陰陽師の雪

第13話

 季節は秋から冬に代わろうとしていた。

 場所は和泉国の一軒のうどん屋に芳助は居た。連れは居なく、一人である。

 

 少し前にちょっとした事を江戸で解決した芳助は、引き止める女性……いや生臭坊主を振り切って旅に出た。

 懐は謝礼を貰ったので暖かい。北か西かどちらに行こうかと迷い、北は雪が降って寒いので西へ来た。



 へいおまちっ! と芳助の前に出されたうどん。

 一杯十文とちょっと高いのは、海苔と卵が落としてあるからである。

 芳助は卵を割ると汁とうどんに絡めて一気にすする。

 卵で甘くなった味が口いっぱいに広がると、胃の中へ落とす。


(やはり、このうどんを食べると上方に帰ってきた気がしますねー)


 最後の一滴まで汁まで飲み干し、茶をすする。

 さて、お勘定しましょうかと懐に手を突っ込むと、金の入った巾着が無かった。


 芳助は一応立ち上がり床を見る。

 足で固められた地面しかない。

 芳助が店主へ、もしと声をかけた。


 事情を説明するしかない、そう思い芳助は現状を説明する。

 うどんの湯切りより早く、店内には店主の怒号が響いた。


「おいおいおいおい、そういうのを無銭飲食っちゅうんや」

「いえ、ですからその気は無くてですね。お金を落としたと……」

「する奴は皆そういうんや、なんぼ入っとったんや?」


 芳助はあごに手をやり考える。

 江戸では、お礼ですと、権一から十両問う大金を貰った。

 なお、一人の人間つつましく生活すれば一両で半年は持つ。

 それをもう一人の坊主断庵と分け、芳助は五両を手にした、そこから東海道をゆっくりと進んだ。

 途中の宿や食事などで二両近くを使ったのを差し引くと……。



「そうですね……三両ほど」

「…………あほも休み休みいえ。大体そんな小汚い格好して三両もっとる訳ない。わいが欲しいのは、三両じゃのうて十文や!」

「ですから、店前で唄わせて貰えばその分は稼ぐので……」

「あほんだらっ! 小汚いおっさんが唄って稼ぐったら、店の評判がおちるわ」


 二人の間に、もしと、声が割って入った。

 見た目は芳助と同じぐらいの年齢で、こちらも頭は髷はしていない。

 小奇麗な服を着ており、体全体から力があふれ出るような、なおかつ役者顔負けの二枚目であった。



「なんやい若いの……男? いや女か?」

「一応女です。ですから、自分が払います。

 天の膝元で、そう騒ぐこともありません」

「かー……こんな小汚い男に払うとは熱でもあるんちゃうか?

 嬢ちゃん悪い事はいわねえ、騙される前にけえんな」


 熱はないですと、男装に近い女性は腰につけている、貴重品を入れてある根付ねつけを取り出す。

 根付には小さく五芒星の印が入っていた。

 うどん屋の店主と芳助はその印を見る。

 

 五芒星といえば、この地域ではでは有名で陰陽師の印だ。

 そして、陰陽師といえば、かの伝説の陰陽師、安倍晴明が有名であり、その血筋は土御門つちみかど家が継いでいる。



「まった! 若いの……もしかして土御門……様の関係者か?」

「ご覧のとおり刀は差しておりません、敷地内に少し住まわせて貰っているだけです」

「だめだだめだだめだ、武家様から、いや、土御門家様から銭はうけとれねえ」



 店主がこんなに断るのにはもちろん理由がある。

 また、陰陽師以外にも土御門家は、この辺を仕切る武家屋敷だ。

 武家の関係者に迷惑をかけるという事は、後々面倒な事になるのが多い。



「いえ、ですから、自分は下の下ですので名を置かしてもらっているだけですので」


 どこかの琵琶弾きと同じような事をいうのだが、こちらは爽やかで卑屈がない。

 どこぞの琵琶弾きも別に卑屈になっているわけではないが、周りからそう見えるのだ。



「でも、受け取れねえ」

「では、こうしましょう。店主、あなたは親友が大和川で溺れていたら助けますか?」


 うどん屋の店主は歯切れよくしゃべる。


「あたりまえや、助けるに決まっとる」

「それと同じなのです。ここは川ではありませんが、自分の親友が困っている、それを自分個人が助けただけですので、受け取ってください」


 女性はうどん屋の店主へと銭を握らせると、芳助の腕を掴んで外に連れ出した。

 芳助はその手を跳ね除けると、珍しく早口で喋る。


何処どこ何方どなたかしりませんが、ご馳走様でした。手前はこれにて」


 お礼を言って離れようとする芳助。腕を跳ね除けられた女性は、いつの間にか芳助の腰紐を掴んでいた。


「話聞いてましたよね? 芳助さん。自分ですよ晴嵐せいらんです。ってか解かりますよね、一緒に師の元にいたんですから」

「知りません……では手前は流しの……ただの琵琶弾きです、芳助ですが、芳助じゃないですっ!」



 腰紐をつかんでいる、晴嵐はため息を出す。


「師が呼んでるんですって、今日こそは来てもらいますよっ!」

「それはまだしも、なぜここに」

「それは、師が芳助さんの気配がするといって自分を派遣したんです。いやー流石は師です、見つけ次第首に縄つけてもつれて来いと、言われてますのでっ」

「ですから、芳助違いとっ」



 芳助は必死で逃げようとする、腰紐が伸びて中のフンドシが少し見えてる。

 一方晴嵐も逃がしませんと、必死で捕まえている。



「そんな陰の気を持った、琵琶弾きの芳助が、何人もいて、たまる、もんかっ!」

「いいですか、世の中には、同じ顔が、三人はっ!」


 表道を歩く人間が二人を珍しそうに見ては素通りしていく。

 関わったら駄目だ、そういう空気が二人を囲んでいた。


 遠くからざわつきが大きくなった。

 一瞬抵抗を辞めた芳助が前を向く、道の真ん中を籠屋が走ってくるからだ。

 ただ、走ってくるならまだいい。

 担ぎ手の二人は筋骨隆々だ、晴嵐を見つけると、よかったよかったと言い出した。


 周りの見物人もその光景にさらに、一歩引く。籠には六芒星の印が付けられていた。


 芳助は驚き後ろを向く。

 晴嵐は勝ち誇ったような顔で、逃がしたらまずいと、強持ての駕籠を用意しておきました。と言い出す。


 芳助はがっくりと肩を落とすと、縄で縛られ籠の中へ放り込まれた。


 

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