第14話

 ザッ! ザッ! 道を踏みしめる音が二人の耳に届く。

 二人とは、芳助と晴嵐で大きな駕籠に向かい合わせで座っている。


「逃げませんから、解いてくれませんかね?」

「いいえ、せめて近くまではそのままで」


 芳助は座っているのではなくて駕籠の中で縛られている。

 二人とも暫くは無言だ。

 晴嵐のほうが先に喋りだす。


「今の今まで何所に居たんですか……」

「何所って出羽や江戸などですかねぇ」

「まったく……来るはずの定時連絡すら寄こさないなんて」

「まるで、手前が悪いみたいな言い方は、これでも探し物はしてました」

「まるでじゃなくて、芳助さんが悪いんです。いいですがっ土御門は表の顔、その裏の顔は陰陽師です。まったく、芳助さんも力がありなが――――」


 晴嵐は、細い目をさらに細くして晴嵐を睨み説教をたれる。

 小さい声が段々と大きくなり、これ以上話したら、外の駕籠屋にも聞こえるだろう。

 周りが知っていると、自分で言うのは違いますからね。と芳助は考え別の話題をだした。


「昔から性格だけは変わりませんね。所でしずかさんの式は綺麗でしたねぇ、また見せてもらえますか?」

「なっと、突然何を言うんです。それに今は晴嵐と名乗っていると手紙に書いたじゃないですかっ!」

 


 式。

 式神しきがみ式鬼《しき》、式鬼紙しきがみ式鬼(しき)、とも呼ばれ、術者が仮初の命を紙などにあたえ、子分のように使う秘術である。

 かの安倍晴明が使う式神は人と寸分変わりなく、彼の命令を忠実に遂行したといわれている。


 晴嵐の得意な式は、鳥である。

 晴嵐が小さい頃に見せてくれた式はとても綺麗で、芳助はなんども晴嵐へと見せてとねだったのだ。

 

 晴嵐が慌てると、駕籠の動きがゆっくりになり止った。

 目的地に着きましたよと、言われ二人は外にでた。

 手足を伸ばして体を動かす晴嵐と、縛られたままの芳助だ。晴嵐は駕籠屋に駕籠代を多めに渡すと、芳助の縄を引っ張って歩き出す。


 まるで、罪人が市中を引き回されている格好である。


「芳助さん、最近の仕事はどうですか?」

「どうですかと言われても、中々琵琶の腕があがりませんね」

「…………仕事のほうです。琵琶弾きなんてさっさと辞めればいいのに、いいですか? 陰陽師とは悪い妖怪を退治するのが仕事です、芳助さんわかってますか?」



 芳助にとっては、陰陽師になったつもりもないし、仕事といえば紛失した物の探しと、琵琶弾きの事であるが、晴嵐は事ある事に芳助に食って掛かる。



「はぁ静は昔から面倒で」

「何かいいましたか?」

「何も」

「では、言いますが、今は晴嵐と名乗っているのでお間違えの無く!」



 芳助の愚痴をしっかり聞いていた晴嵐が、芳助へ注意しはじめる。

 今日何回目の説教が始まると、大きな武気屋敷と門が見えて来た。


 二人に気づいた数人の男が、門から走ってくる。

 晴嵐は、その男に囲まれると後ろの男は誰ですか? と質問攻めにされる。


「人を食った琵琶を弾く妖怪です」


 ビシャリと言うと男達の顔が引きつる。片方が鬼……と呟いた所で晴嵐が冗談ですと説明した。


「離れに居る人の最愛の弟子です、お前達も話は聞いた事あるかもしれません。

 丁寧に扱うように、自分も先に着替えをしますので、では、芳助さん。また後で」

「あのー、それはいいですけど縄を」



 聞こえているはずの言葉を無視して晴嵐は屋敷の中に消えていく。

 残った門番は、芳助へ丁重に挨拶すると、その縄を引っ張り武家屋敷の中へ招き入れた。


 しばらく後。土御門家別邸、その離れに芳助は居た。


 六畳の部屋に大きな座布団、その上で待ってろと言われたので、仕方が無く座っている。

 今は薄汚れた小袖ではなく、誰も袖を通していない、綺麗な服を着ている。

 

 実は芳助があまりにも汚かったので、別邸宅へ連れて行かれる前に強制的に風呂に入れられた、その間に衣服もすべて取られたのだ。

 以前から持っていた物で残った物は、弦が一本切れてる琵琶と欠けたバチのみという。


「随分と、さっぱりしたじゃないか。うんうん」


 芳助が声のほうへ振り返ると、相変わらず男服を着ている晴嵐が立っていた。


「別に晴嵐さんのために、さっぱりしたわけじゃないんですけどね」

「芳助さん、前々から言おうと思っていたけど、少し不潔だぞ。身なりをもう少しよくしたほうがいい」



 言うだけいうと、さて、行きましょうかと晴嵐が案内を始める。

 なお、今回も芳助さんが逃げないようしますと、腰に縄をつけられた。

 芳助がもう逃げませんよ。と、言っても一歩も譲らない。

 それもそのはず、芳助は説教を言い出す晴嵐から逃げ出した前科が山のようにあったからだ。

 

 長い廊下を歩き、いくつかの角を曲がる。

 空気が張り詰めたように感じ始めると、着きましたねと小さく口を開いた。

 晴嵐が廊下に座ると、芳助も座る。



「晴嵐です、連れてきました」



 そう告げると障子の向こうから、入りなさいと声がかかった。

 季節は秋から冬になろうとしているのに、芳助の額からは汗が吹き出る。

 晴嵐が扉をゆっくりと開けると、そこには額から角の生えた鬼が居た。

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