第8話

 駕籠でがたがたと揺られる事しばし、駕籠の中にいる芳助の耳にも周りの騒がしさが聞こえてきた。

 人、人、人の声である。


 薄っすらであるが、駕籠の中からは外が見えた。

 大きな門を通過したのを芳助は確認する、次第に人の声が静かになっていく。



「旦那、つきやしたぜ」


 ペロリと駕籠がめくられる。

 芳助は周りを見渡した、素直な感想といえば大きな商家の庭にも見えた。


「ありがとうございますと、いててて……」


 ほんの少し乗っていただけで腰を痛くした芳助、痛めた部分に手をあて歩くと断庵が笑っている。


「若いのに情けない、ほらこっちだ」

「とっとっと、引っ張らないでください」


 断案は芳助を強引に引っ張る。


「琵琶を持つので引っ張らないでくださいっ」

「ふむ…………琵琶なぞ要らぬが、まぁお主がそこまで言うなら待ってやろう」



 なぜか上から目線の断案に芳助は、お礼をいい屋敷へと上がった。

 裏口だったらしく、直ぐに廊下へぶち当たった。

 それでも断庵は、家主の挨拶を待つこと無く進み続けるという事は、かなり話が進んでいるのか、相談相手と親密な関係なんだろう。


 物が沢山詰まれた部屋へと案内された。

 芳助を室内へといれた断庵は、主人を呼んでくるからまってろと、出て行った。

 ぐるりと部屋を見回す。

 漆喰の高そうな箪笥や、茶器などが無造作に置かれていた。


 パタパタと廊下を歩く音が聞こえてきた。

 断庵が戻ってきたのかな? と障子しょうじをみると、影が女性の形である。

 芳助のいる部屋の障子が開けられた。


「っと……お前なにしてるん?」


 突然文句を言われて、芳助は顔を上げる。

 若い女性が芳助をを睨みつけているからだ、その顔と綺麗な着物を見ただけで思わず手を合わせたくなるような顔である。


 実際の年齢は二十代前半というやつだ、世間では行き遅れと言われる年代になりかかっているが、ここ吉原では若いほうだ。

 女性は芳助の来ているボロ服と、手に持っている琵琶を見て、眉をひそめる。

 


「いえ、待てと言われたので……」

「待てといわれて黙って待つ人がいますかっ! その琵琶はあんたの?」

「そうですね、手前のです」

「あーもうっ。あんたも芸を売る人間なら自分でうごかんと! ほら、座敷に行くからっ、腕前を披露させなさい。いいよ旦那様には私から説明しとくから」


 女性は芳助の手を取ると強引に立たせ引っ張る。

 付いて来なさいと言われたので、琵琶を持ち慌てて後ろをついて行く。



「ええと、あなたは……?」


 女性は呆れた顔をして、

「…………花野はなのよ」

 と、答えた。

 続けて、まったく、働きに飛び込みに来るなら店の稼ぎ頭の一人ぐらいは覚えておきなさいっと文句を言い出す。


「…………自惚れだったわね、忘れて頂戴」


 怒りっぽい性格なのか、ぽんぽんぽんと芳助へ愚痴を言う。

 名前を知ったからにはと、芳助も自分の名前を言おうとするが……。


「それはすみません、手前の名は」

「挨拶はあとあと、静かにして、ほら座る」


 近くの部屋前で花野は座る。

 芳助にも、無理やり座らせると、先ほどの声と違う声を出す。


「お待たせしました花野です」


 障子の向こうから野太い声が聞こえてきた。


「おお、まっとったよ」


 失礼しますと、花野は障子をあける。

 既に酒で出来上がった男性が花野へと手招きしていた。


「おや、後ろの人はどなたかね?」

「ええっと……」


 バシ。


 芳助が喋ろうとすると、花野が芳助の膝を軽くたたく。

 黙ってなさいという意味だ。

 代わりに花野が男へと説明し始めた。


「飛び込みの琵琶弾きでしょうかね、恐らく番頭が入れたのでしょう。

 腕前は知りませんが、権ノ次ごんのじ様に聞いて貰おうかと」


 喋りながら、花野は権ノ次様と呼ばれる男の横へいき、酌をする。


「花野にそこまで言われたら真面目に聞かないと失礼に値する。

 どれ、約束の人はまだ来ないし琵琶弾き、これで何か弾いておくれ」


 権ノ次様と呼ばれた男は芳助へ白い包み渡す。

 厚みからして小判なのが芳助にもわかった。


「ほら、何か場を明るくするような曲を弾いて、唄はいいから琵琶の音だけね」

「はぁ……では」


 ベン。


 ベンベンベン……。


 芳助は唄を入れないでひたすら弦をバチではじくという曲を披露した。


 (今日はなんだか、朝から弾きっぱなしですねぇ。でもまぁ……)


 芳助は引く事は嫌いではない。

 ただ周りの人間と競争したりするのは嫌いなのだ。


 ベンベン……ベン。


 曲が終わり頭を下げる。

 権ノ次様と呼ばれた男性が感心するが、隣にいる花野は渋い顔をしていた。


「おや花野の評価が低いようだね。わしはいい曲と思ったのですか、素直な意見をおいい」

「では、独創的な弾きでした。でも、別の店のほうが良いと思います、もちろん最終的な判断はここに居ない旦那様の判断によりますが、ウチで使うとなると練習してもらいます。番頭が招きいれた琵琶弾きですから腕は好いと思ったのですけど」


 

 ボロクソである。

 間違われて、弾かされて、挙句に下手だから帰れまで言われているけど、芳助は別に怒らない。

 下手というのは昔から言われているし、金も貰った。なんだったら得をしたまで思っている。

 (怒らせるつもりはないんですけどね、さて先ほどの部屋で断庵さんを待ちますか)


 では失礼しますと立ち上がると、障子がガラっと開く。



「おお、花野にごん。すまん、かわやに行ってた」

「断庵様」

「断庵どの、今回はよろしくお願いします」


 どうやら三人は顔見知りらしい。

 花野は断庵を見て、立ち止まる芳助へ諭すように喋る。 


「ほら、大事な話があるからね、早く戻りな」


 断庵は部屋を見渡した。


「なんだ、挨拶は済んでなかったのか?」

「挨拶とは?」

「芳助、お前はなんでここにいる?」

「私ですが? 琵琶を弾けといわれて……」


 花野が、少しきつめに断庵へと愚痴をこぼす。


「なるほど番頭ではなく断庵様の知り合いでしたか、断庵様こまります。

 売り込みにくる琵琶弾きならもう少し腕の良い方を連れてきてもらわないと、八重桜の看板、ひいては旦那様の名に傷付きます」


 断庵は考えるように腕を組み始めた。


「お主ら、何かすれ違っておらんか? 今回の妖怪話を解決するのが、この芳助だぞ」


 芳助は頭をポリポリとかくと、眼鏡のずれを直す。


「別にそういう目的はないんですけど……なぜかつれて来られた芳助です」


 花野の顔が若干引きつっていた。

 権、もしくは権ノ次様と呼ばれた男もあっけに取られ、何かを察した断庵だけが面白そうに笑いだす。

 

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