第11話

 芳助は昼過ぎに一人江戸の町を歩いている。

 手には先ほど借りた鮑貝あわびかいさかずき

 今は白い布に巻かれており、大きさは手の平サイズ、ちょっとした皿にも使える大きさだ。


 問題はこれを幽霊が権一の所へ置いて行った。権一がこれを手に入れてから体調を崩したのだ。

 権一へその話を再度確認し、調べますのでと預かった。

 芳助が一軒の店の前へと立つ、質屋だ。

 

 一般市民は質屋とは馴染みが深い。特に人口が多い江戸は地方よりもその関係は良好だ。

 季節事の衣服や布団、家族が増えた減ったなど、いちいち物を買っていたら出費も多くなるし住む場所が無くなる。


 それで無くても江戸は狭い。

 町民の半分以上が長屋と呼ばれる共同住宅へ住んでいる、その広さは平均で土間をいれて八畳ほど、生活するスペースはその半分ぐらいだ。


 そこで活躍するのが質屋。

 物を売るのではなくて、預かって貰ってさらに金もでる。

 もっとも、預かった品物を返してもらうには、高額な金がいるのだが。


 質と書かれた暖簾を潜る。

 所狭しと物が置かれた場所に店主が座っていた。


「らっしゃい」

「あのー……これを預かってもらうとなるといくらでしょうか?」


 芳助は鮑貝の杯を手渡す。

 若い店主は軽く叩いたり、裏面を見たりしている。

 悩んだ末に出した金額は五十文だった。

 その場では売らずに、友人からの代理で来たので伝えてきますと店を出た。


 後ろから、

「冷やかしは簡便してくれっ」

 と文句が聞こえてきた。


 芳助は再び歩いて、別な質屋へと足を向かう。

 江戸は質屋が多数あった、芳助のように幾つかの質屋を回る人間も珍しくは無い。

 

 いくつかの質屋を回った、どの店も四十文から六十五文の間だ。

 預けないと言うとどの店主も嫌な顔をする。

 中にはこれ以上高く預かる所はないよ? と言ったりもした。

 

 それでも芳助は質屋を回る、夕暮れになりかけたとき、暖簾を外す所の質屋へとついた。

 五十過ぎてそうな店主は芳助を店へ招き入れて、鮑貝の杯を鑑定する。

 深いため息をついた後に店主は芳助をみる。


「おめえさん、これを何処で手に入れた?」

「何処といわれても、預かり物なので……」

「他の所じゃ知らねえが、ウチじゃ預かる事はできねえな」

「それは、こまります、友人が病で床に付いていて、一番いい金額の所に。

 ここなら一番高いと聞いたので、値段だけでも」


 適当に付いた嘘だ。

 借りただけで本当に売ったら不味い。


「いいか、わけえの。

 俺はわけえ時、まだ江戸に来る前に、これと同じ物を見た。場所は播磨の国だ」


 店主は古い話を聞かせてくれた。

 ある殿様に使える若い武士が、城に来る通いの女中に恋をした。

 しかし、女は武士ではなく殿様を慕っている、それは当然だろう。


 そんな事を知らない武士は思い切って思いを伝えるが、女には振られてしまう。

 この話は二人の秘密にしておきます、貴方様のお気持ちはお答えできませんと。


 若い武士は振られて、それは恨んだ。

 なぜ殿ばかり……殿へ愛があるなら殿に捨てられればいい。

 拙者は殿に信頼されておいる。

 若い武士は女に、先々代から褒美で貰った家宝である杯の一つが見当たらないと問い正した。

 

 もちろん、女は知りませんと、いうた。

 それもそのはず、若い武士が自分で隠したからだ。


 いいや、お主が家に来てから無くなった。この家には他に誰も入れておらぬ。

 それは、お侍様がどうしても昼餉を作ってくれと、もうされて……と。

 では、これは何だと、箱を開ける。

 綺麗に形が整った杯が並んでいた。


 一つ。


 二つ。


 三つに、四つ。


 五つ目が足りないじゃないかと、詰め寄った。

 若い武士は、女が俺の事が嫌いで腹いせに家宝を隠したと騒ぎ立てる、その内その話は広まり殿へと悪い形で入っていった。


 殿は若い武士の言葉を信じてしまって、女へと返せと言う。

 それは命令でもなげれば、願いだった。殿も女中の事を少なからずは思っていたからだ。

 しかし、自分は殿様一緒にはなれない。

 せめて、何か解決方法はないかと思案にくれる。



 それを知っている若い武士は、必ず吐かせます。と、毎夜女を折檻した。


 女はとうとう折檻に負け自分が盗みましたと。

 では、許して欲しければ俺の妻になれ、そうすれば殿に俺が何とかしてやろう。

 女は男と夫婦になった。

 

 夫婦となったある晩の事、男は酔って帰ってくる。

 行灯の光で妻が内職をしていた。

 酒はどこだと、男は叫ぶ。

 もうありませんと、女は言う。

 女は男に愛情などない、男はイライラし女へと暴力を振る。

 男はいうた。



 こんな妻なら、杯を隠さなければ良かったと……別な女をめとるんだった。よし、酒代がなければ、あの杯を売ってしまおう、それはいい考えだ。と……。



 女はその晩、男の家を抜け出し松の木で括った。


 五十は過ぎてそうな店主はなおも話す。


「やりきれねえじゃねえか、若い女はこれ以上殿に迷惑をかけまいと、男と一緒になったってのによ。仕舞には結婚なんてするんじゃなかったって」

「それで、どうなったんです?」



 ああ、そうだったなと、店主は話を続けた。



「やがて、その若い武士の所に毎夜その女の霊が現れてな。

 一つ、二つと声がする。最後の五つ目で一つ足りないと、化けて出るのよ。

 男は震えちまって、直に坊主を呼んだって話だ」

「ずいぶんとお詳しいですね」

「見たって言ったろ?

 俺はまだ小さい時みたんだよ、その問題の松の下でこれと同じのをカチカチならしならが笑いだす女を、それで親に聞いた話だ」



 その後も五十過ぎの店主の話しを聞き日が暮れてきた。

 ぶるっと震える店主は鮑貝の杯を芳助の前へ戻す。

 だから預かって欲しいなら他へ行けと杯と共に表に出された。

 悪いなといいながら、五十過ぎの店主は玄関前に塩を撒く。


 芳助は足早に江戸開寺へ戻る。

 ボロ寺では断庵が囲炉裏で鍋を煮込んでいた。


「おう、もどったか」

「大体はわかりましたよ、いわく付きの杯ですね」

「こっちも調べてきたぞ、先ずは一献いっこん


 徳利を芳助へ向ける。


「あの、お猪口は?」

「杯があるだろう、物というのは使わんとな。

 幽霊が持って来たというても、杯は杯だ。

 それに酒は清めにもなる、不浄なのを清めるのに酒に勝る物はない」


 普通の人なら、呪われた杯で酒なんて飲みたくは無い。

 でも、芳助はそれもそうですね、鮑貝の包みを取った。

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