第3話

 新橋一郎は、女中が敷いていった布団の上で胡坐をかくと芳助を睨む。

 実際は睨んでいるつもりはないのだろう、眼つきが悪いだけである。先ほども夜具の準備をしにきた女中を怖がらせ、そうではないと謝っていた。

 残された酒を布団にこぼさないようにクイっと飲む。

 盆に女中が気を利かせ酒のつまみにと、黒饅頭を置いていった。


 誰も居なくなった事を確認すると、先ほど喋り損ねた話を芳助へ語りだす。


「某は、ある藩に使えていた。

 これでも城中に住んでおってな……」


 芳助は知らないが、城中に住むというのは中々の身分で、下級侍は城の外に住み毎日登城する、その長屋でさえも通常一人で住む所を独身の侍達は複数人で使ったりもしていた。


「はぁ……」


 芳助とすれば、それしか返事が無い。

 気に障った様子もなく、聞いてくれるだけで満足なのか、喋り続ける。


「出稽古から家へ帰ると、血生臭い匂いがしたのだ」

「血生臭い話は好きではないんですけど……」

「いいから聞け」


 侍という生き物は勝手なものであると、芳助は思うが口には出さない。


「某は見たのだ……恩師である上役が人を斬っている姿を」



 芳助のなかで、疑問だった答えが繋がった。

 すぐにそれを、口に出す。


「なるほど、新橋様は仇討ちで城を出られたのですね」


 

 結論を急いだ芳助は答えを言った。

 新橋一郎は小さく頷く。


 敵討ち。

 親や子、師や弟子などが殺された場合、その仇を討つことが国が認めていた。

 その反面、侍などは仇を討つまでは元の役職に戻れず、数年も立つと藩から煙たがれる事もしばしばあり、実際に行う人間は極端に少ない。



「某の上役は、坂口様といって刀などはめっきり弱いお人でな。

 その博識を買われて勘定方の一員だった……その坂口様が……某の妻子を……」

「斬っていたのですね」


 新橋一郎は首を小さく横に振った。


「いや違う……先ほどは斬ったと言ったが…………頭から食っていたのだ」


 芳助は、口に入れようとした黒饅頭をそっとお盆へと戻す。

 黒饅頭が人の頭に見えてきたからだ。

 新橋一郎は気にしないのか、芳助が戻した黒饅頭を口へと入れる。


「某は腰を抜かしてな、見ると坂口様の頭には角があった……ように見えた。

 全てが終わった後、某は臆病者と仲間から言われ妻子も鬼籍にはいった」

「ご愁傷様です」



 新橋一郎は芳助の言葉を無視して話を続ける。

 よほど聞いて欲しいのだろう。



「某に何が出来ると思う……某は消えた坂口様の仇討ちを上様に申し出て、城を出たのだ。仲間と思っていた者達は逃げたと哂う」


 芳助は黒饅頭の事を考え始めた。やはり食べればよかったと。

 新橋一郎の話が佳境へ入った。



「また、別の仲間は某の話を信じてくれて、懐が苦しいのに旅費を工面してくれる。

 もちろん、某にもあれは鬼ではなく己の恐怖心から鬼に見えたのだと思っている。

 だが……その、もしだ」



 新橋一郎は言葉を止めて、芳助に問いかけた。



「鬼は本当にいるのだろうか、居るとして、なぜ坂口様が鬼になり、某の妻子が食われないといけない」


 

 先ほどの激情した口調ではなく、芳助に訪ねているのだ。

 芳助は新橋一郎の話を聞くと、背を正して正面を見据える。



「新橋様は、この付近で見たという人食い鬼の噂を聞いて来られたのですね」

「うむ、某は鬼は怖い。その鬼が坂口様かもしれぬと思い村に来た。

 某の刀が通じるか否や、怖いが妻子の仇は…………取るつもりだ。

 お主はなぜこの村へ?」

「私は流しの琵琶弾きですので、たまたま向かった先がこの村だっただけです。あとは同じですよ、人食い鬼の話が興味深くて来ただけです」


 

 もっとも私は物の怪よりも人の方が怖いですよと、小さく喋る芳助。

 新橋一郎の耳には届いていない。



「大丈夫ですよ、もし新橋様が鬼を退治出来たのであれば。

 私が唄にして語りましょう」



 あまりにも笑顔で言うので新橋一郎の顔が怒りと酒で赤くなる。



「某の話を嘘と思っているな……?」

「いえいえ本当の事と思いますよ」

「ぬかせ、相談して馬鹿を見た」



 残った酒を一気に飲み干すと、芳助へ背中を向け布団へと入り込んだ。

 困った御仁だ……と思った芳助も、少しだけ布団を離して床へとついた。




 芳助が目が覚めると、既に片方の布団は畳まれいた。

 どっこいしょと掛け声とともに上半身だけを起き上がる。

 部屋には誰もいない。

 廊下から少女がパタパタと走って来て笑顔で芳助を見た。



「おはようございます」



 少女は喋らない代わりに小さくお辞儀をする。

 そして、寝起きの芳助の背中へと抱きつきへと手を回す。

 愛らしい姿に法助の気持ちも穏やかへとなっていく。


「さて、朝餉はでるのでしょうかね? 旦那様を呼んできてもらえますかね?」


 少女は大きく頷くと廊下へと走っていった。

 直ぐに、どすどすと男性の足音が聞こえてきた。

 襖が開くと与兵衛が人懐っこい笑顔を向けてくる。



「目が覚めましたかな」

「これはこれは、少し寝過ごしたみたいです」


 芳助は綺麗にたたまれた布団を眺めた。

 察したのか説明が帰ってくる。


「新橋様は村を見てくると早く向かわれました」

「そうですか、手前も少し、村を見させてもらっていいですかね?」

「もちろんですとも、何も無い村ですが。

 いま握り飯と水をご用意させますので」


 与兵衛の言うとおり、女中が直ぐに用意をしてくれた。

 芳助は琵琶を背にして与兵衛の屋敷を後にする。

 

 振り返ると、茅葺き屋根の大きな家が見えた。

 庭のほうも膝までの高さであるが立派な柵で家を囲っていた。


「これはこれは凄いですね」


 誰に聞かせることも無く呟く芳助は村へと降りた。

 村はいたって普通だった。

 畑があり、近くには川や寺がある。

 

 背丈まである稲をみながら芳助は寺へと向かった。

 寺には住職がおり、やはり暇なのか芳助を暖かく迎える。

 見た目からして老人で歯の抜けた口を開き、かっかっかと良く笑う住職だった。


 芳助は、ここ最近聞いた鬼の噂話、人が消えた話などと自身の捜し物を住職に確かめるように尋ねる。


 茶菓子の一つも出さない住職は、最近消えた人物を指を数えて教えてくれた。


「そうじゃのう、最後に見なくなったのは他所もんの浪人風情と、村に居た若い女人じゃ。女のほうは元々身寄りがなくての、伴侶探しをどうするか、浪人風情と一緒のほうがいいのかと庄屋の与兵衛がえらく心配しているうちに消えた。

 大方、女のほうが、この村での悪評を周りの町で言ったのじゃろう、かっかっか」


 良くある話だ。

 村から出て行き、他の村で悪口を広める。


「そうですか、面白い話があれば唄にでもと思ったのですが、それともう一つのほうは?」

「ないない付くしの何もない無い村だからのう、ない。

 どれ琵琶なんて久しぶりだからのう楽しみじゃわい、しっかり唄にしてくれよかっかっか」

「それは成り行きと言う奴ですよ」

「まぁワシには手が負えん」

「まるで手前には負えるような言い方はしないでくださいね」



 帰る前に一曲弾いていけと和尚が催促する、芳助がまだ演奏すると言ってもいないのに、既に茶受けと茶を用意してきた。


 仕方が無く芳助は一曲唄う。

 終わった後に住職が、思っていた以上に下手じゃのと、芳助へ素直な感想を伝えたのであった。

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