動けない、自分達のような小物が動くしか……芳助さん、頼みます。私も人の役に立ちたいのです」


 晴嵐は道の真ん中で芳助へと頭を下げる。

 芳助からは晴嵐のうなじが見え、ちらつく雪が彼女の肌に落ちてはうっすらと消えていく。


「頭を上げてください。幼馴染から頭を下げられるのは嫌ですねぇ、嫌な事ですけど承諾してしまう」

「ありがとう、恩にきる」

「昨日のうどん代、十文分ぐらいの稼ぎは使用と思います。では孝明さんの家へ行きましょう」

「ああ、そうおもって今向かっている所だ」


 ザッ。

 ザッ。

 と、雪道を歩く。

 この大雪では駕籠屋も無理だ、季節はずれの雪の中二人は歩き続ける。

 人里から離れて山へと入った。

 積雪せきせつが町中よりも深くなる。



「随分と辺ぴな所に住んでいるんですね……」

「孝明さんは、普段は山に住む人だからな、山の恵みを取り町へと売る。

 生活は楽ではないけど、それでいて学もあり陰陽道の道を進んだ。

 歳はかなり上で自分を死んだ娘によく似てると、よく寂しい微笑みを浮かべる人だ。

 本来は屋敷のほうで治療をするんだけど位牌(いはい)がある家に居たほうが安心するといって」

「なるほど」



 道が細くなっていく。

 晴嵐があれだと、いうと小屋を指差した。

 木造の小屋で外には薪を積んであるのがみえた。

 小さな柵があり、二人で柵をこえ扉の前へと立った。


「孝明さーん。

 自分です、晴嵐です、本日は古い知人を連れて来ました。

 怪我の事などを聞きにきました」


 晴嵐が小屋に向かって叫ぶも、部屋からは物音すらしない。

 誰かか潜んでいるような気配もない。

 芳助が晴嵐へと、仕事じゃないですか? と聞いた。


「怪我しているんだし、そう山には入れないはずなんだけど、町に居るのかもしれない」

「寒い中歩いてきて留守となると辛いですね」


 芳助は、きゅうに寒くなってきましたねと口を尖らす、晴嵐は口を真一文字にすると芳助へ強めに睨む。


「帰りに、うどんでも奢る、これで文句はないですよね」

「いえ、文句など……事実を述べたまでです。

 とはいえ、ご馳走様です。なんせ無一文なので」


 呆れ顔をする晴嵐は、芳助をもう一度みる。

 着ている物こそ新しくなり小奇麗であるが、全体的に貧乏臭さが漂っている。

 無一文というのにひょうひょうとして危機感の一つも感じない顔。

 なぜ自分はこんな、幼馴染に厄介事を相談してるのかと、自問自答したくなってくる。

 幼馴染と言う事でどこか気を許すのだろう。

 視線に気づいた芳助が晴嵐へと向き直る。


「何か手前の顔についていますか?」

「……なんでもないです。では、孝明さんに、自分達が来たと言う事を記しつけていきましょう」


 晴嵐は胸元に手をいれると一枚の人型の紙を出した。

 扉にはさめば誰か着たぐらいは判るだろうと言う印だ。

 晴嵐が扉へと力を込めると、そのまま扉が内側へと倒れた。

 血生ぐさい空気が二人の鼻を襲った。

 


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