第6話
新橋一郎は、畳へと落ちた少女を抱きかかえた。
手足が折れ曲がっており、とても大丈夫とは思えない、それでも新橋一郎は必死で叫ぶ。
「大丈夫かっ! す、すぐに痛いのは収まるからなっ。
絶対に治る、だから泣くなっ!」
少女は既に泣いていない。
新橋一郎に抱きかかえられ笑顔を見せている。
折れていたはずの腕を伸ばすと、新橋一郎の頭へといいこいいこと撫でた。
満足したのか、その姿が掻き消えていった。
「な……ぜだ……。ゆ、幽霊だったのか……茜……」
「似ているかは、知りませんがその子は茜という名前の子とは違いますね」
芳助の声が聞こえ、新橋一郎は信じられない物を見るような目で芳助を見ていた。
手探りであるが、警戒のために脇差を手に取っていた。
「い、生きているのか……」
「ええ、ご覧のとおり」
衣服は破けているが、傷は見当たらない。
新橋一郎は確かに芳助の体から五本の鬼の爪がでているのを見た。
見たはずなのに、この男には傷が無かった。
気にも留めない芳助は喋りだす。
「与兵衛さんはというと……」
芳助が顔を向けると、上半身は既に白骨と化していた。
頭の上部分から半分に切れているのをみると、いかに新橋一郎が凄いのかわかる。
人間の骨と違う所は頭がい骨に二本の角が骨として残っている。
常人なら絶対触りたくない骸骨の胸元や股引き(ずぼん)を芳助は探る。
あったあったと喜び、白い包みを新橋一郎へと手渡した。
「これは……?」
「これはって、新橋様が与兵衛さんに手渡した宿代ですね。
もう使わないでしょうし返してもらったほうがいいと思いまして、あっこっちは与兵衛さんが元から持っていた物でしょう、こっちは手前が頂きましょう」
新橋一郎は白い包みをギュっと握り締めると、怖い顔がさらに怖くなる。
「……お主……」
「なんでしょう? あ、もしかして、こっちの取り分が多いとか文句を言い出す気ですか」
「違う! そんな事はどうでもいい」
「そうですか、では遠慮なく」
「何を知っている」
新橋一郎としては、わからない事だらけだ。
上役が鬼だったのもわからない、妻子が食われたのもわからない。
敵討ちとして暇を貰い、知り合った庄屋が鬼なのもわからない。
童女が消えたのもわからないし、一番わからないのは、この琵琶弾きの芳助の事だ。
「知っている? と言われましても、何も知りませんですよ」
「…………人を食った奴め」
「人を食べていたのは、私ではなく恐らく、与兵衛さんの奥方さんですよ?」
新橋一郎は、頭をかきむしる。
彼が言う人を食った奴というのは、のらりくらりと質問をかわし、人を小馬鹿にしている人間への嫌味だ。
一方、芳助のほうは、今回の人食い鬼での事を話している。
「もういい、一から話せ」
気付くと鬼火も消えていた。
夏の夜明けが始まりかけ、行灯が無くても室内は見える程度まで明るくなって来ていた。
二人は明け方の廊下へと出た。
芳助が先頭になり進むので、新橋一郎もその後を付いていく。
「和尚から聞いたのです。
庄屋の奥方が病に倒れ既に一年以上と、庄屋さんは……いえ、与兵衛さんですね。
すっかり塞ぎこんで必死に看病していたらしいのです。あ、一人でですね」
「まて、女中も居ただろう」
「あの人たちは通いですよ、ここに住んでいるわけではないらしいです」
「通いか……」
「後の唄での歌詞は適当です。
村の皆さんがお金を出し合い、奥方様を診るための医者を呼ぼうとしたらしいのですが、与兵衛さんは首を横に振るだけでしたと、聞いたので」
芳助が和尚から聞いた話によれば、村会議の中で与兵衛は村の提案を断った。
そんなお金があるのなら、それぞれの暮らしに使って欲しいと。
さらに、最近は奥方の血行もよく、最近は食も進むんだと言っていたと。
この調子なら、数ヶ月後には元気な姿を皆に見せられるだろうと。
「て、適当であの琵琶を唄ったのかっ!?」
「いえね、私では鬼になんて勝てません。
新橋様なら鬼ぐらい一刀出来るのではと。
ならば少しでも鬼の気を引かねばと、なりませぬので」
鬼ぐらいと簡単に言う。
「あの童女はなんだ……あれもその、ゆ……幽霊だったのかっ?」
新橋一郎は、茜と呼んでしまった少女の事を訪ねる。
幽霊だと知っていればほおって置いたのにと、ぶつぶつと言うが、恐らく無理だろう。
そういう男なのだ。
「あれは、座敷わらしでしょう」
「座敷わらし?」
「おや、知りませんか?」
「名は知っているが……」
座敷わらし、座敷童子とも書く。
面に奥羽地方で有名な妖怪である。
その反面、座敷わらしが出て行くと、家が潰れると言う。
「これだけ大きな家だ、一人ぐらい居てもおかしくないですねー。
家を守りたかったか……っと、いやいや健気なものです。
ここらしいですね」
「こことは?」
ああそうか、と芳助は呟く。
芳助は間取りを知っていて歩いていたわけじゃない。
案内をしてくれる少女が居たからだ。
そう座敷わらしの少女である。
新橋一郎は座敷わらしは鬼にやられて死んだ思っていたが、見えないだけであった。
この芳助、目は悪いが実は物の怪や
見えるために、人間と勘違いする事もしばしばあった。
説明するのもなんだとおもい、黙っている事にする。
「奥方様の部屋ですよ、恐らく……」
芳助は襖を開けた。
布団に寝かされている与兵衛の女房。
とても不治の病に冒されているようには見えず、ただ寝ているだけのようにも見えた。
見た目は若く、今にも置きだしそうな肌の色だ。
芳助は布団から女性の手首をだし、失礼しますといって脈を取る。
「ど、どうだ。血行は良さそうだが、やはり生きているのか?」
「いいえ、やはり死んでいます」
「……そうか。
俺は正しかったのだろうか……」
自答自問をし始める。
最愛の女房が倒れた、不治の病となれば治る事も無い。
唯一残された手段は人の
「さぁ。でも、おかけで私は食われずにすんだので」
「お主、某が鬼に殺されていたらお主はどうしたのだ?」
「決まっています、その間に逃げましたよ。
ありましたありました、殺された旅人達の骨ですね、ひいふうみい……、聞いていたより多いですね、さてと住職へと知らせましょう」
あっさりと見捨てますと言う芳助はさっさと廊下へとでた。
あっけに取られた新橋一郎はすぐに、芳助の嘘に気がついた。
逃げるならなぜあの時気付け薬を飲ませた、なぜ琵琶などを弾いて自らを囮にした。
恐らくは一人でも何か出来る事はあったのだろう。
色々と言いたい事もあるが、口からは溜め息しか出ていない。
気を取り直した新橋一郎は寝かされている与兵衛の女房の前へ正座する。
一息深呼吸をすると真面目な顔になった。
一言すまぬと、頭を下げ礼をすると立ち上り、そして振り変える事なく芳助の後へと着いて行った。
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