琵琶弾き芳助 【10万文字完結作品】
えん@雑記
鬼
第1話
江戸から離れた遠い街。一人の琵琶弾きが手酌で酒を飲む、酒の匂いで男の口が動く。
「鬼がでたらしいぜ、それも、人食いだとよ」
「鬼ですか……」
「そうそう、なんせ鬼に食われた女が言った話だ」
「食われたのに話せたので?」
「なんでぇ、てめえが、変わった話がねえかって尋ねてきたんだろ」
「これは失礼」
(さてはて、今度は当りますかね)
◇◇◇
天下統一、それを成し遂げたのが豊臣家であり、次の天下を握ったのは徳川家だった。
移り変わり二十とすう年、人々の暮らしにもようやく余裕が出来始めた頃、長閑な田園地帯を一人の線の細い男が歩いている。
季節は初夏、場所は
男は
誰がどうみても琵琶を弾く者である。
では琵琶法師とは何が違うのかといわれれば、男は僧侶でもなければ盲目でもない。
さらに、笠からみえる頭は
実際男の年齢は二十をとうに超えており、その中盤から数えるのを辞めていた。
そんな男がボロの琵琶を背負って歩いているのだ、周りから文句を言われてもしょうがない。
他の特徴といえば眼鏡だろう。
年季の入ったボロ服をまとっているにも拘らず、いまだ江戸で高価な丸眼鏡をつけていた。
男の懐具合は謎であるが、眼鏡以外の身なりから他人の評価でいえば十人中十人が貧乏だろうなと答えるだろう。
さて、この男。前日に寄った宿場から、この近くに
最初は順調だった。
ただ、日照りの影響で、乾いた地面で足を滑らし、大きく転びそうになった。
荷物から落ちる僅かな金と竹筒の水筒。
何とか回収はしたが竹筒からは水がこぼれ中身が無くなっていた。
(
道は既に半分以上進んでいる。
戻るも地獄、行きも地獄。
それでも行きの方が早くつくという希望がある、男は覚悟を決めて歩き出したのだ。
田舎の山道では鐘の音も聞こえにくく時間がわかりにくい。
朝から歩き詰めの男は先ほどからの日差しで、脱水症状を起こしそうになっている。
道を左に寄っては右へ行き、右に寄っては左に行きと、ふらふらと歩いている。
これでは次の村まで行く前に倒れると思われるのが一般的な見方だ。
そして、それは当然の結果という事で証明された。
倒れたのだ、男は持っている水筒に僅かな希望をを信じて栓を抜く。
僅か一滴も出なく……もはや小さい言葉しかでない。
「み……みず……」
男は手を前に出す。
そこに動くのはミミズであり、古典的な小話であるが、笑ってくれる人間は周りには居なかった。
男の耳に足音が聞こえた。
これは大変だ、誰かかそう言った。倒れていた男は恰幅のいい老人をかろうじて認識する。
倒れてから数刻。男は日本家屋の一室へと寝かされていた。
十畳以上はある広さの部屋。
部屋を仕切る
男が寝ている横には一人の少女が座っている、歳は十から十二前後、鮮やかな蝶が描かれた着物を着ており、男の
ギュっとしぼり男の額へと置いた。
絞りきっていない手ぬぐいが男の顔へと襲い掛かる。その拍子に男の目が見開かれ飛びあがった。
「冷たいっ!」
「!?」
少女が男の驚く顔を見て笑う。意識が戻った事が嬉しいのだろう、その口元から見える小さな八重歯が可愛らしい。
何の事かと少女へ見とれていた男であったが少女はパタパタと襖を開けると廊下へと出て行った。
少女が出て行くと入れ替わりに恰幅のいい男性が入ってくる。
「おや、目が覚めましたかな、よかったよかった」
「ここは……?」
「驚かれるのも無理は無い。
なにせ、あなたは
私の名は、その沢谷村で庄屋をしている
男は慌てて寝かされていた布団の上にかしこまる。
庄屋といえば、村を仕切る人である。
すぐにお礼を言いたいが眼鏡がない、男は布団の横を見ると眼鏡とボロの琵琶が綺麗に並べられていた。
男はすぐに置かれていた眼鏡をかけると、与兵衛へと挨拶を始めた。
「これはすみません。流しの琵琶弾きで、
おっとりとした口調であるが、はっきりと声にした。
「何も緊張しなくても、ここは小さな村です。庄屋といっても小さき者ですし、村の中にいたっては、皆仲間のような人達です普段通りで結構ですよ、芳助さん」
「それは、ありがたく恩にきます。実は手前珍しい話に興味があり、尋ねてみようと思ったまではよかったのですが」
芳助は与兵衛へと事情を話す。
与兵衛のほうも人懐っこい笑顔で、なんどもそうですか、そうですか、それは大変でしたでしょうと頷き話を聞いていた。
一通り芳助が説明をおえると、与兵衛が思いついたように手を叩いた。
「それにしても、琵琶弾きですか……徳川様が治めになり、この辺も安全になりましが娯楽に飢えているいるのはたしか。良ければ一席どうでしょうか?」
「手前がですかっ! 琵琶弾きといっても下の下です。とても大勢の前で弾くのは……」
では何のために、琵琶流しで暮らしているのかという所であるが、別に上手い人間が流しになるわけじゃない。
下手だからこそ旅をしながら生活する人間もいる。
小さな宿場などで小さな場所を借り小金を稼ぐ。
そして、問題が起きる前に次の場所へ移動する。
そういう人間は一定数いた。
「ここは田舎ですので、後心配は無く。
申し訳ないが、これから村の会議があって少し席を外します、村の物も久しぶりの娯楽で楽しむでしょう。気のすむまで、ごゆっくりしていてください」
気の済むまでと言う与兵衛に対し、芳助はでは十年と言ったらどうなるんでしょうかね。と、一人考える。
そんな考えを知らぬ与兵衛は芳助へ挨拶すると、そそくさと部屋を出て行った。
与兵衛が出て行くと、先ほどの少女がパタパタと入ってきた。
口がきけないのか、芳助の周りをぐるぐると回り声にならない声を出しては喜んでいる。
(楽しそうですねぇ)
芳助の笑みに、少女は動きをとめ考えだした、そして大きく頷く。
芳助は少女に一つの頼み語をした。
部屋が暑い、寝汗もかいたのだろう芳助の喉が渇く。
「ええっと、すみません水を一杯欲しいのですが」
芳助の言葉に少女は頷く。
そして、氷の入った桶を指差した。
「すみません、このまま飲むのは一つ辛いので湯のみを一つ」
少女は小さい手をあわせると、そうだったのかと思い立ったようだ。
幸い声は聞こえぬが、少女はこちらのいう事を理解している。
すぐに床の間に飾ってある小さい花瓶を持って来た。
花は長い間活けてないのだろう、うっすらとほこりが被っていた。
少女は満足した顔で芳助を見つめる、芳助は少女の頭を優しくなでると嬉しそうに廊下へと消えていった。
「まぁいいでしょう」
芳助は、手ぬぐいが入った桶からすこしぬるくなった水を花瓶へといれる、それを一気に喉へと流し込んだ。
ゴクゴクゴクと旨そうに飲む。
水をくれ、それで桶をゆびさし、花瓶を持ってくる少女も変だが、それを気にしない芳助もまたおかしな人物だった。
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