第2話

 法助はそのまま庄屋の家で夕餉ゆうげ・ごはんの事をご馳走される事となった。

 女中を雇っているらしく、芳助が休んでいた部屋に膳が並べられる。

 小さい少女は気付いたら居なくなっていた。


 正確にいうと、芳助がうたた寝していたら居なくなっていた。 

 膳の数は三個。

 芳助と与兵衛、誰も居ない場所に膳が置かれる。


 芳助は、てっきりあの少女の膳と思っていたが、それも無いなと考えを改める。

 では誰の膳なのかと思うと、襖が開けられ眼つきの悪い侍が入ってきた。

 年齢は芳助と同じぐらいだろう。

 背は高く、五尺六寸以上現代で170以上はある男。

 芳助が直ぐに侍とわかったのは腰に大小の二本の刀をさしていたからだ。


 芳助を見ると、一礼だけした。

 侍なのに、芳助のような世捨て人に礼をいう所を見ると性格はそこまで悪くない。


「違うな」


 芳助は侍に、いきなり違うといわれ目を丸くした。


「でしょうとも、ああ……芳助さんすみませぬ。この方は旅のお侍様で新橋一郎様といわれまして。人を探してこの村へ来ていまして。芳助さんの事を話すと、もしかしたら探し人かもしれないとおっしゃりまして。

 少しでもお力になればと……違ったようで安心しました」



 安心した顔の与兵衛は、新橋様もご一緒に膳を。と、進めてきた。

 侍と庄屋、そして世捨て人が一緒の膳を囲むのも珍しい話だ。

 誰一人異を唱えるものは居なく、新橋一郎もかたじけないと膳の前に座った。



「しかしここ数日は珍しいですね、客人が二人も。

 こんな田舎では何も無いゆえ、良ければ旅の話など」


 宿代も食事代も取らないから何か面白い話があれば聞かせてくれと言っている。

 新橋一郎は、フンと鼻を鳴らして芳助を見る。


それがしは特にないでござる。

 そのほう、琵琶法師なら話の一つ二つはあろうでござろう」

「琵琶法師などとんでもない、目は見えますし法師と名乗れるほど徳はありません」


 芳助は特と徳をかけたつもりであるが、誰も笑わなく少し肩透かしを食らう。

 それでも、他の二人は芳助の唄を待っている。


「それでは……一人の琵琶法師と人食い鬼の話をさせてもらいたいと思います」


 芳助は仕方が無いですね。と、いいながらも少し嬉しそうにボロボロの琵琶を手にする。

 胡坐をかくと手の平より大きいバチを構えた。

 (駄目ですね……ついつい本番というとにやけてしまいそうになります。これじゃ師匠に怒られますね)



 芳助のバチが琵琶の弦を弾く。

 それまでにやけて居た芳助の顔が真面目になる、膳の間を照らしていた灯篭の光が揺ら揺らと芳助を照らしていた。



 ベン、ベンベンベンベン、ベン……。



「少し遠くか~はたまた先か~」



 おい、少しと遠くとなるといつなんだ。と、武士の新橋一郎が訪ねるが、芳助は答えない。

 その気迫に負けて、新橋一郎は口を閉ざし黙って聞くことにした。



「小さな村の琵琶法師~」


 ベベン。


「和尚達と寺住まい~」


 ベンベンベン。


「常闇の中~琵琶法師~琵琶を片手に~」


 芳助を中心に闇が広がる。


 何時の事か昔の事か、はたまた未来か。

 寺に住む琵琶法師、彼は生まれつきの盲目であり琵琶法師として寺で暮らしていた。

 生まれて闇しか見てこない琵琶法師は練習中、一声かけられた。


 もし、素晴らしい唄。明日も聞かせてよろしいか。そなたには見えはしないが、感動で涙が止まらぬと。


 琵琶法師は頷く、己の唄を涙流してくれる人がいろうとは、嬉しい限りであった。

 毎夜聞かせる琵琶の音。

 日に日にやつれる琵琶法師。

 和尚が訪ねる。

 

 何か変わった事が起きてないか?


 琵琶法師は毎夜の事を話した。

 和尚は驚き、それは物の怪と直ぐ見抜く。

 和尚は用事で寺に居ない、坊主達では歯が立たない。

 琵琶法師の全身にお経を書く事にした。

 月が隠れた丑三つ時。

 琵琶法師の唄を聞きに、鬼が来る。


 琵琶法師様、今宵はどこに?

 まさか、約束を破ったので?

 ああ、おいたわしい。

 琵琶はあるのに、お姿は無い……。

 ああ、こんな所にあの人の耳が……せめて琵琶と耳を持ち帰りましょう。


 そう、和尚は琵琶法師の耳にお経を書くのを忘れていたのだ。


 翌朝に和尚が帰ってくると、そこには耳を千切られた琵琶法師が残されていた。

 

「後に彼は~鬼をおも納得させる噂が広がり~琵琶法師として暮らしましたと~」


 ベンベンベベベン。

 

 芳助の弾き語りが終わった。

 行灯の火がチロチロと小さく燃えている。


「とまぁ、こんな感じです」

「その……鬼は耳を持ち帰ってどうするつもりだったのだ……? それにお経を書いていなければその法師は死んでいた……?」

「師匠から聞いた唄の話ですから、説明を求められても困りますゆえ。

 しかし、鬼も別に琵琶法師を死なせる気はなかったんじゃないですかね」

「何故そう思う、現に耳まで持っていったではないかっ!」



 新橋一郎は声を大きくすると、法助へと怒鳴る。



「手前が師匠から聞いた話では、人と鬼、相成れぬならせめて耳だけでもと持っていってくれと、わざとお経が書かれていない耳の事を和尚に黙っていたのではと、鬼のほうもその琵琶師の気持ちがわかり耳だけを持って二度々琵琶師の前には現れなかったのでは……まぁ本当の事は本人同士だけがわかる事ですので」



 新橋一郎は押し黙ると、口を開いては閉じる。

 そして再び開くと芳助へと向き直った。



「お主は鬼や物の怪は本当にいると御思いか?」

「どうでしょう、大半は人の作った幻と思います。しかし、中には本物もいるでしょう。お侍様は物の怪は苦手で?」


 新橋一郎はごくりと喉を鳴らした。


「い、居るわけがない物を苦手もなにも無いっ愚弄するきかっ!」



 刀を持ち上げた新橋一郎。

 場の空気を和ませるように与兵衛が立ち上がる。


「素晴らしい唄でした。誰か実在の唄なんですか?」

「いやはやお恥ずかしい、誰のというか師から教わった唄であるので、お名前はご勘弁を」

「これはこれは、私のほうも非礼をお詫びします。

 さてさて、では鬼が来ないうちに夜具を用意させますので、申し訳ありませぬが同じ部屋で宜しいでしょうか」



 芳助はもちろん頷く。

 新橋一郎も大きく頷いた。


「外で寝るよりはいい」



 与兵衛が部屋から出て行った。

 代わりに女中は膳を下げ、代わりに酒の入った盆を置いていく。

 大きな部屋に行灯が数個。


 お互いに手勺で飲む。

 これほど静かな酒の場はそうそうない、それでも芳助は気にする事もなく酒を飲む。

 新橋一郎が、芳助を見るとポツリと問い始める。



「お主は旅は長いのか?」

「長いといわれれば長いような気もします」

「食えぬ奴だ、その……先ほどの話」


 どの話でしょうと、芳助が訪ねる。

 顔を赤くし眼つきの悪い新橋一郎は、ポツリポツリと語りだそうとしていた。

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